ウオッカ×陰キャオタク♀
「……ね、ねぇ。やっぱり、わたしはいらないんじゃ……」
「おいおい、勝利者インタビューにトレーナーがいなくてどうするんだよ……」
やれやれ、といった仕草でウオッカが肩をすくめる。念願の重賞初勝利だというのに、わたしの心がほんの少しだけ重たいのは、このイベントのせいだ。そもそもファンが求めてるのはウマ娘のインタビューで、トレーナーの話なんてどうでもいいんじゃないの? ほんとに私の話なんかに需要あるの?
……だなんて、こんなことを考えるのは色んな方面に失礼だと思うんだけど。ぶっちゃけると恨み言というか、ただの愚痴って言うか。一応、トレーナー養成校でこういう教育は多少受けたけど、理屈じゃなく緊張する。これまでの人生で、人前で話す経験なんてほとんどなかった。というか避けていたから。
「ったく、まだ緊張してるのか?」
「だ、だって……」
だめだ、教え子の方がよほどしっかりしてる。ちょっと手も震えてる。インタビューまでもう少し。早く落ち着かないといけないのはわかってるけど、考えれば考えるほど緊張する。
「……トレーナー。ちょっと手、出してくれ」
「う、うん……?」
小さくため息を吐いたウオッカが、わたしに呼びかけた。言われるがまま左手を出すと、サッと手首を握る。そのまま手のひらを翻したと思ったら、指先でわたしの手のひらをなぞり始めた。
「……!? えっ!? うっ、ウオッ、ウオッカ!? え!?」
「ハハハ、大きい声出せるじゃねーか」
「なっ、何っ!? 何してるの!?」
あまりのことにパニックになって、普段のわたしとは考えられない大きな声が出てしまう。ウオッカは笑いながら、お構いなしに指先を滑らせる。わたしの手のひらで。細い指先がくすぐったい。
「緊張した時はこうすると落ち着くんだろ? 手のひらに人って漢字を書いて……あ、あれ?書いてどうするんだっけ?」
すらすらと指を走らせた後、ぴたりと動きを止めて困ったようにわたしの顔を見る。さっきまで自信満々でわたしを引っぱってくれていたのに、急にブレーキをかける彼女がなんだか愛らしい。
「えっと……漢字を書いて、飲み込むんだけど……」
「飲み込む……?え、どういうことだ……?」
「そこはポーズって言うか……ほら、こういう感じで」
「お、おぅ」
……なんだか納得いっていないみたいだけど、とりあえずは一通りの儀式を済ませる。少しだけ、手の震えが収まった気がした。
「ちょっとは落ち着いたか?」
「う、うん……ありがと、ウオッカ」
「トレーナーが緊張してると、俺まで緊張しちゃうからさ。頼むぜ、相棒」
「……え」
今、何て呼ばれたんだろう。相棒?こんな私が?
……確かに、トレーナーとウマ娘ってそういう関係で表すのが近いけど。でも、ウオッカがわたしのことを相棒って?気を遣ってそう言ってくれてるだけ?だって、ウオッカが……わたしがウオッカの相棒、かぁ。
「ふっ……んふふっ」
気づいたら気持ちの悪い笑いが漏れちゃってる。でも、わたしの手の震えはすっかり収まってた。ちゃんと笑えてたらいいな。
「ほら、行こうぜ!」
またわたしの手を取ったウオッカが駆け出す。心の重りは、いつの間にかなくなってた。