カフェと夜の熱に溺れる話
電気の消えた暗い部屋に、微かに響く小さな音。
僕は小さな画面の放つ青白い光に照らされながら、残った仕事を片付けていた。画面右下をちらりと確認すると、時刻はもう日付を少し過ぎていた。
「さむ……そろそろ寝なきゃな」
冷えた手をこすりながら、口の中でつぶやく。声を大きくしないように意識して。
しかし仕事はあと少しだけ残っている。そう多くはないから30分もあれば終わるのだが……明日に回すのもあまりよろしくない。
よろしくない理由があるわけで、
だから今のうちに終わらせてしまおうとPCと向き合っているわけで。
「……もうひと頑張りしたら明日は休みだ!」
明日の予定を脳裏に浮かべてから、僕は最後の頑張りを仕事に向けることにした。
・・・
「はぁ…………終わった」
思っていたよりも早く片付いて、僕は安堵の息を吐いた。
これで持ち帰った残りの仕事もようやく終わり。僕の担当ウマ娘のためなら多少の残業も持ち帰りも夜更かしも苦ではないけれど、明日のことを考えると早く終わらせておくに越したことはない。
データを保存してPCの電源を落とし、布団に入ろうと身体を向けると────
「…………おつかれさまです」
僕に視線を向ける、琥珀色の瞳と視線が交差した。明るさに慣れた目ではよく見えないが、おそらく……そのはずだ。
「……ごめん、起こしちゃったか」
「いえ……実はずっと起きていました。あなたの仕事姿を見るのは好きですから……」
そう言って、マンハッタンカフェは掛け布団を少し持ち上げて僕を誘う。
「……ほら、温かいですよ」
暗闇でよく見えないが、優しく微笑んでいる彼女の顔が浮かぶ。きっとそんな表情で、僕を待ってくれているに違いない。
「それじゃあお言葉に甘えて……」
甘えるもなにも、この家にはベッドはひとつしかないのだから同じ布団に入って当然なのだが────……それを口にするのは野暮だろう。
彼女が優しく誘ってくれているのだから。
掛け布団をもう少し持ち上げ、その中に身体を滑り込ませると……────その中は彼女のぬくもりで温められた天国のような場所だった。
「ふう……」
寒い手を温めるように布団の中で擦り合わせていると、その手にそっとカフェの手が重ねられた。僕の手を包むように、優しく温めてくれる。
「……冷たいでしょ」
「でも……あなたの手なので、好きです」
急に投げられた『好き』という言葉に、一瞬だけ言葉が詰まる。昔から彼女は僕を驚かせることが大得意だ。
「……カフェはあったかいね」
彼女のぬくもりを全身で感じながら噛み締める。数分前まで冷え切っていたはずなのに、もうなんだか熱くなってきた気すらしてしまう。
これはカフェのぬくもりで温められたのか……────それとも彼女のぬくもりにアテられて僕の身体が熱を持ち始めているのか。
「……暖かくなってきましたね」
僕の手を離しながらカフェが言う。遠ざかっていくぬくもりに寂しさを感じながら、堪えるように僕は小さく頷いた。
「カフェが温めてくれたおかげだよ」
「ふふ……あなたのぬくもりになれてよかったです」
カフェは言いながら、今度は僕の身体へぴたりと張り付くように身を寄せてきた。またこのぬくもりに会えたことを僕は嬉しく感じ、彼女の小さな身体を抱き寄せる。
「ぁ……っ」
小さく吐息が漏れる。乱暴にしたつもりはなかったが、思っていたよりも強く抱きしめていたのかもしれない。
だがその声も可愛らしくて、僕は抱きしめる腕に力を込める。
「ん、んん……恋しかった……です」
「……僕もだよ」
「あなたはトレーナーですから……担当のことを考えないといけないのに……すみません」
「うん、そうだね。……だけど……カフェのこともずっと考えてるよ」
「……ふふ……嬉しい」
嬉しそうにカフェが僕の頬に頬をくっつける。カフェの匂いが強くなり、僕の身体はますます熱を放つ。
「ぁ……っ……だめ、ですよ」
カフェの体に触れた僕の手を、彼女は力ない声で咎めた。
「明日のデートに……遅れてしまいます」
僕の手を撫でるように触りながら、カフェは潤んだ瞳で僕を見る。
そうだ。明日は午前中からふたりでデートの約束。だから仕事も少し無理をして終わらせたのだから、このまま眠らなくちゃいけないのに────
「……ごめん」
眠らなくちゃいけないのに、僕はカフェを求めている。彼女のぬくもりが更に欲しくて仕方がない。
「ふふ……でも、だめなのは私も同じですね……」
唐突にカフェの手が、僕に触れる。
撫でるように優しく、しかし煽るように激しく。
そしてカフェは蕩けた瞳で僕を見上げるように、
「……私も……あなたが欲しいです」
そう言って口唇を重ねた。
・・・
「……ん」
目が覚めると、全身が包まれているような暖かさに気づいた。僕の身体を抱くようにして眠る、カフェの熱だった。
「……すぅ……すう……」
頭を抱かれ、時間を見ることもできない。でも、それでもいいか……なんて頭の中では考えてしまう。
デートに行かなくちゃだけど……まだ、もう少し……この熱を感じていたいから。
「…………愛してるよ、カフェ」
寝ぼけた頭でつぶやいて、僕はこのぬくもりに抱かれたままもう一度眠る。
次に目を覚ましたら、ふたりでデートに行こう。手を繋いで街を歩き、映画を見て、食事をして、帰ってきたらまた────
微睡に導かれるまま、僕は彼女の胸の中で目を閉じた。