カイザーと薔薇の精霊

カイザーと薔薇の精霊


ゴミ溜めにおいて美しいことは祝福よりも呪いに近い。

 命を奪われる心配は少なくなるが、代わりにありとあらゆる欲望と好奇を向けられて針の筵になる。

 かつてのミヒャエル・カイザーもそうだった。

 人身売買グループ、ペドフィリアの変態野郎、薬で頭のイかれたアバズレ……。枚挙するに忙しないそれらの襲撃を日々躱し、スラムの仲間たちと古いサッカーボールを蹴る生活。

 だが目を付けられて最も厄介だった存在が何かと言えば、それは人間ではない。

 スラムの片隅に1本だけ生えていた、こんな不衛生な町には不釣り合いな可憐なフォルムの薔薇の木。

 青みがかった紫色をしたブルー・ムーンに宿るドリュアスに、祖先を同じくする美しい人の子として愛を注がれたのが1番の問題だった。

 俗に藤薔薇と称される、青薔薇を目指して紫に辿り着いたこの手の薔薇の精霊たちは青薔薇にいたく執着しており、お気に入りの子の肌に刻むのならと薔薇の所有印の色をカイザーの双眸と同じ青にしたのはまだ良い。

 いや勝手にタトゥーを入れられたようなもので全く良くはないが、そんなものはこの所有印が歳をとると共に茨も伸びるし蕾も成ることに比べればマシだ。

 加えてもっと驚いたのは、薔薇も茨も皮膚の上のみならず内側にまで侵食しているらしく、この前ついウッカリ紙で指を切ったらそこから血の代わりに青薔薇の花弁がひらりと舞い落ちてきたことだ。

 流石にゾッとした。いわゆる霊感の無い人間にはただの赤い血に見えるらしいと後ほど判明したが、それまでは病院にかかる必要ができた時にどうやって誤魔化せばいいんだと心底から悩んだし、試合の生中継中に怪我でもしようものなら人生が終わると思った。

 今となってはもう慣れたもので、何故か人外混じりの多い11傑のメンツと会う時なんて「よぉカイザー。まだちゃんと人の形で安心したぜ。薔薇の木になっちまったらサッカーできねぇからな」みたいなやり取りを交わせるまでになったし、この前は冴とも「お前めちゃくちゃ薔薇クセェな」「テメェには言われたくねぇよ」みたいな匂いの濃さの押し付け合いもした。

 このまま成長すればまた所有印のパワーも強まるだろうが、せめて人間の形ではあり続けたいものだ。サッカーはしたいし。


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