カミキヒカルは2児のパパ (双子は転生者)
──雨宮吾朗こと俺は、どうやらお亡くなりになられたらしい。
自分のことなのに『らしい』というのは、俺自身にその実感が全く無いからだ。
長いので要約すると、
好きなアイドルの妊娠を知って。
ショックを受けて。
俺は死んだ。
「要約しすぎでは?」
なんで俺のモノローグって誰かしら割り込んでくんの?おかしくね?
実際死んだときの記憶が曖昧で、実は生きてるのかもしれないけど状況的にそれはないだろう。
俺みたいな人間は死んだら地獄に行くと思っていた……が
「いい子でちゅね愛久愛海~」ヨシヨシ
──目覚めれば天国に居た
◇◆◇◆◇◆
今、俺はアイドル・星野アイの息子として生きている。なぜ、と聞かれても困る。俺だって現実を受け入れるまでに時間が掛かった。
そして現在の俺の名前についても……
『命名 : 星野 愛久愛海(あくあまりん)』
すげぇ名前つけられた。アイだけじゃなくてヒカルも居たんだからしっかり考えてつけたんだろうけど…これは…うん。
それはともかく、今は俺の現状の話だ。これは生まれ変わり?所謂『転生』というやつか?なぜ前世の記憶が残っている?一体どういう原理で?
前例など見たことも聞いたこともないファンタジーの類いなので、疑問が次から次へと出てくる。
しかし一応これでも医者の端くれ。いずれ仕組みを解き明かすつもりだ……
だが───
(今はこの赤ちゃんライフを堪能したい…)
推しのアイドルが!思い切り甘やかしてくれるこの環境が!
疲れた社会人の心に、思い切り染み渡る───
「ば……ばぶー……」
ああ、もう転生の原理とか仕組みなんてどうでもいい。願わくばこの天国がずっと……
「はんぎゃーーっ!はんぎゃーーっ!」
意識が戻ってきた。危ない危ない、つい数秒前まで医者の端くれ云々言ってたのは何だったんだもっと自分を強く持て元アラサー。
そうだった。この家には俺ともう1人赤ちゃんが居る。
星野瑠美衣(るびい)、俺の双子の妹として生まれた子供だ。
こっちは俺と比べてややダメージの少ない名前をしている。今からでも変えてほしいくらいだ。
それにしても…アクアマリンとルビー、か。何やら生前にそんな話をしたような気もするが、今は思い出せない。
「んぎゃああああ!」
「どうしたのルビー~?」
「腹が減ったんじゃねえのか?しっかしお前が名前を間違えないなんてな。人の顔と名前覚えんの苦手じゃなかったのか?」
「私とヒカルの子だよー?間違えるわけないじゃん。それに私、才能あるなって思った人の名前は覚えられるよ佐藤社長」
「俺は斉藤だっつってんだろクソアイドル!あれか?俺には才能無いって言いてぇのか?お?」
声がする方を振り返ると、そこに居たのはアイ含むB小町が所属する苺プロダクションの社長である斉藤壱護さんと、その夫人のミヤコさん。そして…
「ただいま、アイ」
「あ、ヒカル!おかえりー!」
「アクアとルビーも、ただいま」
カミキヒカル、俺とルビーの実父にあたる人物。
そうかぁ、双子の片割れに転生したからヒカルの子供でもあるのか。子供がいたらとか考えてたのに、逆に俺が息子かぁ。そうかぁ…
◇◆◇◆◇◆
「───とにかく、アイドル『アイ』は本日復帰となる!今後の活動について話し合うぞ!」
斉藤社長を中心としたいちごプロ会議が開催された。産休(非公開)で活動休止してはいたが、いつまでも休止という訳にもいかない。そんな会議の内容は以下の2点。
・アイ復帰
・子供のあつかい
「復帰第1弾は今夜の歌番組。生放送だけどいけるよな?」
「もちろん」
「アイが仕事の間……子供の面倒はヒカルと妻が見る」
「分かりました」
「はぁ…………」
ミヤコさんが溜め息を吐く。それはそうだ、斉藤社長の奥さんにしてはかなり若い。ワンオペではないとはいえ、実子でもない双子の面倒を見ろといきなり言われても、納得いかない気持ちも分かる。
「奥さん若いよね。社長の若い子贔屓には他のメンバーもマジで引いてるよ」
「初耳だ、気をつけよ」
アイの口からサラッと衝撃の事実が語られる。他のメンバー『も』ということは少なからずアイもまた、同じことを思ってるということだろう。社長さんさぁ……
若干社長に呆れている最中、アイが口を開く。
「子供達仕事場連れてっちゃ駄目?」
「駄目に決まってんだろ!!」
「肝に銘じろ!アイドルのお前が16歳2児の母……しかも男連れなんて世に知られたらアイドル生命即終了、監督責任問われて俺の事務所も終わり!全員まとめて地獄行きだ!」
確かにそうだ。ここで俺達の存在がバレようものなら、これまでの努力が全て水の泡になる。
「どうにもならない火急の用事がある際は、俺達の子供を預かっているという設定で出る事!」
「えーめんどくさー。困っちゃうよねアクアー」
「こればっかりは仕方ないよアイ。僕も精一杯サポートするから、ね?」
「ヒカルがそう言うならしょーがないね、分かった」
「なぁ俺ってそんなに人望ないか?」
「「……」」
「せめて何か言ってくれよ!」
アイは、母親としては不安な部類になるだろう。
だけど社長達のフォローは手厚いし、何よりヒカルがいる。案外なんとかなるかもしれない。
「もうリハまであまり時間がない、移動するぞ」
「はーい……おっと」スルッ
立ち上がった拍子にアイの服がはだけ、胸元が露になる。
…………………………。
スッ…
俺は無言でアイの服を戻す。
「あぶな~、社長におっぱい晒すところだったよ」ケラケラ
「外ではちゃんと仕舞っとけよ…」
いや駄目だ!危なっかしいこの子!!
