エルフと再会
……久しぶり。ゴブリンの苗床にされるくらいの価値しか無いエルフちゃんだよ…
最初このゴブリンの群れは街を滅ぼした奴らとは全く関係ないのかと思っていたがゴブリンたちの会話を盗み聞きしてみたところそうではないらしい。
曰くこいつらはあの群れの大規模遠征隊であり、苗床として大量のハーピーを捕獲するために遠征したところ街にいたゴブリンが殲滅されてしまった。街には戻れそうにないので新しく捕まえたハーピーと残った50匹ほどのゴブリンで森の中の洞窟を拠点として旅人や奴隷商を襲ったりして生活しているらしい。
幸いなことにこいつらは群れ内で言語の学習が始まる前に遠征した集団だったらしく、人間の言語を習得していない上に自分がゴブリン語を理解し、かつ話せることを知らない…
つまりゴブリンの会話はこちらに筒抜けである上に偽の情報をつかまされる可能性も低い…冒険者の襲撃や遠征隊の派遣のようなこちらへの監視が弱まりそうな出来事が起こりそうな時期を把握できれば、その間に逃れるかもしれない。
20人近い苗床と50匹以上のゴブリンが暮らせるほど広いとはいえ、ここはあくまでただの洞窟にすぎない。前の拠点のように地下で入り組んでいるわけでもないので迷うこともないだろう。
何より私の最初の子供であった夢幻子宮ゴブリンがこの群れにはいない。あの爆発的なスピードで数が増えて行かないのだったらこちらが準備をして機会を待つことができる。
…あの子も死んじゃったんだ。
…わかっていた。けど今まで考えないようにしてきてた…
勇者様に助けられた時はただそれに感謝していればよかった。唐突な自由を手にした時は今後どうしていくかを考えとけばよかった。ダークエルフに奴隷にされた時はただそのことに怒りを覚えていればよかった。
…けどもう見ないふりはできない。自分はあの子達を愛していたのだろうか?それとも憎んでいたのだろうか?
自分の子供たちが殺されてどんな気持ちかと聞かれると…悲しんでわけではないが正々しているわけでもない…ただ…心にぽっかり穴が空いたような…そんな気持ちだ。
…いまだに私はあの子からもらったハーピーの羽飾りを捨てずにつけている。
きっとこれを捨てればゴブリンを憎むことができるようになるという確信が私の中にある。けどそれをわかっていながら私はこれを捨てれない。
…これは初めての子供からの贈り物だ。ゴブリンだろうがなんだろうが関係ない。子供の贈り物を大切にするのは親として当たり前のことだ
だから何にもおかしいことではない。
ないはずなんだ…
「………おい!!聞こえてんのか!」
「…あっ、すみません…少しぼんやりしていました」
「まったく…頼むぜほんとに‥」
「お前以外みんなハーピーだから言葉も通じないし、多少意思疎通できても感性がずれすぎてて会話ができないんだからよ…」
…この人は私より先に苗床にされていたドワーフの女性だ。どうやら旅人らしくゴブリン軍団が起きたと聞いて、身内の無事を確かめるためにここに来たらしい。
本人はミイラ取りがミイラになるとは笑えないなぁと冗談まじりにいっているがそんな冗談では済ませれないようなことが起きたのは想像に難くない。
…ちなみに探し人はあの街にいた冒険者だったらしい。女性だったから苗床として生かされているかもしれないと考えているようだが…あの街の戦闘職の人間は性別種族を問わずに皆殺しにされた。
…つまりそういうことだ。
「まあ〜不幸中の幸い?って言えるのかわかんないけどよ。私たちを使い潰さないタイプのゴブリンだったてことは唯一の救いかねぇ。」
「…そうですね。衰弱や栄養不足で苦しむことはなさそうでよかったです。」
「いやまあそこもだけどな…普通は捕まった時点でほぼ苗床として苦しみ抜いた末に死ぬのが確定してるんだぞ。長い間生きていけるなら助けてもらえる可能性が高いってことだろうが。」
「それは…そうなんですが…」
「大丈夫だって!前のゴブリン軍団も勇者が倒してくれたんだろ?私たちもいずれ助けられるって!」
「ふふふっ…確かにそうかもしれませんね。少し悲観的になり過ぎてたようです。」
「まあ腹のやつももうすぐ生まれるんだろ?今はゆっくりしときな。」
そうだ…彼女のいう通り私は今妊娠している。
実はちゃんと妊娠して子供を産むのはこれで二回目だ。それ以外の出産は全部あの子の能力で受精したら即出産させられていたので正直親としての実感が湧きにくかった。でも…ちゃんと妊娠してその子が育っていくのを感じているとやっぱり
[夢幻子宮ゴブリンが誕生しました]
それからしばらくして私はその子を出産した。そしてすぐに気づいた。
