ウタカタララバイfeat.アド

ウタカタララバイfeat.アド



 実の姉、『歌姫』ウタに変装してルフィを刺し、周囲を巻き込みながら逃走と破壊を繰り返す『蜃気楼』の異名を持つ賞金稼ぎ、アド。

 アドの追跡とルフィの看病に別れた麦わらの一味は、道中で『ウタウタの実』を捜索する海兵たしぎと出会い、なし崩し的に彼女と共にアドを追う事となった。


 一味とたしぎにより追い込まれたアドは、島の中でも大きなレストランの中に逃げ込んだ。

「逃がすな!!」

 ゾロの号令と共にレストランに一斉になだれ込む一味とたしぎ。中は人で溢れかえっていた。

 人混みを避けながらアドを探す彼らだったが、案外早く見つかった。机や椅子を倒しながら、レストランの奥まで逃げている彼女の姿が見えたのだ。

「待ちやがれ!!」

 ゾロも負けじと周囲の椅子を倒し、民間人を押し除けながら彼女を追う。1人遅れているのは、食料を大事にする精神を持った料理人のサンジであった。

 自身を追う者達の存在に気付いたアドは走る速度を早める。

 しかし、先手を打ち足の速いブルックが彼女の逃げ道を塞ぐ様に動いていた。遅れながらも、他のメンツも彼女の動ける範囲を狭める様に動く。結果、アドはレストランの奥にある演奏用のステージに飛び乗って逃げるしかなかった。

 何があったのかと、レストランに来ていた客やスタッフらの野次馬がざわつき、ステージの方に注目する。だが、ターゲットを追い込んだ彼らにとってはざわつきも視線も関係なかった。

 サンジがアドに対して語りかける。

「レディを追い込むのは性に合わねえ…そろそろ観念してもらおうか」

 ゾロ、サンジ、ロビン、ブルック、ジンベエ、たしぎがアドを取り囲む。もう逃げられないと悟ったのか、アドは持っていたカバンを足元に取り落とした。

「しつっ……こい…」

 息を切らせながら忌々しげに呟くアドに対し、視線を外す事なくゾロが答える。

「当たり前だろうが。こちとらおれ達の船長に傷を付けられてんだぞ…その代償は払ってもらわねえとな」

「…おれ達の船長、ね…そんな言葉、ゾロの口からは聞きたくなかったな…」

 海賊になる以前のゾロを知るアドは、吐き捨てる様に呟く。

「…もう、終わりにしましょう。海賊への復讐とは言え、周囲の犠牲を厭わない貴女のやり方を見過ごす訳にはいきません。大人しく投降して下さい」

 勤めて穏やかな口調で投降を促すたしぎの言葉を聞いたアドは、これまでの冷静な様子が嘘の様に動揺し始めた。

「いや…いや…こんな所で終わるなんて…」

 乱暴に頭を掻き毟る。綺麗に整えられていた蒼と白のロングヘアがぐしゃぐしゃに崩れていく。

「まだ…まだ終われない…」

 追い詰められた様に一歩後ずさるアド。

「助けて……お姉ちゃん…!」

 次の瞬間、アドが足元にあった自分のカバンを思い切り蹴り上げた。蓋が空いていた為、中身が宙に散乱する。

 その中から、一つの大きな玉の様なものがアドの頭上に落ちて来た。

「何だありゃ…」

 落ちて来るものを訝しげに見るサンジ達。『それ』は全体がピンク色で葉が付いた、まるで『果実』の様なものであった。

「…まさか!」

 それを認識したたしぎの顔が一気に青ざめる。

「だめ!!!その実を食べさせては…」

 慌てて叫んだが遅かった。アドは自分の口元に落ちて来た『果実』を一口齧り、咀嚼する。齧られたその『果実』は、役目を果たしたと言わんばかりに彼女の足元に転がった。

「あれって…悪魔の実ですか!?」

 『果実』の正体に気付いたブルックが、無い表情で驚愕の表情を浮かべる。

「あの実は…?」

「ウタウタの実です…!"歌姫"ウタの死後、この世に再度出現している事は分かっていましたが…まさかこんなに早く彼女が手にしていたとは…!」

 恐る恐る尋ねるロビンに対し、たしぎが苦々しく答える。

「と、言う事は…彼女はたった今、あの"歌姫"と同じ能力を手に入れたと言う事じゃな…!」

 ジンベエの言葉を聞くまでもなく、追い詰めた筈が一転して危険な状況になった事を、その場の全員が理解した。真っ先に動いたのはロビンだった。

「二輪咲き(ドスフルール)!」

 ハナハナの実の力で手を咲かせ、すぐさまアドの口を塞ごうとするロビン。だが。


ザグッ!!


