カキツバタVSスグリ

カキツバタVSスグリ


*アオイちゃん取り合い

*会話文多め

*強めの幻覚




「おーす、アオイ」

「カキツバタさん。こんにちは」

「今日もいっちょ勝負といっとくかぃ?」

「いいですね! 手持ち考える時間ください!」

「ほーいよ。気長に待ってるわ」


 髪留めがついた三つ編みを揺らしながら、アオイはカキツバタを見た瞬間ぱあっと笑顔が弾ける。

もちろん、それはカキツバタ限定ではない。タロにもネリネにもアカマツにも、なんならよく知らない他の生徒にも教師にも同じような笑顔を向ける。

誰にでも優しく、分け隔てなく接するのは彼女の長所だ。海のように深い優しさに、今までどれだけの人物が救われたかはアオイ本人は自慢すらしないので分からない。

ただ、それを羨む者もいるのは事実。


 ブルベリーグ元チャンピオンのスグリだ。訳あって今は休学している。

 かつては擦れていたスグリを倒すよう誑かす感じで彼女を誘導してしまっていたが、今となってはチャンピオンになったアオイとの勝負を楽しんでいる。……このままでは四回目の留年が決定しそうだ。


(……オイラもそろそろちょっくら本気出さねえとねぃ)


 などと漠然とした考えを持つようになったのは、確実にアオイに出会ってからだ。

散々遊び呆けていたくせになんの心境の変化かと自嘲するが、圧倒的な強さを持つにも関わらず、ひたすらに純粋なアオイの姿に影響されてしまったのだろうか。


 んー、と小さく唸りながら手持ちのバランスを気にするアオイを見守る。


「──よし! お願いします!」

「んじゃ、バトルコートに行こうぜぃ」


 アオイは様々なポケモンを使う。かといって手持ちをおざなりにしているわけではない。寧ろその逆だ。こちらとしても学ぶことが多い。

パルデア地方はシングルバトルが主流だが、ダブルバトルという少々特殊な環境でも、彼女は勝ち進んできた。

トレーナーとしてポケモンの能力を引き出すことに秀でているのだろう。


「ありがとうございました、カキツバタさん!」

「相変わらずキレッキレの技で惚れ惚れするぜ。それに、新しい奴が増えてたな」

「イッカネズミですか? この間捕まえたんです! パルデア地方で大量発生してて!」


 いつも思うが、彼女のフットワークの軽さには目を見張るものがある。

呼ばれればパルデアだろうがイッシュだろうがすぐに飛んでいってしまう。めんどくさがりで怠け癖がついている自分とは対称的だ。


 だからこそ手に入れたいと思ってしまう。滾る竜の血で全てを支配して、ブルーベリー学園に、ひいては自分の手元に宝物のように置いておきたい。


 だが足枷をつけるわけにいかない。

アオイはブルベリーグのチャンピオンであり、パルデアのチャンピオンでもあるのだから。

スグリがいった『アオイはまるで物語の主人公』の意味も、今なら分かる気がする。



───


「え!? スグリ、復学するの!?」

『そうなのよ。あの子、アオイがまだ留学してる間に絶対戻るって聞かなくて』

「だ、大丈夫なの? わたし、しばらくこっちにいるよ?」

『なんか心配事があるみたいでさ。あたしには何も話してくれないけどねー』


 勝負が終わった後、部室で寛いでいるとアオイのスマホロトムが鳴った。どうやら相手はゼイユのようだ。話を聞くにスグリが復学するらしい。目の下に隈を作って細っこい体は更に痩せこけていたのに、さすがに復学は早すぎる。

アオイもそれを疑問に思ったのか、話を聞いた時は酷く狼狽していた。

スグリがああなったのは自分のせいであるという責任感からであろう。


 アオイがスグリを心配しているのは痛いほど伝わっている。それはもう、こちらが嫉妬してしまうくらいには。体調不良で休学している年下に嫉妬なんて余裕がない証拠だ。


「ゼイユ、何か必要なものとかない?」

『えー? そうねえ……キタカミのリンゴなんて毎日食べてるし……ま、スグが一番元気になるのはアオイが来てくれることなんだけどね』

「う……すごく行きたいけど……スグリの負担になっちゃうもん……」


 アオイの肩に腕を乗せ、ひょいっと顔を出すと笑っていたゼイユの表情が『ゲッ』と引き気味になる。


「おーす。久しぶりだな、ゼイユ」

『カキツバタ! なんでアオイといんのよ!』

「オイラはアオイのフォローしてっからねぃ。常に一緒にいんのよ」

『そういやアオイ、チャンピオンだったわね。……もう! パルデアとブルベリーグのチャンピオン兼任なんて聞いたことないわよ! アオイ! アンタまで身体壊さないでよね!』