この子は死んだあの子だ。あの子と同じ能力、同じ魔力、同じ魂を持っている。
多分「あの子が生き返った!」と悲しみとも喜びとも取れない涙を流しながら叫ぶ私は端から見たら狂ったようにしか見えないだろう。
実際もう狂ってるのかもしれない。けど脱出のこともまたこの子に犯されるようになることもこの子たちと私たちの将来についても今は考えたくない。
今だけは…ただこの子が生まれてきてくれたことに感謝したい
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どうやらゴブリンたちが近くを通りかかった男女のペアの冒険者を襲ったらしい。
何か有用そうな情報が聞けないかと思い、少しだけ盗み聞きしようとしたのだが途中で気分が悪くなって中断した。ただ…あの声どこかで聞き覚えがあるような…
しばらくしてゴブリンたちがその冒険者をここに連れてきてようやく気づいた。この娘はあのゴブリン軍団で苗床のまとめ役(という名の生贄)をしていた新米の冒険者だと言っていた娘だ。
戦いの後すぐに犯されたらしく、傷口の止血すら十分に行われていない。仲間が殺された直後ということもあり、衰弱してる上に憔悴してうわごとを呟いている。
「…っ!?アイツら…!!おい私はこいつの応急処置をやる!あんたは病人に良さそうな飯を作ってきてくれ!」
『私たちはどうすれば良い?』
「『ハーピーの皆さんは羽で彼女を温めたり、きれいな水を持ってきてあげてください』わかりました!すぐに持ってきます!」
彼女の状態はかなりまずい…一刻でも早く暖かいスープを…いやそれだけじゃダメだ。何か傷の治癒力をあげれる食材ないと…でもそんなものこんなところにあるわけが…
そこにそれはあった。
首が落とされたおそらくあの女冒険者とペアを組んでいたと思われる男の死体。
気づかなければどれだけ良かっただろう…ただイヤなものを見たとだけ思えればどれだけ良かっただろう…
しかしその魔力が…その血が…そしてその本能が…この男がエルフだということを伝えてくる。
エルフにとって同房の死とは本能に刷り込まれた根源的な恐怖の一つだ。その死体を見るだけでも生理的な嫌悪感を感じるほどに…
私は吐き気を堪えながら、料理に使えそうな食材探しを再開した。
が、もちろん治癒力を上げれそうな食材といった都合のいいものは存在しなかった。
ただ一つエルフの死体を除いて…
"エルフの血は治癒効果があるから外では薬品の材料として使われることもある"
姉に旅に出たいと言ったとき、教えられたことだ。
一般的にエルフの葬式は森に大樹の種と共に植えられそこに生える木を死んだエルフの生まれ変わりとして扱うというものだ。森に還った死者たちは森の一部として共に生きていく…
そんな風習を持つエルフにとって血を抜き取られ、あとはゴミのように廃棄されるというのはあまりにも恐ろしすぎる話だった。
これを使えば確実に彼女は助かるだろう…しかし使わないとしたら助かるかは五分五分だ…
私は結局使うことにした。どうしてかはわからない。ただ彼女を見捨てるのはイヤな気がしたからだ。
エルフの皮を剥ぎ、ナイフで肉を血ごと削ぎ落としていく。
切って、剥がして、砕いて、切って、刺して、潰して、切って、削いで、砕いて、刺して、潰して、混ぜて、剥がして、潰して、混ぜて、削いで、潰して、砕いて、削いで、切って、剥がして、削いで、刺して、切って、潰して、砕いて、混ぜて、剥がして、砕いて、潰して、切って、刺して、混ぜて、潰して、切って、混ぜて、切って、剥がして、砕いて、混ぜて、削いで、刺して、剥がして、刺して、削いで、切って、潰して、潰して、潰して、潰して、潰して、潰して、潰して、潰して、混ぜる。
いつのまにか目の前にドス黒く濁った鍋があった。中には手や足がそのまま入っておりなかったはずの首が鍋の中からこちらを睨んでいる
『どうして私をこんなふうにした!どうしてそっとしておいてくれなかったんだ!』
…ご、ごめんなさい!エルフの血の治癒能力が必要で…
首が鍋に溶けまた新しい首が鍋の肉塊から形づくられていく
…姉の顔だ
『私はあなたに人間の恐ろしさを教えるためにあの話をしたのよ?こんなことをさせるためじゃない!!』
ち、違うの…姉さん、私はあの子をただ救いたくて…
また顔が鍋に溶けて今度はエルフの里の友達の顔が出てくる
『助けたくて?ほとんど他人みたいな相手を?…エルフの尊厳を汚してまで?私たちが死後森に還ることがどれだけの意味を持つのか知らないわけないのに?』
や、やめて…ごめんなさい!ごめんなさいぃぃ!!
