ウマ娘-stellar record-

ウマ娘-stellar record-

February 23, 2024

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第0話_cleared for take-off 

・part301>>33

第1話_Clibming to Japanese 2000 Guineas

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null_まえがき/étoile


拝啓 曽祖母様


春寒次第に緩み、一雨ごとに春の息吹が立ち込めてまいりました。曽祖母様におかれましては、ますますご壮健のことと存じます。

さて、先日お知らせした編入試験についてですが、多くの方からの助力に恵まれ、大事なく通過することができました。この結果に慢心することなく、一族の名を背負って立つウマ娘としての自覚を新たにする所存です。まだまだ至らぬ身ではありますが、どうか応援をよろしくお願いいたします。

天候不順の時節柄、ご自愛専一にてご精励くださいますようお願い申し上げます。


敬具


# # #


「……はあ」

明らかに短い上に、内容もスカスカの文章。手紙とは到底呼べないそれをぐしゃぐしゃに丸めかけて、すんでのところで思いとどまる。

どうせ何度書き直したところで、内容など誤差の範囲でしか変わらないのだ。上っ面をどれほど工夫したところで、伝えるべきことがなければ立派な手紙になどなるはずがない。

「好きなことを思うがままに書きなさい」なんて、よくもまあそんなことを言えたものだと思う。どのみち送る前に内容はチェックされて、この家にふさわしい、品格ある文章に矯正されるのだ。影も形もないものに変えられるくらいなら、最初から当たり障りのないことを書いておいた方がよほど面倒は少なくて済む。

「元気かな、ひいおじいちゃん」

溜息と一緒にペンを置き、手紙の相手に思いを馳せる。最後に直接会ったのはいつだろう、と考えを巡らせても、最後の記憶はいまいち判然としない。

年始にあった一族のパーティーでは、たしか体調不良を理由に出てこなかったのだったか。世界中を飛び回っている母も、未だに現役バリバリで働いている祖母も珍しく出席していただけに、一族勢揃いの機会を逃した、と誰かが残念がっていた気がする。

曽祖母も、祖母も、母も、ウマ娘として一流の成績を残してきた。その後に手に入れた名声や数々の事業も、元を正せば現役時代に成功を収めたがゆえだ。だから、ウマ娘として生を享けた私に期待がかかるのは、当然といえば当然の話なのだ。この家にウマ娘として生まれたからには、それに見合うだけの成績を挙げなければならない。

明日から編入するスクールは、そんな「偉大なウマ娘」になるための第一歩だ。トレセン学園入学前から前途有望なウマ娘たちが集められ、将来のために一足早いトレーニングを経験する、いわゆる「出世コース」の入口。試験を突破しただけで才能アリとされるのだから、その影響力は並大抵のものではないと言っていい。

歴史としてはいささか浅め、名門と呼ぶにはまだまだ新進のスクールではあるけれど、実績は既に十二分だ。現時点で複数のダービーウマ娘にティアラ三冠を輩出し、設備もメソッドも当然最新鋭のものが取り入れられている。これからの歴史を作っていく側の存在を見分け、いち早く家との繋がりを作っておくという意味では、既にしてこの家に相応しい立ち回りの方法を実践していると言えなくもない。

ほとんど連絡が取れない祖母や母も、編入試験合格の報を聞いたときは、いの一番に連絡を入れてきた。誕生日と新年の挨拶以外でここまで返事が早かったのはいつぶりだったかと、驚きを通り越して笑った覚えがある。彼女たちの反応を見る限り、第一歩としては合格のお墨付きをいただけたのかもしれない。

一族の名に恥じないように。ふさわしい活躍ができるように。そう言い聞かされ続け、それに見合うひとつ目の成果をあげた。言ってしまえばそれだけの話で、そこに喜びや達成感は微塵もない。

次の会合のときには、きっと色々な人が挨拶に来るのだろう。名家の次代、それもスクールに編入したとなれば、いよいよもってその名声は約束されている。今のうちからコネを作っておこうと思うのは、ごくごく自然な行動だ。

──バカバカしい。名家だとか、一族だとか、そんなものクソ喰らえだ。

曽祖母とふたり、誰も来ない縁側でゆっくりお茶を飲む。華やかなパーティーを経験すればするほどに、たったそれだけの時間への憧れが強くなる。あの静かな空間で、彼女に話を聞いてもらいたいと、何度考えたかわからない。

「……寝る準備、しないと。明日は大変なんだから」

言い聞かせるように手紙に封をし、足のつかない椅子から立ち上がる。初日だからと手加減してもらえるほど、スクールは優しい環境じゃない。寝不足で初日は調子が上がりませんでした、なんて言い訳をすれば、悪い噂が瞬く間に広まってしまうだろう。

