カミキヒカルという人間 2話
風見先生の言葉に天啓を受け、僕は今までと異なり
人が喜ぶ様なこと、親切にすることを第一に考えて動く様になった。
人が困っていないか、何かして欲しそうなことは無いか。喜びそうな事はないか、
それを考えて1日を送るから自然と周囲の人々を観察するようになった。
そのおかげで人と会話することも増えて以前よりも流暢に話せて、コミュニケーション能力も以前より段違いに変わった。
だが、その分風見先生が僕を見る度に悲しみを交えた笑みを浮かべることが増えていた。
「ヒカル、私はおまえが誰とでも仲良くなれる様に、おまえの人生に後悔が無いような生き方を考えて欲しかっただけなんだ」
ある日先生の手伝いをしながら施設の畑を耕していたら静かにそう言ってきた。
「ええ、先生のお気遣い、理解しています。
おかげで今まで仲良く出来なかった子達や保健室の上級生や下級生とも仲良く話をするようになりました。先生のおかげです」
「そうか…」
「はい」
しばらく無言で2人で作業をする。先生は何か言おうか言わまいか迷ってるように思える。
「先生、何を悩んでいらっしゃるのですか?僕は何か気分を害してしまいましたでしょうか?」
「いや、そうじゃない。迷っているのは…仕方ない。白状しよう。ヒカル」
「はい。」
「おまえは人々に感謝されて満たされているか?」
なんだ。そのようなことか。
もちろんーーー
「いいえ。満たされた…つまり、嬉しいとかそういうことでしたら全く。
何故僕以外の子ども達は満たされたように笑うのか…よく分からないままです。
笑ったり嬉しそうにしないと不審がられるので真似はしますが」
そう。僕は先生に道を示してもらった日のように満たされた気分になったことはあの日以来無い。
示してもらった通り、人が喜ぶようなことや感謝されるようなことをしてきた。だが、僕自身は何も感じない、感慨もない。分からないなら分かるまで真似をしよう。そう考えて行動に移している。そう、今この瞬間も。
「…私の手伝いを買って出たのも私が喜ぶからか?ヒカル」
「はい。しかし、違ったみたいですね。先生は嬉しがるどころか悲しそうだ…何がいけなかったのでしょうか?」
「おまえは悪くない…全ては私が間違えた。
おまえに最初に教える言葉を間違えた。
…ヒカル、もし、いつか誰かが喜ぶからといっておまえ自身の嫌がる心を捻じ曲げてもやる必要は無い。
おまえは機械じゃ無い。血の通った人間だ。
自分の心を捻じ曲げて出来ることを増やすと『人』じゃなくてただの『機械』になる、
それだけは覚えていてくれ。
本当はもっとおまえに教えてやりたかった。
だが、ここを去らないと行けなくなってな…」
「…先生、いなくなるのですか?」
「父が亡くなってな。母を1人に出来なくて故郷に帰らないといけない。
すまんな…おまえが施設出ていくまで見守りたかったが、無理みたいだ」
先生は悲しそうに笑い僕の頭を撫でてくれた。
ーーーこの感情はなんなのだろうか。
胸のずっと奥が痛い。視界がぼやけてくる。
これは…
「先生、悲しい…です。僕は今悲しんでいるのかもしれません…」
「そうか…私のために泣いてくれてありがとう。ヒカル、ゆっくりで良い。感情を学んでいきなさい。そうすれば今はわからないこともきっと分かる。」
「は、い…」
溢れてくる衝動に身を任せ先生の胸で僕は泣き続けた。
ーーーー3年後
風見先生と別れて時が経ち、僕は中学生になろうとしていた。
「人に喜ばれたら価値のある人間になれる」と信じて行動し、生活している。
先生の言った「機械になるな」は守れている…筈だが、人が喜ぶようなことを察して動いているのは変わらない。
ギリギリ、自分に問いかけて今から行うことは好きか、嫌か答えを出して行っているから「人」だと思う。
だが、上部だけ人を真似して生きる日々は空虚でつまらない。
周りが喜んでいるのならそれはきっと良いことなのだろうが僕に与える物は何も無い。
僕をよく知らない人間が勘違いして褒めるだけで僕自身の「重み」や「価値」は増しているのだろうか?
