オーガポンとモモワロウ
貴方を殺した獣は四匹。三匹はあの日のうちに私が手にかけました。けれど一匹だけは今までも手を下すことが出来ないのです。いつか、思い切り振り上げた棍棒を一匹の小さな身体目掛けて振り降してやりたいと願っているのですが、私の腑抜けた手や足は、いざその一匹を前にすると力が抜けるのです。
その一匹の名前はモモワロウと言います。貴方が死んでから暫く経って、ようやく知った忌々しい名前です。
名前を教えてくれたのは私があの日手にかけた三匹でした。三匹は物言わぬ体にしたはずなのに、なぜかこの三匹は復活しているのです。貴方は死んだままだと言うのに、理不尽ですね。
私はすぐに他三匹の名前も知ることになりました。三匹の名前はイイネイヌ、キチキギス、マシマシラと言います。三匹はモモワロウの名前を教えると同時に、自分たちはモモワロウの家来のような、仲間のような、あるいは第二の家族のような仲だと言ったのです。
それから、彼らのうちの最もモモワロウと付き合いの長いというイイネイヌがモモワロウの生き様を語りました。
「あいつは、モモワロウはガキなんだ。愛されることを求めるだけのガキだ。きっと今だってお面を盗むこと、いいや、物を盗むことを罪だとは思わない。誰かに愛されるためなら何でもやるのさ。善悪もモモワロウには理解できねぇ。理解するほどの成長も、この先は見込めねぇ。あいつはガキのままこの先を生きていくんだ。現にモモワロウはアンタに何をしたのかすらわかっていない。だから、アンタがどれだけ嫌がろうと笑って愛を求めているだろう」
確かに、モモワロウは私が何度も嫌がる素振りを見せ、今のパートナーと引き剥がされようとも私の元へやって来ました。
懲りずに何度もやって来ては毒入りの餅を私に渡そうとするのです。それを食べれば仲良くなれると信じているのがモモワロウという獣でした。
その姿は今のパートナーと街を歩いたときに見た、人間の子供と何ら変わりのないように見えてしまいした。
あの日に抱いた激情を忘れたことはありません。決して絆された訳ではありません。
今でもモモワロウの憎き小さな身体を棍棒で潰してしまいたいと行動に移す日があります。
モモワロウはとても小さく、非力で弱いのです。私の力にかかれば苦しむ暇なく息絶えるでしょう。
けれど、モモワロウの寝姿はやはり子供のようでした。
長く生きている獣です。少なくとも私と同じ程には永く生きてきた筈なのです。だと言うのに、何故こんなにも幼いのでしょう。
イイネイヌが言った、「ガキのまま」とはまさにこの事なのでしょうか。
寝姿を見ていると、昼間に野を駆け回ったモモワロウを思い出します。今のパートナーに悪意なく毒入りの餅を差し出し、食べてくれなかったと俯くモモワロウが脳裏に過ぎります。
愛されたいという欲を隠せない愚かで哀れな子供を潰すと思うと、振り上げた棍棒は静かに地面へ落ちていきました。
呑気に寝ているモモワロウを目の前に、私は悔しさと不甲斐なさに震えるのです。貴方の仇の一匹も消すことが叶わず、暗い激情を抱いたまま眠りにつきます。
そうして、朝になり後悔します。
昨夜潰されかけたことを知らずに私に笑いかけるモモワロウや、太陽の元で笑い声をあげるモモワロウを見て今夜は潰そうと意気込むのです。
棍棒は私の手によく馴染みます。重さだって丁度よく、振り回すことは簡単です。
目の前の獣一匹、貴方のためだと思えば潰すことも厭わなかったはずでした。
モモワロウがただの外道であれば良かったのだと、何度思ったのでしょう。
ついに私は、イイネイヌやキチキギス、マシマシラと仲間ごっこをするモモワロウを見てかつての私と貴方を見てしまいました。
貴方の憎き仇だと思いながらも、モモワロウが哀れな子供に見えてしまう私を貴方はどう思うのでしょうか。
貴方はもう居ないとわかっているのですが、モモワロウを見ていると貴方に無性に会いたくなります。
どうか、今の私を見て仕方の無いやつだと笑ってください。
それが、私に残された最後の救いなのです。
今日もモモワロウは私に無邪気に話しかけました。イイネイヌやキチキギス、マシマシラは何度もモモワロウを止めています。けれど無駄なのです。モモワロウは愛されたがりの子供の獣でした。
私は今日の夜も棍棒を振り上げ、それから何もせずに眠るのです。
モモワロウは何も知りません。