ウタカタララバイ

ウタカタララバイ


観客たちの先頭に立ったウタさんは、毅然と顔を上げて大きく息を吸い込みました。能力で生み出された楽団の奏でる演奏が合わさり、彼女の歌が素晴らしい表現力で空気を揺らしています。

世界を包むような音楽に酔いしれて、彼女に縋り祈る人々はただぼうっとその姿を眺めるだけ。その気持ち、分かりますとも。

「ああ、お嬢さん。あなた本当に音楽が、歌が好きなのですね」

「あなたが"ソウルキング"?…ほんとにガイコツなんだ」

「おや、その名をご存知とは!これはなんとも光栄の至り!」

一心に歌い続けているはずのウタさんの話す声が、木々の隙間を這いまわる不思議な電伝虫から聞こえてきました。これもこの世界が彼女の、いえ、”彼女たち”の夢であるが故なのでしょうか。

「お嬢さん、歌とは良いものです。何より人の心を繋ぎ、継いでいくものですから」

それはよすがとして、願いとして、約束として人々の間に残り続ける。

そうでなければ一体何者が、孤独に囚われ霧の中を彷徨う日々に耐え得るでしょう。

ですが夢という、心に触れる領域の中でこうして彼女の紡ぐ音楽を耳にして、私にもいくつか理解できたことがあります。

「そうだよ、だから…」

「だからこそ…呪いに変えてはいけない。呪いは、たやすく人を支配してしまう」

「呪い?…違う!私は誰かを支配したいわけじゃない!!」

そうでしょうとも。ウタさんは、歌の力を心の底から信じておられる。

かつて栄えた音楽の都に生きた人々と、きっと同じ想いで。

それが苦しいほど伝わるからこそ、私たちはあなたを止めるのです。

「………さて、こう見えて私も音楽家の端くれ」

コードも掴めた。即興のセッションですが、弾きこなしてみせましょう。

今宵の戦いは、音楽を愛する心のぶつかり合い。

ならばこの私も剣でなく、ギターを構えて挑みます。

あなたの、そして人々の知る一人の音楽家として。

「不肖”ソウルキング”、一曲お相手…仕りましょう」


「アレの本質は歌…立ち向かうつもりなら同じ土俵に立つしかねえ」

“狩りを全うするために”。そんな古い言葉を口にした彼は、ルフィさんたちの警戒をまったく無視して話を進めていきました。暗い医療の街に属する狩人たちは夢を渡ると聞いたことがありますが、私たちに助力する理由もそこにあるのでしょうか。

「能力者はほとんど無敵だが、音を解析できりゃあ攻撃をやり過ごせるだろう。何人かで注意を引きつけ、タイミングを見て…」

「てめェなに勝手に話進めてやがる!そもそも誰がお前なんかと…‼︎」

「…なら一つ良いことを教えてやる。エレジアは12年前の"ある夜"に…"国民全員"が命を落として滅亡してるのさ」

「フザケてんのかクソ野郎。なら街に居た住民はなんだってんだ?このライブの1年以上前からエレジアの様子は映像電伝虫で配信されてたろうが…幽霊が映り込んでたとでも言うつもりか?」

「待て、黒足屋…これはおそらく、”患者”の命に関わる話だ」

「患者?」

「ルフィ、ウタがエレジアに残ったのはお前が実を食った…12年前だったな?」

「んー……そうだ!立派な歌手になるためにってシャンクスが…言って……」

珍しく詰まったルフィさんの言葉を、チョッパーさんが引き継ぎました。

「でもエレジアは滅んでて、ウタは…ロー!!ここってまさか…"赤子の夢"か?」

「……今のところ、そうとしか考えられねェ」

”赤子"というのは、狩人さんが言っていた悪夢の赤子と同じでしょうか。医学に精通されているお二人には共通の知識があるようですが、はて。

「まずいぞみんな…!!赤子の夢は永い時間をかけて、捕らえた人たちの心を歪めてしまうんだ…!!!ウタは自分の能力の"悪魔"に、12年前からずっと囚われてる!!!!」

「おっと…"ウチ"以外にも詳しい医者が居るもんだな……」

「お前もヤーナムの出身なのか!?おれは昔ローからいろいろ教えてもらって、それで知ってるんだ!」

帽子のつばを引き下ろしたローさんを、ゾロさんが怪訝な顔で振り返りました。私だけでなく、チョッパーさん以外も彼がヤーナムの出身であることをご存知なかったのですね。

シャボンディの前にアラバスタでもご一緒されていたと聞きますが、特にゾロさんは彼をあまり信用されていないご様子。何か思う所があったのでしょうか。

「フフ…ここで指を咥えて待ってるだけで、”ウタ”どころか外の世界ごとじきに全て悪夢に沈む。政府の予測じゃ”初撃”で巻き込まれんのは…世界人口のおよそ7割だ」

どうする?

狩人さんは口元に笑みの形を作ったまま、さらりと言ってのけました。

ウタさんの人気と能力を鑑みれば、7割でも希望的観測の内に入るでしょう。

新世界に居た私たちすら取り込まれている以上、能力の発動も行使も自動化されていると考えられますし、想像以上にマズい状況ですね。

「7割!?それに初撃って…そっか、ウタはずっと夢に居て能力も解除されないから、どんどん巻き込まれる人が増えていくんだわ!!」

「それがマジならスーパーやべェが…」

「おいおい!!チョッパーとローが言うなら本当に能力の病気みたいなモンに巻き込まれてんだろうが、だとしてもよりによってコイツと組むのかよ!?」

ううむ、どうしましょう。

生きた人間の体はそれほど丈夫にはできていません。事の大きさを考えれば慎重に行きたいところですが、私たちの行動が遅れれば世界中の人々と、それに皆さんの体も死体に変わってしまいそうです。

