エピソード凑・4話前編
「写真部ない」
死にそうな顔をしながら、運良く同じクラスに組み分けられたユイとケントに伝える。
「……え」
「写真部ないって言われた……」
「でも、去年の学校見学ではあったじゃん!?」
糸師凑(中学1年生)。
立派な中学1年生となった凑は、今日この日を心待ちにして待っていた。
部活動と呼ばれる、堂々と写真を撮ってもいいという部活。
教師から写真ばかりとってないで、元気に運動場で遊んでらっしゃい、なんて言われなくてもすむ(多分)部活。
同じ好きなことを共有できる人が集まると言われる部活。
そんな夢と憧れを一気に崩された凑は授業が始まっても机に突っ伏したまま立ち直らなかった。
「糸師くん、何で呼び出しくらったか、わかる?」
「……分かりせん」
素直にそう言うと、担任の教師は盛大にため息を吐いた。
「もう部活申請書だしてないの、糸師くんだけだよ?」
物心ついた時から写真一筋な凑は、そんなことを言われても…と眉を顰める。
「そんなに写真部に入りたかったの?」
凑はこくんと首を縦に振ってそうだと意志を伝える。
「でもね、部活動には最低でも3人、それに加えて顧問も必要なの。
全員揃えて、校長先生に申請して、許可を貰わないと」
つまりは、諦めろとそう言いたいらしい。
この中学校では、特別な理由がない限り必ず部活動に参加する必要がある。
誰だそんなこと決めた奴。
正直、ここに写真部がないのであれば速攻家に帰って自分の撮りたいものを撮りに行きたい。
今だって、こうして担任から説教を受けている時間が勿体ないくらいだ。
「お!糸師じゃないか!」
耳が痛くなるくらい大きな声で体育教師がやってきた。
げっと顔を歪めるが、彼はお構い無しに凑と肩を組む。
「どうだ?やる気になったか?サッカー部!
この間の授業、素晴らしかったからなぁ!しかも、弟達もサッカーをしているんだろ?きっと糸師も……」
本当に勘弁して欲しい。
ケントに頼まれて体育の授業でGKやって、たまたま全勝しただけだ。
なのに毎日毎日こう勧誘されるのは本当にキツい。
「……先生、糸師くんが困っているのでやめてあげてください。
あと、彼とは今私と話しているので」
そうキツく言われた体育教師は担任に謝りながらサッサと離れていった。
ありがとうございます、と小言で言うと、彼女・鷹島は苦笑いしながら、「なら、早めにやりたい部活動見つけてよね?」と言われる。
やりたいこと。
写真を撮る以外に……やりたいこと……。
────────────
「兄貴、おかえり」
「……ん、ただいま」
家に帰って真っ先に出迎えてくれたのは冴だった。
小学生になって急に「兄さん」から「兄貴」に呼び方が変わって寂しかったが、もうそれも1年を迎えると慣れてしまった。
「兄ちゃん…!」
奥から凛がやってきた。
「あ……おかえりなさい、兄さん」
「ただいま」
去年よりもハッキリと話せるようになった凛は、その頃に凑が骨折をして入院をしてから、微妙な距離感を保つようになっていた。
何故だ?と首を捻っても理由がわからず、頼みの冴は「緊張してんじゃねぇの?」とアイスに齧り付いていた。
なんてことを思い出しながら、凑は冴と凛の頭を順番に撫でてから自分の部屋に向かった。
やりたいこと。
写真以外に、やりたいこと。
サッカー?
いや、それはあの二人が喜ぶから。
じゃあ、俺は他に何ができるんだろ?
写真を撮ること以外、何ができるか、何をしたいかを自問自答するが何も思いつかない。
本棚には写真関連の本、大ファンであるクリス・プリンスについての雑誌やその切り抜きが大量に納められている。
それを見て、自分がいかにそれ以外のことを重要視していなかったかが分かった。
「………冴は俺がサッカーしたら嬉しいか?」
「え、やるの!?」
「いや、やらないけど」
否定すると冴は盛大に顔を歪めた。
そんな冴に苦笑して、凑はカメラを触る手を止めた。
冴は凑の部屋によく来る。
それにつられて凛も来ていたが、今ではめっきり無くなった。
そりゃ、まだ4歳の凛からすれば、ここは遊ぶ道具もない退屈な場所だろう。
「冴は俺の部屋、退屈じゃないのか?」
「兄貴の写真は毎日楽しみ。
これとか」
「あー、この間の試合の写真ね」
コイツもサッカーのことしか考えてないなぁ……俺に似たのかもしれない。
そう思うと、途端にいたたまれなくなった。
もし、もっと兄貴らしく振る舞えていたら、もっと自分が社交的な性格なら、冴はもっとサッカー以外の色んなものに目を向けることができて……学校の成績だってそんなに悪くなかったかもしれない、運動神経がいいし友達だっていっぱいいて、公園で遊んだりとか。
「兄貴?」
「……」
「兄貴!」
「ごめん、聞いてなかった」
少し不満そうに眉を顰める冴を撫でてやると、冴の機嫌が幾らか戻るのがわかった。
冴、凛…俺みたいになるなよ。
今はそう願うしかないのだ。
────────────
「写真部?いいぜ?」
「ケンちゃん、本当にありがとう」
ケントはサッカーチームに所属しているため、部活動は免除されている。
そのため、幽霊部員でいいから名前を貸してくれ、と頼むとすんなりOKしてくれた。
「まさか凑に頭下げられるなんてなぁ……!」
「どうしても写真部欲しくて」
本当に写真好きだなー、とケントがケラケラと笑う。
「で、あと一人どうすんの?立花?」
「ユイちゃんは……新聞部」
「新聞部!?