いつのまにか鍋の中の肉塊は膨張し鍋から溢れるほどになっていた。その肉塊から生えてきたドロドロとした太い腕が私の首を掴む
「グッ…ガッ………」
『お前は化け物だ』
『お前は家族なんかじゃない』
『お前は仲間でもない』
『お前は私たちの同房ですらない』
『『『『お前はエルフなどではない!!!
認めない!認めない!絶対に許さない!!!!』』』』
いくつもの声が洞窟内に響き渡る。ふと自分の肌を見てみるとその色は少しずつゴブリンのような緑色に変わっていっている。
「…あ、ああ…やだ!やだよぉ!!許して!!私は…私はぁ…」
『ゴブリンでしょ?』
また新しく声が聞こえる。その声が聞こえた途端に私の首を締め付けていた腕が力が抜けたかのように消えて無くなる。
『ほら、もうすぐで完成。早く鍋を混ぜなよ。』
「もうやだ…やだよぉ…」
『まったく…君はエルフの尊厳を辱めるだけじゃ飽き足らず、その行為の意味すら無に返してしまうつもり?本当に自分勝手なやつだね。』
あ…ま、混ぜます!混ぜるから待って!
そして慌てて鍋の中身を混ぜようとして中を見た時、その声の主が誰か理解した。
私だ。
「え…?」
『こんにちは、ゴブリンの「私」。ようやくお別れができるようで清々してるよ。』
「なん…で…どう‥して…?」
『君はもうエルフじゃないんだよ。だってそうでしょ?エルフならエルフの死体を料理に使うはずがないし、自分の誇りを捨てるはずもない。ましてやゴブリンなんかに母性を感じるなんてあって良いはずがない!』
「えっ…あっ……ああ……」
『自分はエルフとして死なせてもらうよ。二度と再会しないことを祈っておくね』
『あ……ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』
私は一心不乱に鍋をかき混ぜ…そして…
「……………ぉぃ…おい!大丈夫か!?」
「…ぇ…ぅぁ…あれ私は?」
「何言ってんだ…戻ってくるのが遅いから様子を見に来たらお前が倒れてたんだよ。…本当に大丈夫か?」
「う…!!!そうだ!スープは?」
「落ち着けってあの肉団子と野菜が入ったスープだろ?ちゃんと食わせておいたから安心しとけ…あれ食ったらだいぶ状態も安定してきたし安心して大丈夫だぞ。」
「そう、ですか…それはよかったです。」
「ほら、まだまだたくさんあまりがあるから食べようぜ!」
「あ…えっと…自分は今あんまり食欲がなくて…」
「だとしても食べておけ。私たちだっていつ病気になるかわからないだろ?」
「あ…でも…いえ、ありがとうございます。」
恐る恐るスープに口をつける。野菜の優しい味と共にほんの少しだけ血の味を感じる。
「お前の料理の腕もなかなかじゃないか!」
エルフを食べたにもかかわらず自分が思っていたほど嫌悪感を感じなかった。
…いやこの感じている嫌悪感も感じなきゃいけないものとして無理やり感じようとしているだけで、共食いに対する者ではない…
「そうですね。お口にあったようでよかったです。」
さよならエルフの『私』