エンドロールが一つ終わる

エンドロールが一つ終わる


※シャンクスがバラライカ枠でヘンゼルの最期







「––隠れることないだろう。出てこい」


紫煙を燻らせながら呼びかけたシャンクスの言葉に、鈴のような声音が月下に応じる。


「気づいてたんだ。流石だね、おじさん」


月光をスポットライトにして現れたのは、妖精のような性別さえも曖昧な、愛らしい子供。

この世の穢れを何も知らない、イノセントの象徴のような笑顔で妖精は……、人の善悪の範疇にいない、いられない、そんなものとっくの昔に壊された、妖精に「なってしまった」子供は歌うように言葉を続けた。


「部下だって優秀なわけだ。追いかけっこしてた割りには、一人も殺せなかったよ」


紫煙さえ掻き消す血腥さを全身に纏わせながらも笑うその顔に、邪気など一切存在しないこの子供は、もはや人間ではない。


「さあて、どうしようかおじさん。せっかくだから何かお話でもする?

僕らが殺したおじさんの傘下の話とか?」


平和な世界しか知らない恵まれた者でも、この子供の言葉が幼子の、言葉の意味を理解しきれていないが故の冗句だとは思えない。

それぐらいに血臭は濃く、子供が持つ手斧から滴る血に乾きは見られない。


「部下は優秀だけど、傘下は弱っちいね。でもおじさんのこと信じてたみたいで、なかなかみんな死ななかったよ。

船長も最期まで『お頭!』『お頭!』って叫んでたよ。血のあぶくをずううゥッと吐きながらね」

「……そうか」


浴びる血は洗礼の滴、末期の叫びは神への聖句と言わんばかりに、純潔の笑顔で語る壊れた妖精に、シャンクスは顔も上げず、せっかく火をつけた煙草に口もつけず、ただ一言で終わらせる。


「冷たいなあ、おじさん。

でもね、おじさんもじきそいつらと同じようになるよ。時間があまりないのが残念だけど」


シャンクスのつれない態度に、子供は初めて無垢な笑顔から、少し拗ねたような表情となり、唇を尖らせた。

その、父親が自分の話をいい加減に聞き流していることに怒るような、実に人間らしい顔をシャンクスは見ない。


「本当に残念だ。

ボウズ、お前には悪いが––、お前さんはここでお終いなんだ」


俯いたまま、脳裏に浮かぶ紅白の天使から、太陽のような笑顔の少年から目を背け、……それでも正直な自分の感想と、「結論」を口にした。


「だがその前に、『おいた』のことを謝ってもらおうか。

なあ、ボウズ。とりあえずそこに跪きな」

「そんなこと言って––」




「跪け」




パァン、と乾いた音が響く。

その乾きから1秒も遅れず続く水音。

水風船が割れたように溢れる錆臭いそれが、目の前の「獲物」のものではなく、自分のものだと子供は、その場に「跪いて」も気付けない。


「『お終い』なんだ、ボウズ」


気付けぬまま、それでも子供は、妖精は、人喰いの獣は手斧を振るう。

投げつけて一矢報いる気ですらない。ただ、自分以外の血を、命を啜るための、壊れた、壊された本能による行いすらも、冷酷にその紅葉のような手ごと打ち砕かれた。


「もう少し理性が働けば、気づけたはずだ。自分が『餌場』に飛び込んだことを。

結局、お前はどうしょうもなく壊れたクソガキのまま、ここで死ぬんだよ」


ここでこの「御伽話(フェアリー・テイル)」は終わりだと、シャンクスは告げる。


「うふ。ふふふ」


けれど、それは間違い。


「おじさんおかしいや、何言ってるの?

