カフェとあの子に理性を破壊された話
「ん、んん……んふ、ちゅ……」
いつから、だっただろう。
カフェから告白されて、僕は……────それを受け入れた。
これは当然、トレーナーとしてあってはならない決断だ。教え子に手を出し、恋仲になるなど……あってはならない。
あってはならない、が────
「ぢゅ、っん……ふ、ぅ……」
今日も僕は、カフェの口唇を重ねる。カフェの長い舌が僕の口腔へ入り込み、中を犯していく。
「ぷぁ……ふ、……飲んれ、くらはぃ」
口唇が重なったままカフェが言い、了承を待たずして喉奥にどろりとした唾液を流し込まれていく。
「ん、っぐ……ん、ぅ……んん……っ」
上を向いたままだから、飲み込むのが難しい。けれどカフェがその長い舌を巧みに使って僕の喉元まで唾液を運んでくれるから、あとは注がれるのを待つだけ。
喉元を通る、液体の感触。
さっきまでカフェだったものが、僕の中へ入ってくる。
今日は僕も、彼女の唾液と共に背徳感を飲み込む。
大切な子を預かっておきながら、まだ成熟し切る前に手を出して……────口唇を重ねてしまう後ろ暗い気持ち。
ダメだとわかっていながら重ねてしまうのは……僕も、彼女を好きな気持ちを抑えきれていないから。
始まりこそ我慢していた。
できていた。
けれど……そのうち。
隣に座ることが普通になり。
手を繋ぐことが普通になり。
泊まりに来ることが普通になり
いつしか、キスをするのが普通になった。
でも、それ以上はできないと────約束している。
卒業するまではしないと、何度も話して……約束した。
カフェ自身もそれには納得したし、万が一のことがあって望まぬ引退があってはいけないから。
「……ぷは、はあ……はぁ…………」
長い長い口付けを終えて、ようやく離れた僕らの間には銀色の橋がかかる。
離れることを拒むように、惜しむように、混ざった唾液が手を伸ばしていた。
それがぷつりと離れると、カフェは机からティッシュを一枚手に取り、自分の口を拭いてから、僕も拭いてくれた。
「トレーナーさん……」
「……うん」
僕の胸元にカフェが身体を預ける。ゆっくりとそれを抱きしめて、頭を撫でる。
艶のある黒い長髪。
指を絡めるたびに、少しだけコーヒーのような香りがする────……カフェの香りだ。
いつも香り豊かなコーヒーを飲んでいるからだろうか、カフェの身体からも芳醇な香りが漂っている。
最初こそ濃いコーヒーの香りに驚きはしたが……今では────
「……落ち着く」
「…………ふふ」
二人でクスクスと笑いながら、暗い部屋で時間を過ごす。
誰かに見られる可能性は全て潰したいということで、口唇を重ねるのは暗くなった後か僕の部屋に泊まりにきた時だけ。
僕たちは電気を消し、カーテンを閉めた真っ暗な────……僕の部屋で口唇を重ねていた。
彼女が泊まりにくるのは休みの日。
だから時間はたっぷりあるし、何度だって気が済むまでキスができる。
カーテンの外から薄く差し込む街灯の光だけを頼りに、僕とカフェは真っ暗な部屋、ベッドの上でお互いの体温だけを感じている。
そしてときおり確かめるように抱きしめ合う腕に力をこめては、またそれがおかしくて笑ってしまう。
後ろ暗さも背徳感も、この子がそばで笑ってくれるなら構わないとすら思えてくる。
3年間を走り終える前はどこかに消えてしまいそうだったカフェ。
あれから何年経ったろう……────カフェはまだ僕のそばで、笑ってくれている。むしろあの時からは考えられないほどの関係にまでなっているのだから、時間の経過とは恐ろしい。
最近は“あの子”も僕に強く当たることは少なくなった────……むしろカフェと二人で僕に悪戯することすらある。
あの子との関係も、時間と共に変わっていったのかもしれない。
カフェのために走り続け、カフェのために支え続けた僕たちだから……いつかきっと、お話することができたら……なんて、叶わないことを思ってしまう。
そういえば、いつもカフェと……二人の時間を過ごしている間、あの子はどうしているんだろう。
「……あの子なら、今日はここにいます」
「え、ウソ……ほんとに?」
「はい。……いつもはどこかに行ってしまう事がほとんどですが……今は、リビングのところに」
「そうなんだ。……見られるの、嫌じゃなかったっけカフェ」
「…………恥ずかしいですが、我慢できなくて」
カフェは顔を赤くして、僕の胸元に頭を押し付けてしまった。
なんと可愛い反応だろう。そんなことを言われてしまっては僕の方が我慢できなくなってしまいそうだ。