「とにかくよ!!その"悪魔"ってのをブッ飛ばせばいいんだな!!!」

暗い空気を散らしたのはやはり、我らが船長ルフィさんの一言でした。

「おれはウタを助けるぞ」

皆さんの顔つきが変わったのが分かります。もちろん、私も含めて。

「ロー」

「ああ」

名前を呼ばれたローさんは狩人さんに歩み寄り、今度は帽子のつばを引き上げて言いました。

「……今回の"患者"を救う仕事なら、おれにも蹴る理由はねえ」

「フッフッフッ‼︎ならこれが七武海としての初仕事だな。仲良くやろうぜ?新入り」


ウタさんの能力で武装した観客の皆さんを、ナミさん、ウソップさん、ロビンさんにお任せし、私とルフィさんでウタさんに立ち向かいます。

「いい音色…!あなたもエレジアの楽団に入らない?ソウルキング!!!」

「折角のお誘いですが…私、"麦わらの一味"の音楽家ですので!!」

響く歌に合わせ踊るように襲い来る夢の騎士たちをシャークギターの音色で消し去りながら、私も声を張り上げました。

世界の存亡を賭けた戦いであるはずなのに、なんと心躍るひと時でしょう。

まるで覚悟に満ちた戦士のような表情であったウタさんのお顔が、音楽の喜びにほころぶのが見えました。

「やるな!ウタ!!」

「ルフィもちょっとは強くなったね!!」

彼女につられてルフィさんにも笑顔が戻っています。きっとかつてのお二人の勝負もそれは楽しいものだったのでしょうね。

ねえ、ルフィさん、私も彼女が大好きですよ。ウタさんが音楽を愛するのとおんなじです。

だから、だからこそ。

「ゴムゴムのォ…!!」

「ムダだよ!!」

「銃乱打!!!!」

あちこちに殴り飛ばされた騎士たちから観客を庇うために、ウタさんが広く障壁を展開しました。ここからはギターソロのお時間です。

「ヨホホ!!これは腕が鳴りますね!」

障壁の中から、わあっと歓声が響いてきました。

この一体感こそ、この感覚を奮わす波こそが私たちの愛するもの。

「音楽とは!!心を乗せる意志の船!!今この瞬間私たちは、同じ船に乗る仲間です!!!」

かき鳴らすギターの音色と人々の歓声に揺れた障壁のてっぺんに、少しだけ穴が開くのが見えました。

歌い終わらぬ歌は無く、それゆえ人は歌い継ぐ。

こんな最高のライブを、夢の中に沈めてしまうなんて寂しいじゃあないですか。

「さあ、フィナーレです!!!!」

瞬きの間に障壁の上へと羽根飾りをたなびかせた影が踊り出て、おや、私瞼もないんでしたね。

「………!?…‥‥!!!!」

降るイトと小さな白い影に不自然に動きを止めたウタさんは、胸の前に青白い花を一輪握っていました。懸命に口を動かし、しかしその歌声が響くことはありません。

「どうして…」

周囲に残った電伝虫からまた、細い声が落ちていきます。

届かぬ声でなおも歌い続けようとするウタさんと、言葉を伝える電伝虫。ウタさんの心はどこにあるのでしょう?

「なんで邪魔するの…?みんな、この世界では平和で平等で…幸せ、で…」

「嘘だ!!!」

「噓じゃない!!!」

「だったら…シャンクスも!!お前も!!もっと笑えてたはずだろうが!!!!」

ばらばらと崩れていく障壁を踏み越えたルフィさんの叫びに、ウタさんは目を見開き未だ歌を紡がんとする口をわななかせました。

「シャンクスは絶対、お前を助けに来るぞ」

「そ、んなこと、わたしだって…」

いつも気丈に人々を励ました声が震え、優しい菫色の瞳から涙がどんどん溢れてこぼれ落ちていきます。

新時代の救世主は迷子の女の子の顔で、口を開くことなく叫び返しました。

「だって!じゃあどうすれば良かったの!?どうすればいいの!?」

音を絶つ壁を彼女の背から広がった黒い鴉羽が突き破り、凪いでいた空気が再び振動を始めています。もしやこれが。

「もう、もうみんな外じゃ死んじゃってるんだよ!!私のせいで!!!」

揺らぐ翼の向こうから届くのは、姿の見えない赤子の泣き声。

やはり"彼女たち"は、歌に呪われている。

「だったらもう、みんな、みんな……」

「ウタ!!!!」

「夢の中で幸せに生きればいい!!永遠に!!!!」

次の瞬間、その口から迸った音は、およそ人の語る言葉ではありませんでした。

「なんだ!!?」

「観客の姿が…!!これが"眷属"なの!?」

「…とうとう始まったのね」

ウソップさんたちの方では人々の姿がぐにゃりと歪み、電伝虫のようなぬめる皮膚に覆われた生き物へと変態を始めています。

唯、海の凪ぐ未来を乞う祈りの歌の、なんと、なんと哀しく寂しいことでしょう。

これほどの願いを呪いに変えてしまったのは、優しげな存在を悪魔に変えてしまったのは、決してウタさんの想いではなかったはず。

「………人ならぬ声…ありゃあもう眷属の類だな」

「けんぞ…?何言ってんだお前!!あいつはウタだ!!!」

翼を避けて隣に降り立った狩人さんに、ルフィさんがすかさず返しました。

「フフ…そうかもな…まァせいぜい足掻いてみろ」

狩人さん、なんだかちょっと嬉しそうですね。

「やり方は……覚えているな?」

「おう!!!」

磔にされたように広げられた両腕、ピエロメイクが施された頭のついた黒いお人形。

顕現した"魔王"に描かれた笑顔は、私にはどうしてか泣きそうに見えました。





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