眠い頭で支度を整え、誰もいない部屋の明かりを落とす。おやすみなさい、の声に対する返事は、当然ながら聞こえてこなかった。


# # #


「──はい、お疲れ様。今日のところはこれで終わりにしましょうか」

「っ……! いえ、まだ……!」

「いいえ、ダメです。今のコンディションで走っても、いい結果は得られないわよ。ガマンするのも大事なトレーニングです、ね?」

「……はい」

喉元まで迫り上がってきた言葉をぐっと堪え、クールダウンのために踵を返す。どこに書き込もうかしら、とスペース不足に嘆くコーチの声を聞く限りでも、余分なセットを繰り返し過ぎたことは明白だ。

時間ギリギリまで粘っていたせいで、周囲の同期は既に引き上げてしまっている。広いトラックを独り占めできるのは多少愉快ではあるけれど、それで今の気分が晴れるわけではない。

もう1セットしてもろくな結果が得られないことくらいは、いかな私でも分かっているつもりだ。にも関わらずこんなことを繰り返しているのは、唐突に走ることの魅力に目覚めたから……では、もちろんない。

スクールに入って、世代のトップクラスと競うことになっても、簡単に負けない程度の実力はあるつもりだった。事実としてこの一ヶ月、編入生であることを言い訳にしなくても良い程度には、順調に成績を積み上げてきた。

だというのに、たった一人だけ。逆立ちしても勝てないような成績を出し続けるウマ娘が、よりにもよって同期に存在していたのだからたまらない。

どれだけ必死に走っても追い抜かれて、瞬きのうちに遥か彼方まで突き放される。涼しい顔でそんなことをやってのける彼女の瞳に、自分の姿は一片たりとも映っていない。その事実にあまりに納得がいかないものだから、躍起になってタイムを塗り替えてやろうとしているのだ。

本日の挑戦、18回。結果、0勝18敗。分かりきっていることとはいえ、こうして数字にされるとなかなかに応えるものがある。無論それで折れてやるほど、殊勝な心を持っているわけでもないけれど。

走るのが大好きで、走るために生まれてきたウマ娘。仮に彼女がそんな存在であれば、ここまで目の敵にすることもなかったんだろう。コテンパンにのされることだって、仕方のないことだと諦められたはずだ。

でも。あの目は、どう考えたって違う。

走りたいだとか、走ることが楽しいだとか。そういうものがまるでないのに、ただひたすらに彼女は速い。それがあんまりにも腹立たしくて、許すことができないから、私は──

「ねえ、大丈夫? ぶつかるよ、前」

「……は? うぇっ──」

ごちん、という鈍い音。遅れてやってくる鈍い衝撃、それから鼻先に広がるじんわりとした痛み。隣で小さく聞こえてくる声は、息を呑んでいるのか呆れているのか判然としない。

どうやら無意識のうちに、トラックを抜けて更衣室まで戻ってきていたらしい。その状態でここまで歩いてこれたのは幸運以外の何者でもないけれど、それで柱に激突していたら収支はマイナス寄りだ。

というか。収支がどうこうと言うのであれば、この展開になった時点で下に振り切っている。

「うわあ、痛そう……鼻血とか出てない? 絆創膏あるけど」

「っ……要らない、怪我とかしてないし。それよりアンタ、帰ったんじゃなかったの」

純粋な気遣いのコメントが気に入らず、つっけんどんな返答をしてしまう。我ながら呆れた対応だとは思うけれど、相手が相手だけに仕方がない。

だって。目の前にいるのは、他でもないあのウマ娘なのだ。

何度も何度も私を置き去りにして、そのくせそれに一切頓着する様子もない。この覇気のない、とても同期とは思えないちびっ子が、スクールの全員をぶっちぎる成績を挙げていると言われて、一体誰が信じるだろう。

スクールのトップといえば、もっとギラギラしていて然るべきだ。間違ってもこんな、可愛らしく小首を傾げているだけの小娘が──いや歳は同じなんだけど──圧倒的強者であっていいはずがない。

「うん、帰ろうと思ったんだけど……メッセとか色々届いてるの見てたら、こんな時間になっちゃってて。もうみんな帰っちゃってるよね、あはは」

「……別に、家に帰ってからでよくない、それ。そこまで優先するものでもないでしょ」

「うーん、それはそうなんだけど。ほら、この間の模擬レースあったでしょ? ほら、ライブの練習も併せて、生配信やってたあれ。あれでファンになった、って言ってくれた人がいっぱいいて、お手紙とかもたくさんくれて。こんなに色んな人が応援してくれるんだなあ、って思いながら見てたら、走ってよかったなあ、って思って……こういうのなんて言うんだっけ、おかわり無料みたいなやつ」

「……感無量?」

そうそうそれそれ、とほくほく顔で手を打つ彼女には、やはり“らしさ”と言えるものは微塵もなく。気の抜けたそのあり様に、ひとつの疑念が湧き上がってくる。

いいや。疑念と呼ぶには、それはあまりにも確かすぎるもので。

「ねえ、聞きたいんだけど。アンタ、なんのために走ってるの」

「え、どうしたの急に。……心理テストみたいなやつ?」

「違う、いいから答えて。あるでしょ、走る理由が。こんな場所まで来ておいて、無いとは言わせない」

冗談でない気配を感じ取ったのか、彼女はおとがいに手を当てて考え始める。むーむーと悩むその姿、それそのものが既に彼女の異常性の象徴だ。

「理由、って呼べるほどのものでもないんだけど……わたしが走ると、みんなが喜んでくれるから。ここに入ることになったときも、何かの記録を作ったり抜いたりしたときも──周りにいるみんなが、自分のことみたいに喜んでくれた。最高の気分だって、君を応援してよかったって言ってくれた」