僕は死なないよ、『死なないんだ』」


とっくの昔にこの話は、彼らは、彼女らは、この子供の話など「終わって」いる。


「こんなにも人を殺してきたんだ。

いっぱいいっぱいいっぱいいっぱい殺してきてる」


御伽話など、きっと初めからなかった。


「僕らはそれだけ生きることができるのよ。命を、命を増やせるの。『私たちは』永遠(ネバー・ダイ)さ。そう、永遠(ネバー・ダイ)なのよ」

「それがお前の宗教か。素晴らしい考え方だ」


これは、ただの長い永いエンドロールであったことを思い知りながら、だからこそシャンクスは告げる。


「だが正解は歌にもあるとおり、『永遠に生きる者なし(ノーワン・リブス・フォーエバー)』。そういうことだ」


もうそのエンドロールさえ終幕であることを告げ、彼は深く深く、紫煙を、息をはきだした。


「––さて。

俺はお前を、酷く責めぬいて殺してやってもいい。傘下の奴らにされた事を考えたら、釣りが来る上に特典も欲しいくらいだ。

だが––あいにく俺は、海賊の中でもお上品で売ってるんだ。悪趣味でもねえ。イカれてもいねえ。

だから俺は、お前が死ぬのを『ただ眺める』事にする」


自分で言っておきながら、あまりに酷い皮肉であることにシャンクスは笑えてきた。

海賊という時点で「お上品」だなんてちゃんちゃらおかしいのに、実際に自分たちは「お上品」な部類に入るこの世界。


「その銃創なら、もって10分だ。

お前さんがこの世を去るその数分を、傘下の連中の鎮魂に当てる」


そのおかしな世界によって壊されて、おかしな世界で生きて行けるように適応したからこそ、この結末に至った子供に告げる。


「……………………お前には、理解できねえだろうな……」


天竜人(神様)の仕組みに気づき、適応してしまったからこそ、与えてやれない鎮魂の祈り。

介錯をしないのは、傘下を守れなかった頭としてのケジメ。


罰しているのは、罰を受けているのはどちらなのか。

シャンクスの呟きの通り、彼/彼女にはわからない。


「…………んッ…………くッ、うッ、うッ、う……。

うえっ。えっ。うええっ…………」


それでも、痛みが、流れ落ちてゆく命の感覚が、思い出す。

妖精になってしまう前の、ケダモノに堕ちる前の、傷つくことも傷つけることも怖かった、「神様が作った仕組み」など知らなかった、死が怖かった頃を思い出す。

思い出してしまった。


「泣くな。このバカガキ」


彼の言葉は誰に向けたものかなのか。


「けふっ、うっく。うっ。ごほっ、うえっ……、……う。……」


手が足りなくて、手を伸ばせなくて守れなかった男にか。

それとも、思い出してしまっても、「助けて」とも言えなかった、それだけは思い出せないまま、壊れたままの誰かにか。


どちらにしても、確かにバカだ。

悲しいけれど泣いてもしょうがない、泣いてもしょうがないのに泣く以外何もできない、愚かで無力な子供の話は、小さな咳も泣き声も止んで、幕を閉じた。




『お頭』

「……ベック、こっちは片付いた。他の連中にも伝えてくれ」


懐に潜めていた伝電虫から、副船長が声をかける。

まだ緊張が残るその声と、冷や汗をかいている伝電虫にシャンクスは現状を伝えて指示を出した。


『肝が冷えるぜ、お頭。引き金に指がかかりっぱなしだ』

「悪いな、俺のわがままに付き合わせて。

片割れがまだ生きてるから、警戒して捜索しろよ」

『了解。あんたはどうすんだ?』


しばし会話をし、結局ほとんど吸わないまま短くなったタバコを落とし、靴で踏み潰してシャンクスは空を、あまりに残酷なくらいに明るい月を見上げ、ベックマンの問いに答えた。


「もう少ししたら船に戻る。……しかし、ベック。俺も歳かな」


シャンクスの自嘲混じりの言葉に、ベックマンも彼の後ろに控えているであろう他の船員も、誰もいつものように冷やかしはしない。


「少し––少し……疲れた」


月光が眩しいのに、今にも眠ってしまいたいくらいなのに、目が閉じれない。


「まったく……因果な世界だよ」


目を閉ざせない。

夢も見たくない。

今だけは、最愛の娘も助けた友も思い出したくなかった。


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