オルバリお泊まり会
22(11)「そうか、ならば来い」
「へ?」
こうしてウインバリアシオンは、長期休暇の貴重な数日をオルフェーヴルに奪われた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
①
「ギュスター!ラクティー!まだっすかー?」
「ごぉめんもうちょっと~!」
寮のあちこちから慌ただしい足音がこだまする。
長期休暇の日曜。ルーティンを崩さぬよう土曜のトレーニングメニューをやり切り、その後の連休を家族で過ごすために今日から帰省する生徒たちの旅支度の喧騒が、2つの寮を満たす。
「やっぱ今日から帰省する寮生多いっすね」
例にもれずウインバリアシオンもまた、地元の同じギュスターヴクライ、アドマイヤラクティと共に帰路につこうと右手にボストンバッグ、左手に土産を詰めた紙袋を携え、廊下の角で2人を待っていた。
「……別に帰って何するってわけでもないけど、いい感じにリフレッシュできればいいな。……っは、くしゅんっ!」
舞い上がった埃のせいか急に飛び出したくしゃみの勢いを咄嗟に堪えきれず、持っていた土産を袋ごと取り落としてしまう。
倒れた紙袋から床に飛び出していく土産の品を拾おうと慌ててしゃがむと、半歩先に散乱した品々を拾い集める白く筋肉質な手が見えた。
「あ、すみません、助かるっす……」
重い前髪の隙間からは見えなかった善意の助力に礼を伝えるべく上げた面は、しかしその途中で硬直してしまう。
「これで全てか?」
「…………っす」
「何だ、受け取れ。貴様のだろう」
ごく平凡な、当たり前の善性をもって手助けしてくれた相手が、よりによってそのような印象とは程遠い、孤高の暴君オルフェーヴルだったからだ。
「あぁ!え、えっと……その、ありがとうゴザイマス、っす」
促されるまま受け取ると、オルフェーヴルは相変わらず何に睨みを利かせているのか判らない鋭い眼光のままこちらを一瞥して続ける。
「その荷物、貴様も今日から帰省か?」
「あ、はいっす。みんな帰省するし、トレーナーも連休なのでまぁ、特段居残る理由も無いかなって」
「用事があるわけでは無いのだな」
「あは……、いやまぁ今年は皆だいたいそうなんじゃないっすか?」
あの孤高の、最強の、ライバルでありたいと願いつつもその背中との距離を感じずにはいられないオルフェーヴルと、世間話をしている。その非日常感にめまいを覚えつつも促されるままにウインバリアシオンは受け答えを続ける。
背中越しにごめんお待たせ~とアドマイヤラクティの柔らかい声を捉え、会話を切り上げようと背筋を正し向き直ると、
「そうか、ならば来い」
「へ?」
紙袋を持ったままの手首をひと回り大きな手に掴まれ、そのまま踊り場へ、階下へと引き寄せられる。
「ちょ、ちょ待、えっ、ちょっと待って、待ってって!どこ行くんすか!」
「余の実家だ」
「なんで?!」
「用事があるわけでは無いと言ったではないか」
「言ったけども!!」
ほどほど強引に手を引かれ、階段を降りるオルフェーヴルにぶつからぬよう、ボストンバッグを肩にかけ直しながら必死についていく。
3歩後ろで様子を眺めながらついてきているギュスターヴクライが「親御さんには伝えておくから大丈夫ですよ」と言う声が聞こえる。気を遣うならそっちじゃなくてあたし助ける方に使えっす!と恨みがましく振り返るも、その間にもオルフェーヴルの手を引く力は一層強まり、距離をどんどんつき離していく。
あたしの選択権は?!と詰め寄って聞いてもらえる相手では無いと知っている。走りに関しては、食らいついたのは自分の方からだ。だからってプライベートまでその調子で振り回されるとは、と自分を引っ張るひと回り大きな背中を睨みつけるが、迷いも戸惑いの欠片もにじむことのないその見慣れた背に、敗北感を覚えながらも真正面からの抵抗を諦めた。
「〜っラクティ!これ日持ち短いからママに渡しといて欲しいっす!」
自由な方の手に掴みなおしていた紙袋ごと後方に投げ渡す。
「おっけ~、何日お邪魔するの~?」
「知らないっすよ!」
「2泊3日借りると伝えておけ」
「泊りがけなんすか?!」
「うけたまわりました~」
「もぉー!他人事だと思って!!」
「幸いなことに他人事ですし」
「いってらっしゃ~い」
下駄箱で一旦別れたのに律儀に迎えに来た。勝手に満足げな様子の暴君の意図が一切読めないまま、ウインバリアシオンはただ、長期休暇の3日間をこうして明け渡すこととなったのであった。