「……それが、アンタの?」

「うん。みんなが喜んでくれるのが、わたしはとっても嬉しくって。もっと速く走れば、みんなはもっと喜んでくれるでしょ? だったら、わたしはそれをやらなくちゃ」

ありがちな理由だけどね、と。恥ずかしそうに頭を掻く彼女は、さも当然の様にそんなことを口にする。自分がごくごく平凡な理由で走っているのだと、心の底からそう思っている表情で。

「……っ」

そんなはずがない。それが平凡であるわけがない。誰かのために走る、なんて、やっぱりこいつは私と同類だ。

走るために生まれて、勝つために強くなる。それがウマ娘の本質だ。分けてもここにいるウマ娘にとって、それは絶対のルールに等しい。

走ることに命を捧げていなければ、このスクールの土を踏むことすら叶わない。そんな選ばれた存在の中に、自分や彼女のような不純物が混ざり込んでいるなんて、あんまりにも手酷い裏切りだろう。

走ることはただの手段で、目的は誰かに認めてもらうことで。他のウマ娘からすれば、そのあり方は侮辱にしか映らないに違いない。そんなヤツがあんなデタラメなタイムを叩き出すなんて、間違っているに決まっている。

なのに、彼女はそれを楽しいと言う。誰かに認めてもらうために走ることを、私が流されるままにやっていることを、心の底からの喜びであると信じきっている。

「なに、それ」

その理想は絵空事だ。真に「みんな」のために走るのであれば、彼女には一度の敗北も許されない。

一度でも負けた瞬間に、彼女の走る理由は崩れ落ちる。喜んでくれる「みんな」がいなくなれば、彼女は走ることすらもできなくなる。そんな脆弱な理由で走り続けるなんて、根本的に履き違えているとしか言いようがない。

「あはは──なにそれ、ほんとに……!」

その、在り方が。致命的に間違っていて、どうしようもなくズレた絵空事が。

──けれど、どういうわけか。どうしようもなく、綺麗なものに見えた。

「……むう、そんなにおかしいかなあ。ちょっと不安になってきちゃった」

「ううん、気にしないで。私はいいと思うから、それ。私と、それから──ひいおじいちゃんも、あなたのファンになってくれるよ、たぶん」

「ひいおじいさん……? それって、あなたの、だよね」

「もちろん! まぁ、ほんとはウマ娘だから、ひいおばあちゃん、なんだけど……でも、あんまりにもカッコいいから、私が勝手におじいちゃんって呼んでるんだ」

鼻高々にそう自慢すれば、彼女は目を輝かせてこちらを見てくる。曽祖母の偉大さを知ってもらえるのは、私としてもとっても気分がいい。身内贔屓をするつもりはないけれど、曽祖母だけはまた別な話だ。

……ああ、でも。そんなことをするまえに、済ませなければいけないことがあった。

「んっ、ん……それで、その。そういえば、なんだけど」

居住まいを正し、慣れない咳払いをひとつ。吸い込まれそうな瞳に気勢を削がれかけて、すんでのところで持ち直す。

一族としての威厳だとか礼節だとか、耳にタコができるくらいに仕込まれたけれど。そんなものとは関係のないところで、礼儀を正しておかないといけない気がしたのだ。

「名前、まだきちんと聞いていなかったなって。あなたの名前、教えてくれる?」

だって。この子は、私の友達になるひとなんだから。

「私? うん、私の名前はね──」


# # #


ひいおじいちゃんへ


おひさしぶりです。いえ、あんまりひさしぶりでもないけれど、がまんできなかったので、今お手紙を書いています。

思っていたとおり、スクールは大変なところでした。練習はきついし、みんな速いし、気を抜いたらすぐに追いていかれそうです。わたしががんばっているのと同じくらい、もしかしたらそれ以上にみんながんばっているから、追いつけないんじゃないかって思うときもあります。

でも、なんと! わたし、スクールでお友だちができました!

その子はすっごく走るのが速くて、わたしはぜんぜん追いつけません。ひいおじいちゃんと走っても、もしかしたら勝てるんじゃないかって思うくらいです。先生たちもみんな、その子くらい速い子は見たことがないって言っています。

その子は、応援してくれるみんなが大好きなんだそうです。みんなのためにがんばって、みんなのために走るんだそうです。わたしはその子のことを、とってもかっこいいと思います。

その子ととった写真を、この手紙にいっしょに入れておきます。ひいおじいちゃんに見せるって言ったら、とっても喜んで写真に入ってくれました。

次に会うときには、わたしのかっこいい友だちを、ひいおじいちゃんに紹介したいです。


あなたのひ孫より





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