カフェと愛してるゲーム

カフェと愛してるゲーム


「愛してるゲーム……ですか」


「そう……大学生のノリみたいなやつなんだけど、まさかトレーナーの飲み会でやらされるとは思わなかったよ……」


旧理科実験室の────カフェの部屋。


美味しい豆が手に入ったからと招待された僕は、駅前のケーキを手にお呼ばれしていた。


12月の寒い日は、暗い部屋に淡いオレンジの間接照明が照らす落ち着いた雰囲気の中で、カフェと話すのが結構好きなんだよね。


カフェはいつも僕の雑談を静かに聞いてくれるのだが、今日の話題は、きのう同期のトレーナーと行った飲み会についてだった。


「なるほど……大人になると難しい遊びなんですね……?」


そしてその中で行われた“愛してるゲーム”に、意外にもカフェが興味を示したようだった。


「難しいってわけじゃないよ? 合コンとか、男女混合の飲み会なら大人でもやると思うし……ただ昨日の飲み会は全員男だったから本当にキツくて」


思い出すだけで笑えてきてしまう。男たち数人が、カラオケでお酒を煽りながら“愛してる”と真剣に言い合うのだ。


当人たちはお酒が入っていることもあり、大盛り上がりではあったけれど……────酔いが覚めて思い出すと、たちまち恥ずかしくなってくる。いや、恥ずかしいを通り越してもはや痛いくらいだ。


「……どんなゲーム、なんですか……?」


カフェは僕の話を聞く時、適度に合いの手を入れてくれる。聞き上手なんだろうな……物静かなイメージのある彼女だけど、僕と話す時はどんな話題にも比較的興味を持って聞いてくれる。


きっと波長が合っているのだろう。タキオンにはどんな話を振られても切り捨ててるわけだし……まあ、彼女とは波長云々とは違う問題のような気もするけれど。


「気になるの?」


「……はい……トレーナーさんがそこまで言うので、どんな遊びなのかと」


「ふふ、本当に変な遊びなんだけどね────」


僕はカフェに“愛してるゲーム”の内容を説明した。


“愛してるゲーム”とは、2人で向かい合わせになって“言うヒト”と“言われるヒト”を決める。


それが決まれば“言うヒト”は相手に向かって「愛してる」と伝える。“言われるヒト”側は「もう一回」「本当に?」など返事をし、また“言うヒト”が「愛してる」とバリエーションを変えて伝えるのを繰り返す遊び。


勝ち負けの判断はとても簡単で、どちらかが照れたり笑ったりしたら負け……────という遊びだ。


普通は合コンなどで男女が行うと盛り上がるのだが、昨日の飲み会は……本当に、もう。


僕はお酒が入るとすぐに笑ってしまうから、本当に負けて負けて仕方なかった。


「……という感じなんだけど、分かったかな?」


「はい……」


静かに返事をして、カフェはコーヒーを口にした。


……やっぱりあまり面白い話ではなかったかもしれない。実際、僕もお酒が入っていたから出来たわけだし……まあ、おかげで大盛り上がりではあったけどさ。


僕もコーヒーカップを取り、口をつける。少し酸っぱい苦味が広がって、昨日の記憶も苦い思い出として飲み下せそうな気がする。


誘ってくれたカフェに感謝だね……────とコーヒーの味わいに心の中で手を合わせた。


「……はぁ」


────……静かな時間が流れる。僕もカフェも無言でコーヒーを飲み、ケーキを食べ……まったりと過ごしている。


あれからお互いに何かを話すでもなく、何かをするでもなく、ただ2人でソファに腰掛けている。この時間が楽しいと感じさせてくれるのも、僕とカフェの波長が近い証拠なのかな……なんて思ったりして。


沈黙の時間が苦に感じない相手というのは貴重で、古くからの友人にはそういうヒトはいるけれど、少し歳の離れた女の子とそういう関係になれた僕は幸せかもしれない。


そもそもカフェは1人の時間が好きで、そこに僕が割り込んだ形が今の僕らで。


彼女はよく僕をここへ誘ってくれるし、トレーナー室でも静かに2人で過ごしたりするから、とても仲良くできている。


トレーナーとして、担当と良好な関係を築けているのはありがたい。先輩トレーナーに、担当と仲を悪くしてしまって契約を解消してしまったヒトがいるから、尚更そう感じる。


……まあ、僕らは良好と言うには良すぎるのかもしれないけれど。


カフェが僕と契約してくれて、一緒にいてくれてよかった……────と、しみじみ感慨に耽っていると。


唐突に、カフェが僕の手に手を乗せて言った。


「…………どんな風に……言ったんですか……?」


「……え?」


「…………“愛してるゲーム”……です」


まさか話を蒸し返されてしまった。しかも数分前の、コーヒーと共に飲み切ったはずの話を。


「え……気になるの……?」


「……はい」


気になるらしい……なんで、どうしてだ……?