この場の誰もがアイに対して不安を覚える中、社長とアイは生放送のスタジオへと向かっていった。
◇◆◇◆◇◆
「あーもー、ベビーシッターなんて経験無いのに…なんで私がこんな…」
「本当にありがとうございます、ミヤコさん。そこのコンビニで何か買ってきますから、少し仮眠でも取っていてください」
「あらそう……?ふぁ、じゃあそうさせて……もらう……わ……ね……」zzz…
「…やっぱり子育てって想像以上に大変だね。さて、ごめんねアクア?お父さんすぐに帰ってくるから、いい子で待っててくれるかい?」
頭を撫でながらそう言ってくるヒカルに、コクンと頷いてこちらの意思を示す。
「アクアは賢いね、まるで僕の言葉を理解してるみたいだ。ルビーは…まだ寝てるね。じゃあすぐ戻るから」
ヒカルはルビーが起きないよう、極力物音を立てずに部屋を出てコンビニへ向かった。
点けたままのテレビのチャンネルを変えると、ちょうどアイが出演する番組が始まったばかりのようだ。ナイスタイミング。
『───さて、本日のゲスト!B小町のみなさんで~す!』
『本日活動再開となったアイさん!大丈夫?ちゃんとご飯食べてる?』
『ハイ!いっぱい食べてます!』
(……アイ。良かった、ちゃんとやれてるね)
家を出る前は不安で仕方なかったが、どうやら杞憂だったようだ。考えてみればそうかも知れない、活動休止前からテレビには出ていたのだから慣れているだろう。これなら安心して見ていられ───
『そうそう!ご飯といえばこないだウチの子が──』
『ウチノコ?』
思いっ切り噴き出した。
『じゃなくてウチの子猫がね!休業中に飼い始めたんだけど──』ケラケラ
『へー』
───前言撤回、やっぱりこの子は危なっかしすぎて駄目かもしれない……
◇◆◇◆◇◆
───撮影スタジオ
「あと30秒でカメラ切り替わるんで、良いパフォーマンスお願いしますね!」
番組スタッフがカメラやマイク、照明の調整を終えてB小町撮影の最終準備に取り掛かる。そんな中──
「B小町、知ってるグループ?」
「…知らね、興味もねー」
「音源聞いたけど、良くも悪くも普通。まぁこういうんが売れるんだけどな」
「…………(芸能界には)」
笑顔の裏に嘘と打算が隠れてる。
放送に穴を開けてはならない、どんな演者にも最大限のパフォーマンスを引き出すようスタッフだって嘘を吐く。
お偉方だってそうだ。
良いモノを作るフリをして見てるのは数字だけ、誰しも嫌々ながら嘘を吐く。
……全く、上等だってんだ
───うちのアイは
本物の嘘吐き(アイドル)だぞ
B小町のライブが始まると、スタジオ内に居る誰も彼もがアイに視線を持っていかれた。
一瞬で、その場の全員を虜にした。
アイが持つ天性のカリスマ性は2児の母親となった現在でも衰えるどころか、むしろ以前より輝きを増しているように感じるのは、君のファン故の感性からくるものだろうか。
「あの社長も酔狂だよな、こんなのバレたら全て失うリスクがあるのに」
そう、本来は思っても実行するべきではない。確かにリターンは大きいが、それとは比較にならないほどに強大なリスクを伴っているのだ。でも──
「でも分かるなぁ、ズレずにいられないんだ…」
あまりに強い光の前で人は、ただ焦がされる
───もしこの生まれ変わりが、彼女に対するいくつもの執念がもたらした奇跡だとしたら、とても腑に落ちる。
本当は、普通の子供を産ませてあげたかったんだけど…
不可抗力だ、超常現象には勝てない。だったら俺は俺で、楽しくやらせてもらう──
「待って……」
不意に後ろから声がする
「Nステもう始まってるじゃん!!どうして起こしてくれなかったの!?」
「きゃーーーっ、やばーーー!!ママかわいすぎーーー!視聴者全員億支払うべき!!」
起き抜けにも関わらず、テレビの中で歌って踊るアイを見て大絶叫をかます。
正直うるせぇ。
「生放送はリアタイに意味があるのにどうして起こしてくれないかな!このカラダ無駄に眠いんだからお互い協力しあおうよ!!」
「俺は何度か起こしたぞ」
「えっ……マジ?」
このアホは新しい人生における俺の妹。
───星野ルビー
俺と同じく、どこぞの誰かの生まれ変わり。
つくづく思う。
アイには、普通の子供を産ませてあげたかった。こんな可怪しい双子じゃなく。
───結局、コンビニまで出ていたヒカルが戻ってくるまで、ルビーはずっと奇声を上げていた。頼むから耳元で叫ぶな。