 アドは、袖口に隠し持っていたらしいナイフを自分の口ごと深々とロビンの手に突き刺していた。

「ぐっ…!!」

「ロビンちゃん!!」

 感覚もフィードバックされるハナハナの実の力が仇となり、手を刺された痛みに悶えるロビン。サンジがそんな彼女を心配し、駆け寄った。

「安心して…あんた達は『夢』には送らないから…」

 ロビンの手を刺した時についたらしい、アドの口の横の傷から血が垂れる。それを俯いたまま舌で舐めとりながら彼女は呟いた。

「…お姉ちゃん……」

 顔を上げたアドは、ゾロ達を凄まじい形相で睨み、叫ぶ。

「私をいじめるこのクズ共を…皆殺しにして!!!」

 アドは息を吸い『歌い』始めた。


【♪ひとりぼっちには飽き飽きなの 繋がっていたいの…】

 実姉の曲の一つ、『ウタカタララバイ』をアドが歌い出した瞬間、野次馬達が一斉に倒れ伏した。倒れていないのは、事前の宣言通り麦わらの一味とたしぎだけ。

【♪純真無垢な想いのまま Loud out…】

 アドが次の節を歌うと同時に、まるでゾンビの様に野次馬達が起き上がって来た。それが彼女が先程口にした『ウタウタの実』の力である事は、誰が見ても明らかであった。

「来るぞ!!構えろ!!」

 ゾロが叫ぶと同時に、操られた野次馬達が一斉に飛びかかって来た。

【♪Listen up baby 消えない染みのようなハピネス 君の耳の奥へホーミング 逃げちゃダメよ浴びて】

 技を放とうと構えるジンベエだったが、相手は海賊にも海軍にも何の関係もない堅気の一般人。義理堅い彼は技を放つ事に躊躇してしまう。それが大きな隙となり、呆気なく取り囲まれてしまった。

【♪他の追随許さない ウタの綴るサプライズ】

 ブルック、サンジらも同様の躊躇が仇となり、普段の実力を発揮出来ないままあっさりと民衆達に取り囲まれてしまう。

【♪リアルなんて要らないよね?】

 アドが操る民衆を拘束しようと、手の痛みを堪えつつハナハナの力を再び使用するロビン。レストランのあちこちから手が生え、民衆の体を次々と掴んでいく。

【♪後で気付いたってもう遅い 入れてあげないんだから】

 だが、刺された痛みで注意力が散漫になり、『目』を咲かせていなかったロビンの死角から忍び寄った野次馬の誰かが、彼女の手に錠をかけた。その途端、咲かせていた『手』が全て、一瞬にして消滅した。

「なっ…」

 驚くロビンは、自分の手にかけられた錠を見る。それは能力者の天敵、海楼石の錠であった。知らぬ間にアドが持たせたのだ。

【♪手間取らせないで】

 いつの間にか近くに来ていたアドが、肩越しからロビンに対して囁く様に歌う。

 一瞬気を取られたロビンは、アドが隠し持っていた銃の持ち手の一撃を防ぐ事が出来なかった。

【♪Be my good good good!! boys & girls…】

 側頭部に打撃を受けて昏倒するロビン。

「てめえ!!!」

 それを見たゾロは逆上してアドに飛びかかった。アドは楽しそうな笑みを浮かべながら、ステージの方まで逃げ込んだ。ゾロが刀を振りかざす。

【♪誤魔化して強がらないでもう】

 武装色の覇気を纏わせたライフル銃の銃身でゾロの刀を受け止めるアド。二名は暫く、棍棒の様に振るう銃と三本の刀で殺陣を演じた。

【♪ほら早くこっちおいで】

 手段を厭わず、後ろから斬りかかるたしぎに対して、アドは腰のベルトから引き抜いたピストルに覇気を纏わせ、これも受け止めた。

 アドに集中し過ぎた2人は、駆け寄って来る野次馬への反応が一瞬遅れた。

【♪全てが楽しいこのステージ上 一緒に歌おうよ…】

 飛びかかる野次馬に拘束されるゾロとたしぎ。そこを待っていたと言わんばかりに、アドが笑みを浮かべながら覇気を込めた銃弾を撃ち込む。

 踊りながら撃った為、当然2人には当たらなかった。だが、拘束する野次馬の背中には見事に命中していた。撃たれたことでバランスを崩した野次馬に巻き込まれ、ゾロとたしぎはステージ上から落下していった。