「いやいや、大学生のノリって言っても僕だよ? 大学生って言葉の華やかさに惹かれるのは分かるけど、それならもっと別に」


「どんな風に言ったんですか」


力強く、僕の目を見てもう一度言われた。


……さて、どうしたものだろう。普段とは違うカフェに話を蒸し返されるわ、ここで再現をしろと言われるわ……なかなか恐ろしい。


いったい僕の何に興味があるというのだろう。彼女が冗談を言ったり、揶揄ったりするのが好きな子だったら蒸し返されるのもわかるけれど。


カフェはそんなタイプじゃないしなぁ……。


────……ともあれ、カフェから要望をされてしまったら応えるしかあるまい。僕は居住まいを正し、カフェへと身体の向きを整えた。


「……い、いい……?」


声が震える。


心臓が早鐘を打ち始め、緊張を僕の脳へと伝えてくる。


ああ、なんで僕、こんなことしてるんだろう。よく分からない気がするけど、頼まれたらやるしかないのかな……。


よし、よし……今度こそ本当に行くぞ……。


「ほん……とに行くよ……」


「……はい」


カフェが少し見上げ、僕と視線を合わせる。オレンジの間接照明が彼女の顔を照らし、その姿かたちを暗い部屋に浮かび上がらせてくる。


黒く艶のある長い髪に、その中央で怪しく輝く琥珀色の瞳。


整った顔立ちに、きゅっと結ばれた小さな口唇。


控えめに言わずとも可愛らしい彼女に向かって、この言葉を言わされるのはもはや罰ゲームのような、ともすれば死ぬまでに一度すら起こらない奇跡のようにすら感じられる。


なら、男として覚悟を決めるしかあるまい。頑張れ僕、男を見せる時だぞ……!


「んんっ……」


咳払いをひとつ。どうせやるのなら、本気で照れさせてやるくらいにしないと。


「……カフェ」


「……はい」


彼女の瞳を一点に見つめ、僕は心に喝を入れてあの言葉を口にした。










「……カフェ、愛してるよ」











「……、……っ……」



数秒の間を置いて、カフェの頬が爆発的に赤くなった……ように見えた。


口元を隠すように手を当てて、少し困ったように眉を顰めて……────


「……もう、一回」


視線を一度外して、再度僕に瞳を合わせてカフェが返事の言葉を口にした。


本来ならカフェの負けのはずだけど……まあ、これはあくまで再現だ。ゲームをしているわけじゃない。


これも要望だと思ってやろう。


「カフェを……愛してる」


「……、ぅ…………」


カフェの頬がさらに赤くなっていく。耳まで赤く染まっているように見えるのは、目の錯覚だろうか。


僕だってもう湯気が出そうな程に身体が熱い。真顔を保っているつもりだが、きっと顔は赤くなっているし口元は照れのせいで緩んでいるはずだ。


お願いだ、もう……────


「……本当、に……?」


────……返事の言葉。


「本当……ですか? ……トレーナー……さん……」


少しとろけたような瞳で、カフェが返す────


……なんだか変な気分だ。担当ウマ娘を前に、愛を囁くなんて……感情が籠ってしまって仕方がない。


けれど彼女へかけるこの言葉に嘘はないから、遊びのノリで口にするそれよりは気持ちも籠ってしまって当然だ。


愛している。


短い言葉だけれど、僕が彼女を愛しているのは本当で……────大切に思っているのも、本当で。


だから最後にもう一度、心を込めて伝えよう。


僕は、キミを────


「……愛してる」


「……」


カフェはそれを、どう受け取っただろう。2度3度と瞬きをしてから、彼女は僕から視線を外してしまった。


それからまた口元に手を当てて、僕に視線を戻したり、外したりして数秒後……────


カフェは僕を包み込むような優しい視線で、


「……私も、アナタを愛しています」


そう言って、その言葉を紡いだ口唇を……────僕の頬に押しつけた。


少しの驚きと、それ以上の幸福が僕を襲う。カフェの手が僕の背に回され、応えるように僕も彼女を抱きしめた。


熱くなったお互いの頬が擦りつきそうなくらいに顔を寄せ合って、小さな声で言葉を交わす。


「……愛してるよカフェ」


「私もです……ふふ……」


「好きだよ、カフェ」


「私も大好きです……──さん」


暗い部屋に、淡いオレンジの間接照明が僕らを照らす。僕らだけの静かな世界。僕ら以外には世界には誰も存在しないのではないかと思うくらい、静寂の空間。


……本当にそうなっても構わないと、そう思うくらいにカフェと僕は“愛してる”を言い合っていた。


僕らを邪魔するものは、誰もいない。







「…………他の部屋でやってほしいんだけどねぇ……」






水を浴びせるようにかけられた言葉に、磁石のように離れたのは言うまでもない。


本当に僕らだけしか存在しない世界になればよかったのに……と心の中で悪態をついたのは内緒だ。


僕がそう思っていた隣で、カフェも同じように思っていたというのはまた別のお話。

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