へぇ……アイツのことだから、お前のこと追っかけて写真部に入るのかと……」
一応ユイにもこえをかけてはいたが、彼女はやりたいことが見つかったから、と言って新聞部に入部することに決めてしまっていたらしい。
やりたいことがあるのだから、仕方がない、か……。
「ケンちゃんは、サッカー以外でやりたいこととかある?」
「え、俺?」
突然尋ねられたケンちゃんは「うーん」と首を捻る。
「そうだな………バイク買って…休みの日は遠出するとか!」
「バイク………」
そっか、ケンちゃんにはサッカー以外にやりたいこと、あるんだ。
そう思うと途端に寂しくなった気がした。
ユイもケントにもやりたいことがあって、どんどん大人になっていく。
置いていかれるんじゃないか?
なんか、複雑だ。
屋上に続く階段は、幽霊が出るとかそんな理由で使う人はいない。
凑は1人になりたい時、よくここに来る。
「あと一人、どうしようか」
宛が全くない。
凑の友人と呼べる友人は、ユイとケントくらいだ。
はぁ…と自分の交友関係の狭さを嘆いていると、耳馴染みのある音がしたのを凑は聞き逃さなかった。
屋上の扉を見る。
ここはたしか立ち入り禁止で鍵がかかっているはずで………凑はドアノブをゆっくり回すと、すんなり開いてしまった。
そして、一眼レフカメラを構えて空を撮る誰かがいた。
「………」
一歩踏み出すと、その誰かが振り返る。
「あ、」
「せ、先生には言わないで!!」
「…………え?」
彼は加賀セイジと名乗った。
この屋上のドアは実は鍵が壊れていて開きっぱなしらしいが、それは加賀しか知らないことだったそうだ。
「写真部なくなっちゃったって聞いてたけど、本当だったんだ」
「加賀は入ろうと思わなかった?」
「うん…1人で撮る方が好きだから」
加賀の一言に凑は戦慄する。
いつも弟達のサッカー話を聞かされ疎外感を感じていた凑は、むしろ仲間が欲しかったくらいなのに、それがいらない?なんて贅沢な。
「……一眼レフ、いいね」
「これ?お父さんから貰ったんだ」
「……カメラマン?」
「違うよ。家族写真撮るのが好きなだけ。
新しいの買ったらしいから、今はこれが僕のカメラ」
家族写真。
それなら凑も負けないくらい大好きだと胸を張って言える。
「加賀のお父さんとは気が合いそう」
「糸師くんも好きなんだ」
「うん。でもクリス・プリンスの専属カメラマンになるのが目下の夢」
夢はでっかく、と腕を大きく広げると、加賀は愉快そうに笑った。
「でも、中学校は不要物持ってきちゃダメって言われてるし、合法的にカメラを持ち込みたい。
教師に外で遊んでこいって言われたくない。
サッカー部顧問からの勧誘を蹴りたい」
だから写真部が欲しい。
と加賀に訴えると、加賀はしばらく考え込んだ。
「まぁ……僕も部活動早く決めろって言われてるし………名前だけなら」
「なんで?」
「なんでって……」
「加賀、写真めちゃくちゃ上手いのに」
やらないなんて勿体ない。目をじっと見つめながらそう言われた加賀は、ウッと目を逸らしそうになるが、実際は凑から目を逸らせなかった。
あまりにも力強く輝く目を見て、彼を撮ったみたい、と思ってしまったのだ。
「……わかった…できるだけ、参加するから」
「本当に?ありがとう!」
感極まったのか、凑は加賀に抱きついた。
「い、いや……僕もメリットあるし……」
「よし、早速鷹島先生に報告しに行こう」
加賀がごにょごにょ言うのを気にせず、凑は加賀の手を引っつかむとそのままダッシュで職員室まで向かう。
「そっか……3人集まったんだ………で、顧問は?」
「あっ」
凑の苦難はまだ続くらしい。