ウタカタはじまり
見聞色の覇気は、共鳴することがある。
長い間四皇であるビッグマムの元で戦ってきたカタクリには、そんな経験も何度かしてきた。しかしそれは血の繋がった弟妹と起こったものがほとんどである。僅かな例外といえば、八十を超える兄弟でたった二人しかいない兄と姉とのものだ。
だから、こんなことは初めてだった。
ぐわり、と闇に引き摺り込まれるような感覚も、心臓を塗りつぶすようなダイレクトな孤独と恐怖も、ケタケタと嗤う悪夢のような囁きも。
不味い、と感じた時にはすでに遅く、己の鍛えすぎた見聞色の覇気が向けられた明瞭な悪意を捉えて離さない。久しく感じることのなかった捕食対象としての恐怖を思い起こした、その瞬間のことだった。
『こらっ!』
刹那、闇が晴れた。
否、それは幻覚だったのかもしれない。しかし確かに、カタクリの意識は悪夢から解放されて現実へと戻ってきた。時間にしてコンマ数秒、周囲の兵士や部下は誰も気づいてはいないだろう。気付かれていればもっと騒ぎになっている。
カタクリは誰にも気付かれないように一度深呼吸をして、先程の悪夢から解放してくれた声の主を思い起こす。
誰かに助けられる、など最強であるカタクリにはしばらく経験がない。その声の持ち主である女性を思い起こそうとして、なぜ姿まで想像しようとしたのか、自分の思考の不明瞭さに気が付いた。
カタクリはそれなりに聡い。弟妹の恋愛模様もそれなりに見届けてきた自負もある。故に、カタクリは自分の心に芽生えた感情に気がついて大いに狼狽した。
シャーロット・カタクリは、名前も姿も知らぬ者に…………恋をしてしまったのだと。