カフェとお泊まり 後編

カフェとお泊まり 後編



・・・


「カフェは僕のベッド使ってよ」


お風呂を済ませて戻ると、トレーナーさんがテーブルを退けた床にお布団を敷いているところだった。


「いちおう消臭剤かけたから臭くないと思うし……多分、大丈夫だから!」


大丈夫! と強調するように言って、そのままトレーナーさんはお風呂へ行ってしまった。


「…………私、ひとりで?」


おずおずとベッドに腰掛け、掛け布団に触れる。これはトレーナーさんが普段使っているベッドで、今日の朝もここで寝ていたはず。


だから彼の匂いが1番濃く感じられる場所で……だから、消臭剤なんてかけないでほしい……のに。


「…………トレーナーさんの匂い……しないね」


隣ですんすんと鼻を近づけるお友だちに同意を求めて視線を送ると、ウンウンと頷いて返してくれた。


……お泊まりデートだから、しっかり洗ってきたのに。


「……トレーナーさん……私の気持ち、分かってないのかな」


それとも、分かっててわざと?


私が卒業するまでは……って、こと……なのかな。


────……! ────!


「そ、それは……!」


あの子が私に耳打ちをする。その内容は……ちょっと恥ずかしい、けど……────


「……うん…………うん、頑張ってみる……ね」


小さく拳を握って、あの子に決意表明した。


トレーナーさんがお風呂から戻ってきたのは、それから数分後だった。


それからは眠たくなるまでふたりでゆっくりお話ししたり、白湯を飲んで温まったり……心ゆくまでおうちデートを楽しんで。


「そろそろ……寝なきゃだね」


時計を見ると、時刻はもう日付を超えていた。そろそろ眠らないといけない。


せっかくのお泊まりなのに寝るのは勿体無い……と感じているのは、きっと彼も同じ。


寝なきゃと口に出した声がとても寂しげだったから。


歯磨きをして、ベッドに入って……ひとり分のスペースを開けてから私は握った拳を再確認。


……今しかない。


「それじゃあおやすみ、カフェ────……」


「トレーナー……さん」


「ん?」


彼が布団に入ろうとする瞬間を狙い、声をかける。


「……ええ、と…………今日は…………寒い、ですよね……?」


「ん……そうだね。寒波がきてるし……暖房強めようか?」


「い、いえ……それは大丈夫、なんですけど。ただ、その」


「どうしたの?」


トレーナーさんの後ろであの子がエールを送ってくる。いつ着替えたのか、チアリーダーのような格好でポンポンを持って……。


……大丈夫、頑張るから。


「すぅ……はぁ……」


深呼吸をひとつ。


気持ちを整えて、私は掛け布団を持ち上げながら彼におねだりをした。


「……あ……温めて、もらえませんか……?」


「……………………え?」


ベッドには、ちょうど彼が入れそうなスペースを開けている。ひとり用のシングルベッドだから、ふたりで入ればきっと暖かく過ごせる。


あの子が考えてくれた作戦……だけど、実は私も……せっかくのお泊まりだから、一緒のお布団で寝たいと思ってた。


またトレーナーさんには困らせちゃったかな。


みるみる顔が赤くなり、詰まるように言葉を漏らしたトレーナーさんは……少し考えるようなそぶりを見せてから、


「……カフェは、いいの?」


「一緒が……いい、です」


私がそう頷くと、トレーナーさんは私の持ち上げた掛け布団に潜り込むように身体を滑らせて、ひとつのベッドにふたりで入った。


「……これで寒くない……?」


優しく私を抱きしめながら、彼が言う。


「……はい……あたたかいです」


彼を抱きしめながら、私は頷いた。


……あたたかい。


トレーナーさんの匂いが近い。


トレーナーさんが、すぐそばにいる。


肩越しにあの子が窓から出ていくのが見えた。


今日はずっとトレーナーさんの近くで過ごしていたけど、今は特に……近く感じる。何度も抱きしめてもらったし、何度も抱きしめたけど……それよりもずっとずっと、近い。


身体を押し付けるように密着すると、彼の鼓動が私の胸を叩いた。


ドキドキ……ドキドキ……。


すごく早くて……熱い。


私の鼓動も、伝わっているのかな。


あなたと同じくらい……私の心臓も……早くて、熱いんだよ……?