「……ふふ、可愛いなカフェは。可愛い、可愛いな」
耳をぱたぱたさせるカフェの頭を撫でながら、何度も口にする。
言葉にするたびに耳がぱたぱた忙しなく動き、尻尾がぶんぶん動き回る。胸元からは小さく唸るような、声にならない音が聞こえてきた。
「トレーナーさん……」
ようやくカフェが顔を上げたかと思うと、その頬は真っ赤に染まって────……いるように見えた。薄明かりの中だから確証はないけれど、きっと……そのはず。
そしてその表情は────
「……怒ってる?」
「怒っては……いません」
ですが……とカフェは僕の頬に手を添えて、
「少しだけ、お仕置きします。……舌を出してください」
うう、やりすぎてしまったみたいだ。僕は仕方なく彼女の言葉に従い、ちろりと舌を出す。
「んぁ」
カフェも長い舌をべろりと見せて顔を近づけたかと思うと、
「んふ、ぇろ……ぢゅ……」
僕の舌を掬うようにカフェは舌を絡め、そのまま深いキスへと移った。
溺れるそうになるくらい、深い。
長い舌に犯されては、反撃の如くやり返す。それを繰り返しているから息は絶え絶えになるし、口の周りはすぐにべとべとになる。
キス以上のこともしてしまいそうになるけれど、理性をギリギリで保って口付けだけに意識を落とす。
あと一押しあれば壊れてしまいそうな薄い理性ではあるが、彼女と交際を始めてまだ一度も破られてはいないから、あとしばらく……卒業までは────
「……────ん、っ!?」
────ぬるり、と。
首筋に触れる、ぬるりとした感触。
ここにはカフェと僕しかいないはずなのに、なにかが……誰かが僕の首筋を舐めた、ような────
そして背中に触れる柔らかい感触。カフェに背中から抱きしめられた時、こんな感じだったような────
「ん、……ぷは。…………何を、してるの」
「……ぇ……?」
「トレーナーさんではなくて……あの子です。あの子、今はトレーナーさんの背中に抱きついています」
「な、なんで……そんなことを……」
「…………見ているだけでは退屈だ。ワタシも混ぜろ……だそうです」
「……ま、混ぜろ……って、そんな────ぁ、っふ……」
「!」
首筋に口唇を当てられたような感触。そしてそのまま、カフェのような長い舌がずるりとその周りを舐め回す。
ダメだ、こんな……カフェにすら許していないのに……────
「だ、だめ……! トレーナーさんは、私の……ぁ、そんな……だめ……!」
あの子は、どんな顔をしているのだろう。
カフェがここまで焦った表情を見せるのは初めてかもしれない。それほど、あの子が僕に触れたのは予想外だったのか。
「っ、く……ぅ、ぅあ……」
……ま、待ってくれ……! 服の中に手を入れた……────
もぞもぞとあり得るはずのない感触が、僕の腹を弄り、上へ上へと伸びてくる。
腹筋を撫でるように指を這わせ、その次は胸板────
「ぅ、うぁ……かふぇ、ちょっ……」
「わ、私じゃないです! これは、この子が勝手に……っ……」
ダメだと言っているのに、あの子は止まらない。
かろうじて薄く張られていた理性が、悲鳴を上げている。ぎしぎしと理性の軋み、音を立ててひび割れしていく。
「……トレーナーさん……」
喘ぐ僕を前に、カフェが昏い瞳で見つめてくる。
「……あなたの担当は、悪い子……です。この状況を、利用しようとしてしまう」
「はぅ……何、を……?」
「…………ここがトレーナー室なら、まだ我慢できました。ですがここは、あなたの家ですから」
カフェの手が伸び、スウェットの裾を少しずつたくし上げていく。ゆっくりと外気に晒されていく僕の肌を、カフェは熱に浮かされたように眺めている。
「……好きです、トレーナーさん。あなたが好きです────ちゅ、む」
静かに、言い聞かせるように口にしながら、カフェは僕に口唇を重ねてくる。
「約束でしたが……我慢、できません。あの子がそんなことをするなら……私はもう」
カフェが僕の肌に触れ、背後からあの子が僕の首筋に舌を這わせる。
だめだ。
理性ではわかっている。
けれどその理性は、もはや張ることすら難しい。
ひび割れした理性は、指先で小突くだけで瓦解する。
僕の理性は、もう。
カフェとの深く濃厚な口付けと。
あの子から責められる舌技に、なす術なく瓦解した。
そこから先のことを、僕はあまり覚えていない。
何をして、何をされたのか。
その夜のことを、僕は覚えていない。
ただ、分かるのは。
目が覚めた翌朝、僕の隣に裸のカフェが眠っていたことだけだった。