【♪He hey!! I wanna make your day, Do my thing 堂々と Hey!! ねえ教えて 何がいけないの?】

 敵であるゾロ達がいる事すらも忘れたかの様にステージ上で踊り狂うアド。

【♪この場はユートピア だって望み通りでしょ?】

 皮肉にも、その姿は歌う事が何よりも好きな彼女の姉"歌姫"ウタそっくりであった。

【♪突発的な泡沫なんて言わせない】

 異なる点は髪の色と、敵を傷付けるのが楽しくて堪らないと言わんばかりの、狂った様な笑顔くらいだ。

【♪慈悲深いがゆえ灼たか もう止まれない】

 実際、アドはこの状況を心から楽しんでいた。

 父達に置いていかれてから生きる為に血に塗れ生きてきた息の詰まりそうな日々。姉の復讐を始めてからも昔馴染みに追われて逃げ回らなければいけなかった状況。

【♪ないものねだりじゃないこの願い】

 そんな閉塞的な状況を打破する為に縋った姉と同じ力。鬱陶しかった一般人が全て自分の思い通りになり、自分を追って来る忌々しい連中もこの力の前に簡単に捩じ伏せる事が出来る。アドは、この万能感を心から楽しんでいた。

 だが足りない。まだ奴らは追って来る。

 次の処理を始めなければ。

 そう考えたアドは、ステージから降りて、野次馬を伴って駆け出した。

 倒れた野次馬に乗り掛かられていたゾロとたしぎは、何とか振り解いて遅れて彼女を追跡した。


〜〜


【♪この時代は悲鳴を奏で 救いを求めていたの】

 厨房に操っている野次馬と共に逃げ込んだアドの姿を見つけたゾロとたしぎは、厨房の中に駆け込む。だが、そこに既にアドの姿は無かった。

【♪誰も気付いてあげられなかったから…】

 ステージのある大広間に戻っていたアドは野次馬達に大量の袋を抱えさせていた。

【♪わたしが!やらなきゃ!だから!邪魔しないで お願い...】

 袋を持たせた野次馬を蹴り、発砲し、彼らを倒れさせて行く。その度に袋の中身がぶち撒けられる。

【♪もう戻れないの だから永遠に一緒に歌おうよ】

 袋の中身は小麦粉であった。ぶち撒けられた小麦粉は、まるで煙幕の様に、綺麗に清掃された部屋に立ち込めていく。

【♪直に脳を揺らすベース!鼓膜ぶち破るドラム!心の臓撫でるブラス!ピアノ!マカフェリ!】

 アドは踊りながら銃を構えて、シャンデリアに向けて数回発砲する。

【♪五月雨な譜割りで Shout out! Doo wop wop waaah!】

 戻ってきたゾロとたしぎの攻撃を軽やかに避けながら、アドは発砲を繰り返す。

 遂に天井からぶら下がっていたシャンデリアの糸に銃が命中し、糸が切れて落ちて来る。

【♪欺きや洗脳 お呼びじゃない】

 野次馬すらも巻き込み、シャンデリアは拘束されたサンジ達目がけて落下した。

【♪ただ信じて願い歌うわたしから耳を離さないで】

 それを見たアドは、さも愉快そうに笑いながら出口に向けて駆け出した。

 シャンデリアに付けられていた蝋燭の火がテーブルクロスに燃え移る。

 アドを追おうとしたゾロだったが、それを見た瞬間、アドが何をしようとしていたのか、その意図を全て理解し、叫んだ。

「まずい!!逃げ…」

 だが、もう遅かった。

【♪それだけでいい Hear my true voice…】

 歌い終わると同時に、レストランのドアを閉めてゆっくりと歩いて出るアド。


 次の瞬間、彼女の背後のレストランが轟音と共に爆炎に包まれた。


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