ウォロロンと爺ちゃん

ウォロロンと爺ちゃん


 

 "火拳のエース"の公開処刑に端を発する海軍対白ひげ海賊団の大規模戦争へ、突如として乱入した"百獣のカイドウ"。……強敵と死闘を求めるその気性故に、最悪の事態ではあれど乱入そのものは想像出来ないものでは無かった。恐らくはそれを防ぐ為赤髪海賊団が動いてはいたが、空という領域を己がものとする存在を抑えるには足りなかったのだろう。

 死闘を求め飛来したのであれば、どちらの味方ともなり得ない。より地獄となる三つ巴の激戦を予見し、海軍そして白ひげ双方が緊張を高め向かい合っていた……の、だが。


「ウォロロン!!」

「ウォロロン!?なんでんなトコに……危ねェから帰れ!!」

「ウォロロロ!!久し振りじゃねェか、エース!ルフィ!」

「「「「「は????」」」」」

 緊迫した空気をぶち壊したのは、渦中に在った2人の兄弟だった。

 とんでもなく珍妙で間抜けな呼び名が向けられているのは、周囲の勘違いや幻聴で無ければ空から戦場を睥睨している龍――カイドウだ。

 隠しもしない喜色を溢れさせて発せられた声に込められた親愛。ましてやその身を案じ、戦場から遠ざけようとさえする言葉をカイドウに投げる者が居る等と、悪夢や幻覚でさえ想像出来た者は殆ど居ないだろう。――それ程の珍事とある種の侮辱ともなりかねない言葉に、酷く楽しげに応えるカイドウの姿を以て、戦場は奇妙な沈黙と共に硬直する事になる。

 味方か、敵か。

 海軍にしてみれば例えどの立場でも敵である事に変わりは無い。白ひげとカイドウが敵対するのであれば、それに乗じれば良し。だが、万が一にでも白ひげとカイドウが共同戦線を結ぶというのであれば、事態は極めて悪化する。

 が、或いはエースを通じて味方ともなり得る筈の白ひげ海賊団が、船長の白ひげ以下総員で以て啞然とした表情で渦中の3人を凝視している為に事態が非常にややこしくなっているのだ。――一体全体何がどうなっているのかという疑問と混乱は、その場にいる者たち九分九厘に共通する意識だった。


 

 そして。そんな状況の中当事者たる3人とは別枠で、状況を理解した為に頭を抱える老兵が存在していた。



 老兵……ガープが思い起こしていたのは、凡そ十年前のとある一日についてだった。

 久方振りに訪れたコルボ山の一角で、孫達と共に日光浴に興じていた巨大な青い龍。……海軍本部の将校として違える筈の無いその存在は、どこからどう見ても〝百獣のカイドウ〟そのもの。お互いに硬直し見合った後に殴り合いとなったのは、互いの立場を考えれば当然の事だろう。

『爺ちゃん!?』

『ジジイ! ウォロロンを虐めるな!!』

『ウォロロンも待てって! 山が壊れる!!』

 殆ど反射で殴りかかり反撃され、山を多少抉り飛ばし……下手をすればそのまま島を削りかねない争いを止めたのは、守り取り返さねばと思っていたガープの孫達自身だった。


『ウォロロンはおれ達のペットだ!!』

『????』

 初めは姿を真似る能力者を疑い、本人と認識してからは孫達に何をする気かと激憤し、真実を知ってからはついに気でも狂ったかと正気を疑った。

 数多存在する海賊の中でも単騎戦力としてならば最強格に位置する存在が、血筋こそ重くとも未だ未熟な子供の下で"ペット"としての扱いを享受している……という現実に、意識が遠のきかけた事を責められはしないだろう。

 それでも譲らぬ孫達と、何より新世界で見かける姿とはあまりにかけ離れたカイドウに、今更戦いを再開する気にもなれず……1つの約定を交わしてその場を立ち去った。――ペットの〝ウォロロン〟としての接触は許すが、万一孫達を傷付けたり〝百獣のカイドウ〟としての接触や勧誘や拉致等をすれば、例えこの命に代えても撃滅する。そしてこの山以外で遭遇した際には容赦はしない、という密約。

 所詮は悪名高き海賊の気紛れ。ある程度の制限をかければ鬱陶しがって離れていくものだと、そう考えていたのだが。



「「ウォロロン!!」」

「ウォロロロロ!! 随分手酷くやられたようじゃねェか!」

 3人…今では2人だけに許された名を呼ぶ声に応えて、その呼び名の由来となった特有の笑声が空に響く。

 よりにもよって海軍本部上空に悠然と姿を現した巨影。並み居る将官や白ひげ達さえおまけとばかりに軽く受け流し、呼びかけ応じるのはたった2人の兄弟。楽しげに、親しげに言葉を交わし合うその姿は、その素性と立場と何よりこの状況を考慮しなければ微笑ましくさえ見えるだろう。――本来、そんなほのぼのした光景が許される状況では無い筈なのだが……あまりに強い衝撃というのは言葉も動きも奪うのだと、圧倒的説得力で示されていた。

(……まさか、本当に"ペット"をやり続けるとはのぅ)

 知らず遠い目になりながら、それでも不思議な感慨をもってその光景を眺めやる。あの日、すぐに断ち切られると踏んだその繋がりは、今に至る約十年もの間、薄れる事さえなく続いていたようだった。

