カフェと添い寝する話
「ふぁ……ぁ……ふ……んん……」
目が覚めたら、まず最初に大きなあくびが出た。ちょっと恥ずかしいくらいの、大きなあくびが。
あくびと共に、くっと吸い込んだ空気が冷たい。
どうやら昨晩降った雨の影響か、今朝はとても寒くなっているようだった。布団の中は暖かいため、外気との温度差がより強く感じられてしまう。
今日は休日で学園に行く用もないし、仕事も全て済ませているなら完全なオフ。
もちろんそうしているのには理由があるのだが……さて。
もぞ、と僕のすぐ隣で眠る彼女が動いたので目をやると────
「…………ふふ、おはようございます」
眠っていたはずの彼女────マンハッタンカフェが実は起きていて、僕の横顔を見て微笑んでいた。
……絶対見られたし聞かれた。
あのでっかいあくび、絶対に見てたよねこの子……。
多分見てたよなぁ……と心の中で嘆きつつも、僕はカフェに返事をする。
「おはよう…………起きてたんだ」
「ふふ、はい……あなたの寝顔を……見ていました」
やはり見られていたらしい。
流石に恥ずかしいような気がして、よくも見てくれたなと言う気持ちを少しだけ込めて目を細めると、
「大きなあくび……でしたね。もうしばらく黙って見ていようと思いましたが……ふふ、すみません……可愛らしくて」
くすくすと吐息を漏らしながらそう優しく微笑むカフェに、僕は本当に何も言えなくなってしまった。
その顔は……ずるいよ、カフェ。
頬が熱を持ち始めるのを感じる。寝起きの顔をずっと見られていたうえに、寝起きの頭でカフェを見たら……照れてしまって仕方がない。
ああ、もう。
……寒いはずなのに暑くなってきてしまった。
────彼女が泊まりに来たのは今日が初めてではない。ときどき悪い物が僕に取り憑いたりすると、泊まりに来てカフェは夜を通して守ってくれる。
今回もその延長で、悪い物を祓うのは日中に済んでいたのだが残滓に寄せられて別の物が近づいてくる可能性があるらしい。それを憂慮してカフェは泊まりに来て、一晩を過ごしたのである。
……ちなみに同じ布団で眠ろうと言い出したのはカフェであって、僕はギリギリまで別の布団で眠ろうと言い続けていたことをここに明記しておく。
ベッドの横に敷かれた彼女用の布団がその証拠になることを祈るばかりだ。
ただ……────彼女が同じ布団にいてくれたことが、とてもありがたかったのも間違いない。
昨晩は家鳴りがひどく、廊下の電気が点いたり消えたりといった現象が起きていた。おかげでなかなか落ち着くことができず、見兼ねたカフェが同衾を申し出てくれたのである。
自分のものではないぬくもりを布団の中に感じながら、手を握ってもらえる安心感のおかげでようやく眠れたのだ────
……それはそれとして暑い。
もう起きてしまおう。夜も明けているわけだし、これ以上カフェと同じ布団に入り続けていると理性が危うい────
「………………」
「……カフェ?」
身体半分が布団から出たところを、カフェに腕を掴まれて静止させられて────
「えい」
更にそのまま引き寄せられ、布団の中に逆戻り。そのうえカフェは僕の上に覆いかぶさるように乗っていて……────
軽い。僕の上に乗りかかる彼女の身体はとても細く、小さく……────本当にそこにあるのかと不安に思うほどに軽い。
「……ふふ」
小さく微笑むカフェの顔が、近い。
鼻がぶつかりそうだ。金色の瞳が美しい。
吐息がかかる。いい香りまでしてくるようだ。
「か、カフェ…………」
「…………もう少し、ここにいませんか……? 今日は、予定もないですし……それに、昨日は落ち着きませんでしたから」
きゅ、とカフェが僕の胸に頭を預ける。抱きしめるように手を軽く添えて、寄せられる彼女の温もりはとても優しく、冷えた空気にはちょうどいいあたたかさ。
こんなにあたたかいものを、僕は払うことができない。
「それ、は……どういう?」
せめてもの……抵抗とも言えない、ただ身体をよじるだけ────むしろ動いたことで彼女との密着がより強くなる。
頭では良くないとわかっていながら、身体は彼女の背に腕を回している。より強く密着するように、抱き締めるように。
「どうも、なにも…………私があなたと、こうしていたい……だけです」
カフェは少しだけ恥ずかしそうに、そう言って。
薄くを目閉じながら、僕らの距離は縮まって。
やがて重なる僕らの影は────……布団で覆ってしまおう。
この熱を逃さないように、閉じ込めてしまおう。
もうすこし日が昇って、暖かくなるまでは……このまま、このままで。