「その為にこのツバっさんがいんだから、ゼイユは心配すんなって」

「うん! それにわたし『がんじょう』だから! ゼイユはスグリの傍にいてあげて。ゼイユの傍が一番安心すると思うの」

『カキツバタ! アンタ、アオイにちょっかいかけないことね!』


 まるでいかくをするグラエナだ。噛み付いてくる方がゼイユらしい。


『なに? ねーちゃん……うるさい……』

『あ、スグ! 早くこっち来な!』

『ええ……?』


 少しぼやけた声の主はやはりスグリだ。まとめていた髪を下ろし、以前の姿に戻っている。


『え……あ、アオイ……!?』

「! スグリ……! 元気? ご飯食べてる? ちゃんと眠れてる?」

『ん……ようやく体重戻ってきたべ』

「良かった……成長期なんだから、寝不足はダメだよ? ご飯もちゃんと食べて、それから──」


 まるで遠方に住む母親のようだが、ひとえにスグリを心配してのことだ。

とはいえ、スグリの顔色はかなり良くなっていて、それはそれとして安堵する。

 光を取り戻しつつある金色の目は、アオイを映して穏やかに凪いでいる。


「わたし、まだブルーベリー学園にいるよ。スグリに会いたいもん。だから無理しないで、ね?」

『アオイ……ありがと』

「──なーに、アオイはオイラがちゃあんとフォローしてっから心配すんな。元チャンピオン」

『……カキツバタ』

「か、カキツバタさん! またそんな言い方……!」


 だって、仕方ないじゃないか。

好きな女の子が自分を負かした奴と仲良くお喋りしてるなんて。


 アオイを誰にも渡したくないなら、とっとと元気になって戻ってこいってんだ。


 じろりとこちらを睨むスグリに口角を上げて笑い返す。


「オイラたちこれから食堂デートなんでねぃ、また後でかけ直すわ」

「えっ? あ! す、スグリ! 絶対、絶対また会おうね!」


 ぷつん、と半ば強制的にスマホロトムの通話を終了させる。


「……カキツバタさん! スグリにあんなこともう言わないでくださいね!」

「分かった分かった」



 あーあ、ほんと、スグリが羨ましいこった。



──


「アオイ……ひ、久しぶり」

「スグリ! 久しぶり!」


 全身から溢れんばかりの喜びを見せるアオイと、アオイと再会できてスグリは笑みを抑えきれないようだ。



「やーっと戻ってきたか、スグリ」

「…………」

「おいおい、そんな身構えなさんなって」


 謝罪をしたとはいえ、やはりまだ気まずいのだろう。あの『元チャンピオン』発言が、尾を引いているのだろうか。


「スグリ! 早く行こ! カキツバタさんも!」

「我らがチャンピオン様は元気なこった」


 大きく手を振るアオイに着いていこうと一歩踏み出した瞬間だった。

スグリが、「カキツバタ」と声を掛けてきた。


「もしアオイをそういう意味で狙ってるなら……おれとはライバルじゃ」

「……へえ? やっぱスグリもそうかい。今度ばかりはツバっさん的にも負けるわけにゃあいかねえな」


 重い前髪から覗くのは、勝ちにこだわり続けていた少年の目ではない。

ひたむきにチャンピオンを目指していた頃の目とも違う。

 もっと強く渇望するは、眩しいばかりに笑う少女──。


「んじゃ、手始めに勝負でもすっか? 腕は鈍ってねえだろぃ、スグリ?」

「望むところだべ」

「へっへっへ! いいねえ! 闘争心はなくなってねえようで嬉しいぜぃ!」


 お互いのポケモンを繰り出すと、いきなり始まった勝負に周りがざわついた。

観衆の中に驚いている顔をしたアオイをすぐに見つけて、小さく手を振ると「何してるんですか!?」と口の動きだけで分かった。



「ちょっくら本気、出させてもらうぜ」

「今度も俺が勝つ。待っててな……アオイ」



 宝を手に入れるのは己だ。

さあ、勝負を始めよう。



おわり

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