 立場も状況も関係なくその危機に駆け付ける位に、かの生物は珍妙極まるあの状況を楽しみ、そして大切に思っていたらしい。……そして、"ペット"の登場に全身で喜びを表している孫達もまた、良い時間を過ごせたのだろうとも。


 それは、認める。―――が。


「…………――気に入らんわい」

 堂々と広場へ降下した龍がその頭部を下げ、飛び乗るどころかもはや走る力さえ尽きかけた兄弟を迎え入れる。そばに居合わせてしまったジンベエを引き摺り、手慣れた様子で角の間に収まる2人を眺めていたガープの手元、瓦礫がばきりと粉になった。


「………ガープ?」

 不意に嫌な予感を覚えたセンゴクが、視線と声を向ける。が、みしみしと拳に力を込めていく当人を止めるには不足だった。


 ああ確かに、悪い時間では無かったのだろう。気を許せる相手が少なく、幼くして兄弟の1人を失ったエースとルフィにとって、気を紛らわせられる存在が傍にいた事は幾らかでも救いとなっただろう。

 今この時においても、海軍の将校としてで無く一介の祖父としてはその存在を有り難く思わなくもないのは事実なのだ。……此処からの脱出において、立場故に手を出せないガープと異なり、四皇の一角による介入となれば誰もが仕方なしと断じるだろう。足として船を必要とする白ひげと異なり、空を翔けるその身は世界最高の移動手段ともなる。その上で戦闘能力も図抜けているとくれば、エースとルフィの生存はほぼ確約されたと言っていい。


 そして。……孫達の生死と立場の板挟みから解放されたからこそ、"英雄"は自身を抑える理由を失った。


「!!!??」

「うぎゃっ!? ――っ爺ちゃん!?」

「テメェ、ジジイ!! またウォロロンを虐める気かよ!!」

 ドガゴォッ!!と凄まじい音が、奇妙に弛んでいた空気を一瞬で凍り付かせて呼び起こした。

 兄弟を回収し、再度の上昇に移りかけたカイドウの胴体に激突し粉微塵に砕けたのは巨大な瓦礫。投擲の勢いと対象物の頑丈さに負けて哀れ散った瓦礫の投擲主は、どこか異様な気配を纏って立つ海軍の英雄だった。

「――――!!」

 ぐわっしとその手で引っ掴まれた瓦礫や処刑台の残骸が、大砲を遥かに超えた速度で放たれ空を飛ぶ。下から上への攻撃だというのにその勢いは凄まじく、着弾後に轟音と共に砕け散る様はいっそ何かの冗談の様でさえある。……実際、受ける側の耐久が桁違いである為にダメージとしてはほぼ無いだけで、並の海賊であれば船団ごと沈めかねない猛攻だ。

 何が癇に障ったのかは分からないが、鬼気迫るその攻撃は投擲物が脆い瓦礫でさえなければ、或いはカイドウにさえダメージが通った可能性さえ想像させる程に苛烈で容赦の欠片も無かった。


「……あの時の騒動は、これか」

 唖然としてそれを見守る者達のごく一部だけが、約十年前に"東の海"で突如勃発した"百獣のカイドウ"対"拳骨のガープ"の戦闘の理由を理解する。ウォロロン……カイドウを虐めるというその表現にはツッコミどころしか無いが、それ程に激しくやり合ったのだろう。

 ただしその情報は、この状況を何ら好転させるものでは無かった。


「ガープ! ――此処であの時の決着をつけてもかまわねェが………」

「やべェジジイがキレた! ウォロロン逃げろ!!」

「――今回は、コイツらを回収しに来ただけだ。だが、そうだな……一発ぐらいは、返させてもらおうか!!」

「―――いかん!!」

「おォ〜〜これはマズいねェ〜〜」

「全く、やってくれるじゃないの…!」

「――させはせん!」

 飛び交う瓦礫を比類なき頑強さで受け止めながら完全に宙へと浮かび、しかし離脱せずに留まった龍ががぱりとその巨大な顎を開く。その喉奥に灯るのは灼熱の業火。理不尽なまでの力の具現たるソレの予兆に、最悪を幻視したセンゴクが鋭く激を発した。

 それに応ずるは、海軍最高戦力と称される存在達。混戦に従い戦場の各地に散っていた彼等がその身体能力を遺憾なく発揮して揃い立つのと、暴虐を具現化したかのような火炎が放たれたのはほぼ同時だった。



 その後、カイドウが放った熱息【ボロブレス】は、三大将によって辛うじて防ぎ止められ海軍本部の焼滅は免れる事が出来た。

 しかし、その威力と衝撃によって巻き上げられた砂塵が戦場を覆う間にカイドウ及び処刑対象であった2人の兄弟達(とついでに掻っ攫われたジンベエ)は空の彼方に飛び去っており、また騒動に乗じて戦力を反転させた白ひげの機転により、白ひげ海賊団の大半をも取り逃がす結果に終わる。……到着時には大半が終わっていた為に肩透かしを食らった赤髪海賊団を含め、のこのこと姿を現した黒ひげ海賊団に対するあたりが過激なものになったとしても、責められる事は無いだろう。


 尚、孫2人が四皇の一角と繋がっていた事が知られたガープではあったが、後半で見せたあまりにも容赦の無い対空攻撃により、内通や離反といった誹りは殆ど上がる事は無かった。――本気で叩き落さんとする程の攻撃を行った理由が、"自分より孫達に好かれているから"という事に対する半ば八つ当たりであったと知られない事は、きっと双方にとって幸いであっただろう。

  

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