カミキヒカルという人間

カミキヒカルという人間






僕は生まれてから


「親」なる存在に「愛してる」という言葉も抱きしめてもらったことも、会話すらしてもらったことは無い。施設に来るまでの記憶で覚えている朧げなことは母…かどうかは分からないが養育者らしき人物の僕を見つめる、何の感情も無い無機質な瞳だ。


泣けば必要最低限の世話で、会話は無く、基本無視。それが4才まで続いた。

僕に知識と言葉を教えてくれたのはTVだけだった。

そしてある日無言で無機質な部屋に僕を1人残して去っていった。


僕の記憶に父…と呼べる様な男性も母…らしき女性が居た記憶は無い。常に養育者と思わしき人物と二人暮らしだったと思う。


そして気づいたら僕は何故か児童養護施設に居た。

後に経緯を教えてもらったが、僕達が暮らしていた部屋の家賃が滞納したことから、

様子を伺いに来た大家さんが餓死寸前だった僕を助けてくれたらしい。


齢4才になってもろくに言葉をかけられなかったため会話能力が著しく低かったため、助けを呼べなかった。

そんな僕にとって大家さんは命の恩人と言えるだろう。

申し訳ない事に顔も名前も一切覚えていないが。


そして僕は半年ほど入院した後、回復してから、入所した施設は可も無く不可も無く、普通の児童養護施設だった。


職員達も怠惰な人もいれば勤勉な人もいる。

だが少なからずみんな子ども達を思って働いているであろう、ふごく普通の場所だった。


そんな子ども思いな大人達が働き、運営している施設にいるが、僕は孤立している。

当然だ。

養育者とのコミュニケーションが絶望的に不足していた故に、まず会話が上手く出来ないし、人のことがわからない。

外界からの刺激に対してどのように出力すべきかもわからない。分からない尽くしだ。


そんな没コミュニケーション、没反応な子どもに職員の方々は僕の背景を理解しているのもあり、入所してもう3年程経つ今も大変気を揉んでいただいている。

小学校に入学したが基本保健室登校で友達らしい友達はいない。

様々な理由で保健室登校している生徒達がいるが、みんな僕への接し方に困っていて腫れ物にさわるかのような扱いだ。


この様な有様だから成長するに従って申し訳無く思うようになり、僕なりに頑張ろうと思っている。

その手始めに施設でも学校でも勉強に励んでいる。


(他人に対しての接し方…よくわからない。学べば分かるのかな?

それともあの子達のように振る舞えば分かるのかな?)


窓の外には僕以外の子ども達が仲良く思い思いに遊んでいる姿を一瞥し、ある一つの感情を大きく刺激する、とされる本を読む。

(読むと涙が出る話100選、というらしい)

基本的に僕は施設では施設内の図書室で食事や睡眠、学習の時間まではこの一室で1日を過ごす。本は僕に知らないモノを教えてくれる…僕が真に理解出来るかは別として。


「ヒカル、こんな所にいたのか。本を読んで勉強するのも大事だが、身体動かさないとダメだぞ?先生と遊ばないか?」


「風見先生。」


「ああ、風見だよヒカル。おまえは放って置くとずっと本読んでるか、勉強してるか、だからな。あまり身体には良くない。だから先生と遊ぼう」


風見先生。子ども思いの熱心な先生で施設から病院に僕を引き取りに来た時にもいた方だ。

以来ずっと気にかけてくれている。今日も1人図書室にいる僕を気にかけて迎えに来てくれたのだろう。


「僕なんかと遊んでも楽しくないですよ」

「楽しいかどうかは私が判断するさ。さ、行こう。」

「………」


僕は4才からこの施設にいて他にも様々な境遇の子達がいるが、僕と仲良い子はいない。

反応に乏し過ぎて遊んでも楽しく無いし、揶揄おうがイタズラしようが顔色変えないから面白くも無い。

最初は僕に構いに来てくれた子達も次第に僕を避け、遠巻きに見るようになっていった。


だから僕に構ってくれるのは施設の職員の方ぐらいだ。

その中でも風見先生は良く僕に気にかけてくれる。他人に対しての感情がよく分からないが、先生と居る時は不思議と暖かな日差しの中に居る気分になれる。


「ヒカル、おまえはどんな大人になりたい?」

「?意図が分かりかねますね。」

「まだ、分からないよな…だが分からないなりに聞いてくれ。

人間の人生てあっという間に過ぎて大人になってしまう。で、気づいたらおっさんだ。」

「先生はまだお若いと思うのですが」


「優しいなーヒカルは。そんな風に、人には優しく、親切にしなさい。

今はまだ難しいだろうけど、人に優しいことをするとそれはいつか自分に帰ってくるからな。」

「…漠然としている気がします。

ですが、わかりました。人には親切にするとしましょう」


「素直なのも良いところだぞ。

さて、話を戻そう。おっさんからお爺さんになるのはあっという間でな。気づいたら死ぬ…土に帰る時が来てしまう。」

「……」

「土に帰る時に色々後悔しても手遅れなんだ。

だから手遅れにないように毎日を大事にしなさい。

勉強も大事だが、誰かと関わって行くことも

大事だ。確かに他人と接するのは怖い。

だけど自分から色々な人と接することで新しく気づくことも学べることもある。

失敗することもあるだろうけど、何ごとも挑戦だよ」


先生の言葉は今の僕ではよく分からない。

(分かる時がいつか来るのかな?)


「園長先生の言葉だけど…

人間の価値というのは亡くなったその時に分かるらしい。何をしたか、何を為せたか…土に帰るその日までに日々を大事にしなさい。

まあ、友達増やすにはさっきみたいに誰かに親切にしてあげると良いかもしれないな」


「ーーーなら僕は人が喜ぶ様なことをします。先生がいうように自分が最期を迎えた時に無価値で終わりたくない。なら誰かに喜んでもらえる人生ならきっと価値と意味がありますよね?」


昔みたいに無機質な目で見られて、泣いても話しかけても無視されるのは絶対に嫌だ。

誰かに存在を認めて欲しい。生きていることを肯定して欲しい。

その答えが、今与えられた!


「…ヒカル?おまえ…そんなに饒舌に喋れたか?」

「僕に生きる理由が出来ました…先生のおかげです。少しでも自分の生命に重みを増やせる様に、頑張ります」

先生は顔を引き攣らせているが、構わない。

今の僕は大きな声で歌いたくなるほど晴れやかな気分だ。


ーーーああ、やっと生きる意味と理由が見つかった。

空虚で灰色にしか見えなかった日々に色がついた。


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