「…つまらないな。本当に何もかも」
昔と同じように施設の図書室で本を読む。何か僕に答えを与えてくれないか、と一縷の望みを賭けて。
普段は読まないような本を一冊手に取って見る。
「舞台演劇論」というものらしい。
「演技、か…今の僕って少なくとも本当の自分曝け出しては無いよな…何か分かるかな?」
「ヒカルさん、晩御飯出来ましたよ!食べに来てください!!」
「もうそんな時間か…ごめん、今行くよ!
…借りて読んでみようか」
いつの間にか御飯時の様だ。後輩の子が呼びに来てくれるまで考え込んでいた。
廊下に出ると施設の子達が続々と食堂に向かっていくのに合流し、他愛も無いことを話す。
食堂に入るとTVで何か特集が組まれていた様だ。
『往年の名俳優 財前寿明、死去』
(有名な俳優さんが亡くなられたのか…先生の言葉通りならこの人の真価は今から問われる訳か)
「良い俳優さんだったなぁ〜残念だ」
「あの人が出ていた医者のやつ、良かったよねー」
「子どもの時から活躍してたなぁ」
施設の職員の方々から悔やまれる言葉が飛び出してくる。
なるほど、人に惜しまれるような方だった訳か。きっと「重み」のある人生だったのだろう。
(僕の一生はどんな重みを示せるのだろうか?)
ふとそんなことを考えながら席に着く。
お悔やみ関連の番組が終わると放送プログラムを変更して映画が放送されるそうだ。
「今日は財前さんが出ていた『白き巨塔』を特別放映するらしいね…名作だし観てみたらどうかな?」
園長先生の言葉に不満そうにする施設の子達。
古い映画なので興味が引かれないのだろう。
(みんなから悔やまれる名俳優…その人生の重みを知る良い機会だ。僕が人生の意味を考えるきっかけになるかも…)
ーーーーーーー
「いやーやはり名作は違いますね!画が古くても面白いのは面白い!!」
「初めて観ましたけどやはり名作、素晴らしいです…!」
「ははは、しかし子ども達はヒカルくん除いて部屋に戻ってしまいましたね。ヒカルくん、どうだった?」
「…ごい」
「ヒカルくん?」
「すごい!凄い…!!なんて凄い…!これは人々に悔やまれるのが分かる…!確かにこれだけの熱量…重みが…違う!!
そして、この感情は何だろう…心の底から湧き上がるこの…」
上手く言語化出来ない。だが溢れてくる。この衝動は…なんだろうか。
「ヒカルくん、それが感動だ。人の感情を揺さぶるものだよ」
「これが…!
園長先生、僕は俳優になりたいです。俳優になって僕も『重み』を増したい…!みんなにこの感動を与えたい…!!」
先生に示された日以来だ。こんなに心が動かされるなんて!
そして初めてだ。誰かのために何かしたい、て心の底から思えた!
「でも、なるのは大変d」
「わかった!毎日つまらなさそうにしてる君を見てきたが、目を輝かせてるのは初めてだ。君の好きな様にしなさい。私達は大人として君をサポートしよう」
「ありがとうございます、園長先生…!この恩は忘れません…!」
「そのお礼は君が大きくなって、有名な俳優さんになった時まで取って置こうか。さて、まずは児童劇団探しだ!みんな、残業になりますが、夢を見つけたヒカルくんのためだ!頑張ろう!!」
園長先生の言葉に苦笑しながらも職員の方達は僕の肩を叩いたり、頭を撫でた後職員室に消えて行く。
感謝しか無い。
「ありがとうございます…本当に…!」
数日後、僕は園長先生の紹介で「アラライ」という小さな劇団の門を叩くことになった。