エンドロールを2人で

エンドロールを2人で





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小さな部屋の一室、暗闇の中でブラウン管テレビから漏れるほのかな灯りが青年の白いかんばせを照らしている。

彼はテレビの正面に据えられた2人がけのくたびれたソファに腰掛けている。


青年…デイビットはそこでひとり静かにホームビデオを見ていた。


画面には褪せた金髪の少年と、同じ髪色の父親と思しき男性が映っている。

親子は他愛のない戯れをしている。


父親は愛おしげに息子の頭を撫で、息子ははにかみながらそれを享受している。

2人の笑い声が室内にこだまする。


デイビットは微動だにせず、瞬きもせず、膝の上で手を組みじっとその様を眺めていた。





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それからどれほどの時間が経っただろう。


画面には相変わらず同じ親子が映っている。

春、夏、秋、冬、季節ごとの様々な行事、煌びやかな祭事。

日常の些細な出来事、とりとめのないやりとり。

泣いたり、笑ったり、怒ったり。



次第に画面は手を繋いだ親子がどこか雑沓の街中を歩く場面へと移り変わる。


街並みは石畳で覆われ、洒落た街灯が並び古き良き時代を感じさせる建物が立ち並んでいる。


それを見て何かに気づいたのか、デイビットの体が小さく震えた。


親子は街の中心にあるシンボルとも呼べる建物へと入っていく。

少年は父親と一緒にそこへいけるのが嬉しいのか、跳ねるように歩みを進めている。



「やめろ、やめて、」



デイビットの口から極小の悲鳴が漏れた。


親子は学校のような建物を楽しげに会話しながら歩いていく。

たまにすれ違う人々はここの生徒のようだ。


オレンジの淡い陽光が廊下の窓から差し込み、2人の影を飴のように伸ばしている。


カタカタと、ブーツと床が擦れる小さな音が聞こえる。


もはやデイビットの体の震えは全身に行き渡り、両腕で自分を抱きしめていないと耐えられないほどだった。


それでも画面から目を離すことができない。

自分はこれから何が起きるのかを知っているのに。


親子はとある研究室のドアの前で足を止めた。

今にもドアノブが回され、忌まわしい室内が画面に映し出されようとしている



やめろ、見せるな、見せないで


見たくない、部屋の中には、アレが・・・







・・・ふと、後ろから足音が聞こえた。

こつ、こつ、こつ、と厚いブーツの音が室内に響く。

振り向かなくてもデイビットにはそれが誰だか分かった。


「テスカトリポカ。」


男はそれに答えず、代わりに彼の肩に手を置いた。


「よう、探したぜ相棒。早速楽しんでいるようだが、あまり健康的とは言えん趣味だな。」


デイビットはその言葉を聞き、小さく息をつく。


「俺にも何か娯楽を提供してくれよ。お前と一緒なら退屈しなくて済みそうだ。」


その声色はとても穏やかだった。まるで兄弟に向けるような気安さである。


「あいにく俺がお前に提供できる娯楽など思いつかない。」


「そりゃあ知ってる。だがこの映像を見てもまだそう言えるかい?」


男の指差す先にはブラウン管がある。


そこには変わらず親子の姿があったが、先ほどの続きではなく、いつのまにか場面が切り替わっている。


父親はソファに座っており、息子を膝の上に乗せていた。

父親は優しく微笑みながら息子の頭を撫でている。


「・・・これがどうした?お前には何の娯楽にもならないだろう。」


「そんなこともないさ。まぁ黙って見てろって。」


そう言いながら、テスカトリポカはデイビットの体を押して彼の隣にどかりと座った。


顔中に「?」を浮かべながらもそれを見やり、再び画面に視線を戻すと何やら親子の様子が違っていた。


 