「…………ドキドキ、してるね」


「…………はい」


……よかった、伝わってた。私のドキドキも、温もりも……伝わってた。


「カフェの匂い……する」


「……あなたの匂いも……しますよ」


「お風呂入ったから」


「……お風呂に入ったら……シャンプーの匂いじゃないですか……?」


「ううん……カフェの匂いだよ。優しい……コーヒーみたいな、落ち着く香り」


「……あなたも……あなたの、優しい香りです。心が落ち着く……でも、ドキドキして……落ち着かないかもしれません」


「……ふふ、眠れるかな」


「分かりません……でも、それならおしゃべり……しませんか。あなたの好きなところ……いっぱい言いたいです」


「……僕も言いたい。カフェの好きなところ、可愛いところ……たくさん言えるよ」


「それじゃあ……どちらかが、照れるまで……好きなところを言い合いましょう……? それを眠たくなるまで何度も続けて……」


「照れたら……罰ゲーム?」


「はい。……罰ゲームは……ひとつ、相手に好きなことをしてもいい」


「好きなことって……例えば?」


「ぇ、っ…………と…………キス…………とか?」


「…………罰じゃないよ、それ」


「す、すみません……それしか、思い浮かばなくて……」


「謝らないで? ……僕も、似たようなもんだから」


「……では、始めます……か?」


「いいよ。……じゃあ僕からね」


「はい」


「カフェの黒い髪が好き」


「……あなたの、優しいところが……好きです」


「カフェの……落ち着いた声が好き」


「あなたの大きな背が好きです」


「カフェが好き」


「ぇ……っ……」


「……ふふ、僕の勝ちだね」


「ず……ずるい、です」


「照れたら罰ゲームだよ」


「むー……分かりました。罰ゲーム……ですね」


「……キス、しても……いい?」


「ぁ……ぅ…………は……はい」


夜は、まだまだ長い。


身体が熱くて熱くてたまらない。


それでも足りないと喘ぐように身体を重ね、押しつけ、抱きしめ合って……────


「……好き。……好き。大好き……大好きです、トレーナーさん……」


「僕も……好きだよ、大好きだ……カフェ」


最後の方は、ただ……ばかみたいに、好き好き言い合うだけになっちゃって……もう、罰ゲームも何もなくって。


ずっとずっと……キス、してた。


・・・


目元にかかる陽光に焼かれるような感覚で、私は目が覚めた。


ゆっくりと目を開けると、すぐそばにはまだ眠るトレーナーさんの顔があって────


「…………ずっと、しちゃってたんだ」


その距離が、私に夜を思い出させる。


鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くて……その距離が……夜の、キスを……思い出させてしまう。


好きだと言い続けて、言われ続けて……ふたりとも照れるから、ずっと罰ゲームでキスをして。


いつしか……そんな建前なんて無くなってしまって、ずっと……キスばかり。


キスばかりしながら……そのまま、寝ちゃってたんだ……私たち」


口唇に手を触れると、まだ……あの感覚が残っているような気がしてしまう。


口唇を重ね、吸い付き、啄み……────


ふやけてしまうくらい……キスしてたんだ。


「……すぅ……すぅ……」


気持ちよさそうに眠るトレーナーさんを見て、私はまた顔が熱くなっていくのを感じた。


また……したく、なっちゃった。


でも、すれば起こしてしまうだろうから……我慢……しないと。


時計を見ると、まだ朝の7時。


今日もおやすみだからまだゆっくりしていても大丈夫……だから。


あなたが目を覚ますまでは……このまま、寝顔を堪能させてもらっても……いいよね。


「……可愛い」


オトナのトレーナーさんだけど……寝顔は小さな子供みたいに無垢で可愛らしい。


寝顔を見られるのは……恥ずかしい、かな。私なら恥ずかしくて……多分、また照れてしまうと思う。


だから……照れたら負けのゲームは、私の勝ち……だよね?


ふふ……昨日の罰ゲームはキスばかりだったから、たまには……こんなのも、いいかなって。


よく見ると男のヒトにしてはまつ毛が長くて、眉毛も手入れされていて……私が来るから、整えてくれていたのかな、なんて考えてしまう。


普段はこんなに近くで見ることがないから気づかなかった、あなたの……特徴。


これから先、もっとたくさんの知らないあなたを見つけて、知っていくんだろうね。


そしてそのたびに、あなたを好きになって……もしかしたら時には嫌になってしまうかもしれないけど、そんなところも含めてあなただから、好きになっていけたら……────


ううん……好きになる。


だからそのために今は、知らないあなたを私に教えてね。


そう願いながら、私は……トレーナーさんが目を覚ますまで、その寝顔を眺め続けている。


今日はまだまだ、始まったばかり。


私の忘れられない日は……まだまだ終わらない。

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