オーガポンがアオイを守るために鬼になる話
「ぽにー……」
「大丈夫だよオーガポン!心配しないで、私がついてるから!」
林間学校が終わって、私は新しい仲間…オーガポンを連れてパルデアに帰ってきた。キタカミの里とは全く違うこのパルデアの地をこの子に見せてあげたいと各地をまわり、最後に選んだ場所がここ、エリアゼロだった。
キラキラと輝くテラスタルの結晶があたりに広がるとっても美しいこの場所は私の密かなお気に入りだった。本当は勝手に入っちゃダメだけど一度くらいオーガポンにはこの光景を見せてあげたい…と思ったのだけれど、当のオーガポンはすっかり怯えてしまっている。確かにここは野生のポケモンが外よりも凶暴だしパラドックスポケモンもいるから温厚なこの子には刺激が強かったかもしれない。
「無理に連れてきちゃってごめんね?怖かったよね」
「ぽに……」
「ん?どうしたの?…もしかして私を心配してるの?
大丈夫!私はここに何回も来てるしとっても強いんだよ?簡単に負けたりしないから!オーガポンのこともしっかり守るよ!」
しばらくオーガポンは私をじっと見つめていたが、何か決心をしたようでこちらに駆け寄って抱きついてきた。私もあなたを守るよ!と言いたげだった。
「……ありがとうオーガポン。少し見たら帰ろっか」
「……ぽにお」
オーガポンと同じ速度で歩きたかったから相棒は出さずに2人で歩いた。いつもは後ろをついてまわる彼女だったけど、どうしても隣にいたかったみたいで2人で手を繋いだ。
「ほら、ここからならよく見えるよ!綺麗でしょー。あっオーガポンここ崖だからあんまり前に出過ぎないでね」
「ぽに!」
最初は不安げだったオーガポンもだんだんと慣れてきたみたいでエリアゼロをキョロキョロと見渡していた。その姿を可愛いと思いながらも私もエリアゼロの景色を眺めていると遠くのワタッコの体の色がいつもと違うことに気がついた。
「ん……?あ!あれって色違いじゃない!?わーすごい!私ワタッコの色違い初めて見た!」
「ぽに?」
「ほらあれ!あそこの!ピンクの!」
「……ぽに!」
「可愛いなー捕まえたい!あそこまでいけるかなー」
「ぽに!ぽに!」
「あっち通ればいけるかなーでもその間に逃げちゃ…」
「がお!!!!!!!」
興奮していて気が付かなかった。
オーガポンの声は歓喜の声じゃなくて緊急性と焦りをもっていたものだということを。
背後から、アーマーガアが猛スピードで近づいてきていたことを。
気づくのが遅すぎた。回避をしようにもすぐそばは崖。逃げられない。
とっさにオーガポンを抱きしめ、アーマーガアの体当たりは背中で受けた。
衝撃はどうしても殺しきれず体が宙を舞う。
私とオーガポンは崖から真っ逆さまに落ちていった。幸いにも崖は垂直ではなかったから真ん中ぐらいからは斜面を転がり落ちる形になった。必死に彼女を抱え庇いながら転がってゆく。両手を空ければスマホロトムを使うなり受け身を取るなりできるだろうが、今この子から手を離すとこの子が無事ではいられないだろうから。
斜面が終わっても体は止められず、結局平地をかなりの距離で転がってやって止まった。
身体中が、特に背中が痛い。動けない。血が出ているのだろうか。
「ぽに!ぽにい!!」
必死にオーガポンが呼びかけてくる。無事でよかったけれど目には涙が浮かんでいる。あなたのことは守れたけど簡単に負けないっていうのは約束破っちゃったね。
周囲のポケモンたちの空気が変わったのがわかった。傷を負った獲物を狙っているようだ。上空からは先ほどのアーマーガアが追いかけてきているらしい。
……失敗した。油断していた。いつもは私の代わりに相棒が周囲の警戒をしていたんだろうし、狙われても誰も追いつけないスピードで走るからそれに慣れてしまっていた。甘かった。最初にネモ達と来た時より警戒心が薄い私は格好の獲物だったろう。この場所はピクニック感覚で来ていい場所ではなかった。
「……ごめんねオーガポン……私は、大丈夫……大丈夫だから」
必死に手探りでモンスターボールを探す。早くポケモン達を追い払わなければ。だけど焦れば焦るほど見つけられず、周囲のポケモンも近づいてくる。
ふと見ると、オーガポンンの体が震えていた。
恐怖ではない。怒りからだった。
「おおおぉぉおおおぉお!!!!!!!!!!!!!」
オーガポンの咆哮が辺り一体に響きわたる。草木も、結晶も、ビリビリと震えていた。彼女から発せられる覇気が周囲のポケモン達を威圧する。皆たじろいだようにジリジリと後退していった。
オーガポンの顔を見上げると目元も口元も怒りで歪んでいて、文字通り鬼の形相で思わず背筋が震え上がった。今彼女は、見たことのない顔で聞いたことのない声をあげている。私のために本気で怒っていた。
懐からお面と棍棒を取り出す。碧の面だ。その笑顔の面から怒りを滲ませてオーガポンはアーマーガアに襲いかかっていった。
そこからはあっという間だった。タイプ相性も関係なしにオーガポンは力で全部を叩きのめして、我を忘れたみたいに棍棒を振るい続けた。痛みで動けない体で呆然とその姿を見ていた私はふとキタカミの里で聞いた昔話を思い出していた。
あの子もまた、当時お面と男の人を奪われた時のことを思い出していたのだろうか。
アーマーガアが倒れ、周囲のポケモンも逃げ去って行ってもオーガポンの怒りは治らないようだった。あのアーマーガアはまだ生きているようだったけどこれ以上やったら死んでしまう。
「オーガポン…オーガポン!オーガポン!!」
何回かの呼びかけでオーガポンは正気に戻ったようでハッとしたようにこちらを向いて大急ぎで駆け寄ってきた。
「ぽに……ぽにお……」
「助けてくれてありがとうオーガポン…心配かけちゃってごめんね」
「ぽにぃ……」
オーガポンがお面を外すと彼女は泣いていた。ポロポロと涙を流しながら私の横に座り込んだオーガポンの頭を、労りと安心させる気持ちを込めてゆっくりと撫でてあげた。
「大丈夫……タクシーを呼ぶからさ、一緒に帰ろう」
「……ぽに」
オーガポンが優しく私に抱きつく。タクシーがつくまで、私はずっと彼女の頭を撫でていた。彼女はとってもあったかかった。