『息子よ、お前は選ばれしマスターなのだ。英霊を召喚して世界を救わなくてはならない。』


『僕が?』


『そうだ、父さんとお前は世界を救うという大きな善行をするんだ。』


『本当に!?すごい!』


『ああ、だから今日は特別な呪文を教えてあげよう。これをちゃんと唱えればきっと立派なサーヴァントが召喚できるぞ。』


『やったー!ありがとう父さん!!』






「・・・・・・・・・は?」


デイビットの口から間抜けな声が出る。

親子は何だかどこかで聞いた事のあるような呪文を唱えている。


「お前・・・・・これ、」


「クックッ・・・・・・良いから見とけって。」



やがて親子の前に光の柱が立ち上り、その中から長身の影が現れた。

少年はそれに驚き、思わず尻餅をついてしまう。

光の柱から現れた男は、周囲を見渡したのちに少年に目を留めた。


長身痩躯に眩いばかりの金髪、現代に被れたサングラスをかけた黒いコートの男。


テスカトリポカは静かに口を開いた。


『問おう。オマエがオレのマスターか?』







「アーッハッハッハッ!!」


とうとう堪えきれなくなったのか、テスカトリポカはデイビットの背中を叩きながら爆笑し始めた。

デイビットは呆然としながら画面とテスカトリポカを交互に見ている。


「何だこれは・・・」


「ハァ〜、ヒィ、フゥ・・・・・・。いやぁ、お前さんの反応は最高だよ。傑作だ!」


ひとしきり笑い息を整えたあと、テスカトリポカは満足げにニヤリと笑った。


「何だよ、文句でもあるのか?こんな面白いもんを独り占めするなんて酷いじゃないか。」


「違う、そういう問題じゃない。」


「まあまあ、細かいことはいいじゃねぇか。さっきよりはよほど健康的な趣味になっただろ?」


「それは・・・・・」


「ここは戦士が休息する場所、ミクトランパ。オレが作った至高の楽園だ。

癒しの方法は個人に任せても良いが・・・

過剰に自罰的なのはちょっとな。

ま、お前はそういうの死ぬほど苦手だろうから仕方ない。最初くらいはオレが方向性を示してやる。」


「それがこのクソ映画だと?」


デイビットは眉間に皺を寄せながらブラウン管を指差した。

画面の中では7人のマスターと7人の英霊による聖杯戦争が始まっていた。


「バッカ、クソとかいうなよ!何十年にもわたって愛される普遍的テーマだぜ?」


「お前の価値観など知ったことではない。」


「はいはい、とにかくコレ見とけば間違いないからさ。お前も楽しめばいいんだよ。」


「断る。俺はもう寝る。」


「そう言うなって。ほら、もうすぐクライマックスのシーンだ。せめてそこまで見ていけよ。」



そう言うとテスカトリポカは立ちあがろうとしたデイビットの手を取り、自分の隣へと戻した。


画面の中では少年と彼のサーヴァントが最後にして最強の敵、ケツァルコアトルとそのマスターへと立ち向かっていくところだった。







「・・・・・・何でまだ手を握っている。」


ふと気づいたようにデイビットがつぶやいた。


立ち上がるデイビットを引き止めるために繋がれた手は、いつの間にか指同士を絡ませあった状態で2人の間に落ちていた。


え、今更そんなこと気にするか?

と思ったテスカトリポカがデイビットの顔をよく見ようと目を凝らすと、かすかに赤らみ珍しくも照れているようだった。


「え?ダメか?」


「恥ずかしいから離してくれ。」


「そんな冷たいこと言うなよ。」


「ただの嫌がらせだろう。お前には情というものがないのか。」


「あるぜ、お前のことを愛している。」


「・・・・・・・・・・・・」


「な、もっと楽しい話しようぜ。」


「楽しくない。」


「俺がお前のこと好きって言ってんだから嬉しいだろ?」


「嬉しくない。」


「つれないな〜」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・本当は、」


「あ?」


「・・・・・・嬉しい。俺もお前のこと好きだから。」


「へぇ、そうなのかい。」


「ああ、だから手を離してほしい。」


「それは無理だな。」


「なんで、」


「今から手を繋ぐよりも恥ずかしいことするからだよ。

これぐらいで恥ずかしがってもらっちゃあテスカトリポカ困るワケ。」


「は?何を・・・・・・・・・んっ」


テスカトリポカはやにわにデイビットの顔を両手で掴み自分の方へ向かせると、ちゅっと唇に軽いキスを落とした。


テスカトリポカがデイビットの様子を伺うと、きょとんとした顔で固まっている。


「あ?何だそのつまらん反応は。

まさか手を繋ぐ方がキスより恥ずかしいとか言わないよな?」


「・・・・・・キスは挨拶みたいなものだろう。別に恥ずかしくは、」


「ほォ〜〜〜?ガキだから最初は手加減してやろうと思っていたが、とっとと次の段階に進んでも良いようだな?」


テスカトリポカはそう言うとデイビットの頭の後ろを掴み直し、角度を変えて貪るような深いキスを始めた。


「んっ!・・・ふぅっ・・・・・・んん・・・!」


「ふっ・・・・・・はぁ・・・」


デイビットの口を割り舌を侵入させ、くちゅくちゅと音が立つような深いキスを交わす。

デイビットの瞳は見開かれ、表情は驚愕のまま固まりテスカトリポカのされるがままになっている。

口内を舌先で舐め上げると、デイビットの背筋が痺れるように震えた。


最初は抵抗しテスカトリポカを引き剥がそうとしていたデイビットだったが、やがてその力も弱くなり諦めたのか大人しくなった。

それをいいことに、テスカトリポカはしばらく熱い口内を堪能した。


デイビットの弱々しい断続的な声が部屋に響き渡る。

目尻から流れる生理的な涙を指でこすってやると、テスカトリポカはようやく満足したように唇を離した。

ちゅっというリップ音とともに、二人の唇が離れる。


「はぁ・・・・・・はぁ、」


瞳を潤ませ息を荒げるデイビットを見て、満足そうに微笑んだ後、テスカトリポカは再び彼の身体を抱き寄せた。


「・・・まだ序盤も序盤だが、まぁお子様にはこれくらいでも刺激的か。

ま、時間は無限にあるからな。これからゆっくりやっていこうぜ、兄弟。」


カラカラと笑いながらデイビットの乱れた前髪を優しく整える。

その瞳は慈愛に満ちていた。








藤丸との一戦を終えミクトランパに送られた後、デイビットはここでどの様に過ごせば良いのか途方に暮れていた。


使命以外の欲望など元より無く、やってみたかった事も思いがけずに叶ってしまった。


しばらくはあてもなく荒野を彷徨った後、気がつくとモーテルの一室のような場所でホームビデオを見ていた。



・・・・・・見ていたはずだったのだが、今のテスカトリポカとの一件で、ビデオの内容をすっかり忘れてしまったようだ。


息を乱し、くたりとした体をテスカトリポカへ預けると、宥める様に肩を抱き寄せられた。

寄り添う2人の眼前では、陽気な音楽と共に謎の映画のエンドロールが流れている。


テスカトリポカのせいで最後はあやふやになってしまったが、きっととびきりバカでハッピーなラストシーンだったのだろう。





おわり


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