ウタ吸い

ウタ吸い


「んー、久しぶりの快晴!風も軟風!

ウター、ちょっとおいでー」

「キィ?」


甲板で海を眺めているとナミから声をかけられた。

風も優しく、天気もいい。こんな日には……


「今日天気いいし、久しぶりに洗ったげるわ。暫く洗えてなかったしね」

「!」


今日は洗濯日和。そろそろ洗われたいと私も思っていたところだった。

タライと洗濯板を装備しイタズラっぽく笑うナミに捕まり、地獄の水責め拷問(大嘘)の始まりだ。



──────



「うん、しっかり乾いたわね。ほら、綺麗になったわよ」

「キィ!キィ!」


洗濯バサミから下ろしてもらい、鏡で自分の姿を見せてもらう。

見違える様に綺麗になった私がいた。


みんな色々と話しかけてはくれるけど、吊るされている時間はやっぱり退屈で少し嫌い。

でも、干された後のツヤツヤでフワフワになった自分は、何だか可愛くなれた気分になれて好きだった。


「キィー!」

「わっ」


しゃがんで鏡を見せていたナミの胸元に飛びついた。

ナミの豊かな胸が衝撃でぽよんと揺れる。

もし人間に戻れたら、私もこれぐらい柔らかくて大きかったりしたら嬉しいな。


「ふふ、随分ご機嫌じゃない。洗ってあげた甲斐があったわ」

「キィキィ♪」



「…………誰も見てないわよね……」

「?」


何やらナミの目つきが変わった。

徐に私の体が持ち上げられたかと思うと……



「んー……」スゥー



お腹の部分に顔を押し付けられ、吸われた。

突然の出来事に思わず身体が跳ねそうになる。


「……あ、ごめん嫌だった?」

「キィ……?」


イヤだったかどうかを聞いてくる割にはナミは離してくれない。

イヤも何も、今私は何をされてるんだろう。


「うーん、やっぱり洗いたてはいい香りがするわね……」


……どうもニオイを嗅がれていたらしい。

ナミにこんな趣味があったなんて。


「アンタ今みかんみたいないい匂いするわよ。

……そういえば、人形ってニオイは分かるのかしら?」

「……キィ」


ナミ好みの柑橘系のいい香りがするらしい私のニオイは、自分では分からない。

生返事をしながら項垂れるとナミも察してくれたらしかった。


「そっか……じゃ、その分見た目を可愛くしてあげなくちゃね!

ほら行くわよウタ、おめかししてあげる」

「キィ!」



……この日以来、私は洗われる度にナミに吸われるようになった。

顔だったり、背中だったり、後頭部だったり。


その中でもナミのお気に入りはやっぱりお腹だった。

別に嫌ではないけど、何だか妙な気分になる。



「ウタ、今日は私が洗ってあげるわ」


エニエスロビーでの奪還戦から帰って来てからは、ロビンも時々洗ってくれる様になった。

最初は酷い目に遭わされた手が優しく揉んでくれる様になり、何だか心を許してくれたみたいでちょっと嬉しい。


でも、洗われた後にニオイを確かめられることはあっても、ナミみたいに顔を押し付けて吸われる様なことはなかった。

やりたそうな顔をしていた様な気もするけど、理性がストップをかけていたんだろうか。


そんなことで我慢なんてしなくていいのに。

あ、因みにロビンに洗われた後の私はお花のニオイがするらしい。



「おーいウター、風呂入るぞー」


ナミとロビン以外にも、男性陣でも私を洗ってくれる人はいる。

その中でも、意外にもルフィが一番洗ってくれることが多かった。

と言っても、週に一度のお風呂のタイミングでついでに洗われるってだけだけども。


海に出る前は、ルフィも今のナミやロビンと同じ様に汚れた時に洗濯してくれていた。

シャンクスから預けられてすぐはそれはまあ千切れるんじゃないかってぐらい乱暴に洗われてたけど……

何度か繰り返していくうちに、その手つきは普段のルフィからは想像できないくらい優しいものになっていった。


触られてる感覚が分からないのが惜しい。

もし人間に戻れたら、もう一度同じ様に優しく洗って……

……なんて。こればっかりはナミ達に止められちゃうかもなぁ。


……でも、どうしてその優しさを女性陣の洗濯物にも向けてあげられなかったんだろう。

ルフィがナミにお説教(かなりマイルドな表現)されていた時は、あまりの凄惨さに目を覆いたくなった。


その一件で洗濯がトラウマになったのかは分からないけど、それ以降ルフィは私をお風呂で洗う様になった。

なのでルフィに洗われた後の私はせっけんのニオイがするらしい。


きっと洗われた後の私ってすっごくいいニオイなんだろうな。

人間に戻れたらやってみたいことリストに、「自分のニオイを知ってみたい」という項目が増えるのにそう時間はかからなかった。



──────



奇跡もたまには信じてみるものだ。


あの日私は12年分の泣き声をあげて、12年分の涙を流した。

ルフィの胸の中で泣きじゃくった時に感じたニオイは、今でもよく覚えている。


一日中走り回っていたからか、少し汗のニオイが強くて。

でも、12年前にも感じられた、とても安心できるニオイ。


12年前の感覚を覚えているなんてどうなんだと自分でも思わなくもないが、多分自分の中で美化して記憶していたのもあると思う。

それでも記憶の中と同じそれがとても愛おしくて、ルフィにしがみつく力がどんどん強くなってしまったのはここだけの話だ。



そんなドレスローザで買ってもらった、少し大きめのかわいいパーカー。

今日洗濯したばかりのそれは、ずっと嗅いでいたくなる柑橘系のいいニオイがした。


ナミ曰く当時から洗剤は変えていないらしいので、つまり人形だった時の私はこんなニオイだったと言うことだ。

今なら当時のナミの気持ちも分かる気がする。目の前にこんないいニオイのするモフモフがいれば吸いたくもなってしまうかもしれない。


……どうにも私は少しニオイフェチになってしまったらしい。

と言っても、自分や他人のいいニオイを嗅ぐのが好きってだけだけど。


女子部屋で袖をすんすんしながらくつろいでいると……


「あーーーー疲れた……」


やけに疲れた顔をしたナミが倒れ込む様に部屋に入って来た。


「わっ!だ、大丈夫?ナミ……」

「あー平気平気、ちょっと疲れただけだから……」


外の様子とナミの心音にこっそり耳を傾ける。


もし敵襲だったなら私にも聞こえる筈だけど、外のみんなの様子からしてもその心配はなさそう。

一方のナミの心音はいつもよりほんの少し小さかった。

特に乱れているとかではなかったので、どうも本当に疲れているだけらしい。


「お、お疲れ様〜……」

「労ってくれるのはアンタとロビンとサンジ君だけよ……なんでこうウチの男どもはアホばっかりなのかしら」


今日1日でどっと疲れたと言うよりかは、普段からの蓄積が溢れそうになってる感じ。

一味の中でもサンジくんやフランキーと並んで特に負担が大きそうなナミなら無理もない。


「ちょっと私もう今日休むわ。一晩寝れば多分大丈夫だから……」


何かしてあげられないかな……


……あ、そうだ。


「ねえナミ」

「?」



「はい」


ベッドの上で両手を広げて『おいで』のポーズ。

一方のナミは状況がよく分からずきょとんとしていた。


「……? 何してるの?」

「人形だった時はよくやってたでしょ。久しぶりにさせてあげる」

「人形だった時……はっ」


そこまで言ってナミは思い出したらしい。

それと同時に顔が少し赤くなる。


「い、いや、あれはアンタが人形だったからやってただけで……今同じことするとその、絵面が…」

「いいからいいから、誰も見てないし。

お風呂だってさっき入ったし、服も今日洗濯したばっかりだから、今の私いいニオイするよ?」

「そ、そういう問題じゃ……うー……」


結局ナミの理性が敗北する形であっさりと問答は終わった。

おずおずと顔を近づけてくるナミに狙いを定めて……


「えい!」

「わぷっ」


お腹の辺りにナミの頭を抱き寄せた。

むにゅ、と柔肌同士が触れ合う感触がする。


「どう?」

「……あたしなかなか大胆なことしてたのね」


それだけ言って、ナミは何も言わなくなった。

私もしばらく何も言わずにそうしていた。


もぞもぞとナミの頭が少し動くだけでくすぐったい。

それと同時に当時は感じることができなかった熱や吐息も今は感じることができる。


……何だか変な気分になってきた。


あれ、これ結構恥ずかしいな?


「…………」

「…………」


だけど私からやると言った以上、こっちから突き放すのもちょっと申し訳ない。

不思議な快感に身が捩れそうになるのを何とか堪えながら大人しく吸われていると……


「……ありがと、ウタ」

「!」


満足したらしいナミが顔を上げた。

その顔はほんのり紅くなっていた。


「あ、ナミ顔紅くなってる〜」

「あら、ウタだって負けてないわよ?」

「え!?」


自分の顔も紅くなっていたことには気が付かなかった。

指摘されたことでさらに熱くなった様な気がする。


「恥ずかしいならやめときゃいいのに」

「そ、そんなことないよ!ナミだって……」


「……また、たまにお願いしてもいいかしら?」

「え?うん、いいよ。いつでも綺麗にしとくからね」

「だからそういう意味じゃ……ま、いいか。

それじゃ今度こそ休むわ、おやすみー」

「おやすみ。ゆっくり休んでね」


やがて安らかな寝息が聞こえ始める。

早くなっていた心音も落ち着きを取り戻しつつあった。


少し早めの航海士の就寝を見届けた後。

熱った体を冷やすために外に出ようとして……




「……あ」



そこで初めて、女子部屋のドアが半開きになっていたことに気がついた。


そして私がそれに気がつくと同時に、ドアの向こうで不思議そうな顔をしていたルフィと目があってしまった。


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