ウィーン聖杯戦争召喚シーン

ウィーン聖杯戦争召喚シーン


音もなく、怒りだけが轟々と音を立てている。夜だというのに視界はチカチカと滲むほど眩さを誇っている。

ひりつく右の手が、戦争の始まりを知らしめるように痛む。


いや、既に始まっているのだ、恐らく、この土地に二人の魔術師がいた時から。


「……マスター、召喚は終わったか?」


音もなく黒を基調とした男が後ろに立つ。

金で雇ったアジア系の兵隊だ。しかし、兵隊と言うには余りにもワンオフだった。

天体から魔力を引き出す魔術使い。

魔術師であれば垂涎の能力を持つ傭兵を雇えたのは行幸だった。


「まだだ、オマエは召喚まで待機。……分かっているな」

「あぁ、召喚する枠を潰す。外部の人間をできるだけ入れない……そういう作戦だったな」

「分かっているなら……「だが、」……?」

「手早く済ませたほうが良い、既に感づかれているようだ……」


天体からの交信か、丁度”フクロウ”からも同じ情報が手に入った。

女神の端末と同程度の性能。

やはり、良い“買い物”をした。


「ならば、下がっていろ。我が誇りに賭け、一族の敵たる者を討つ」


召喚陣が、光を放ち、回路は隆起する。

触媒として手に入れた銀の耳飾りが確かに呼応する。


「素には神を。 礎には糸を。 手向けるは神祖ロムルス。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」


「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する」


ジリ、と汗をかく。取り返しがつかないところまで来た。

いや、もう既に取り返しはつかなかった。

ならば、


「————告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」


「誓いを此処に。」

「我は常世総ての善と成る者、」

「我は常世総ての悪を敷く者。」


「汝三大の言霊を纏う七天、」

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

戦いの鐘は鳴った。

終わりの始まり、いや始まりの終わりだ。

だが、終わらせはしない。

私の命に代えても


目の前には、黒い肌の男。マハーバーラタにて語られた、

正しく、インド世界で最も偉大な射手。

名を……


「ちーっス☆サーヴァント、アーチャーアビマニュくん、ただ今参上ッス!」

「……」

「あれ?どしたんマスター、ま、よろよろ~!」


目眩がする。

こんなのでこれからやっていけるのだろうか……




「あちらは始まったようだな……」


煙草に火をつける。

燃えた葉がチリチリと音を立てる。


俺は道具だ、ならばそれに殉じるまでだ。

用意されていた召喚用の陣に血を垂らす。


アタリは三騎士、もしくはアサシン。

七基の中で大番狂わせを起こすようなものを事前に排除する。


唱える。

必要なのは大仰な詠唱でも、意志でも、決意でもない。

契約は、名と血によって結ばれる。


「俺に応じろ」


陣は隆起し、魔力が吸い取られる。

星は瞬きを重ね、流れるように消え去るだろう。


かくて、契約は為された。


「ランサーその真名、お田鶴の方。あるいは椿姫。

どちらでもよくてありんす」

「俺は士堂道元、契約の擦り合わせがしたいが、話しはあとだ」

「……えぇ、わかりんした。仰せの通りに、マスター」


命を使い果たす時が来た。

柄にもなく、確かに俺は高揚していたのだろう。


だが、この命が残ったその時は……


……煙草の火を靴で消し、その場を後にする。

なしだ、

今は戦いに殉じよう。

それが、俺の仕事ならば。




その日は朝から散々だった、

朝から目覚ましは鳴らないし、朝食は食べそびれるし、

アンナさんの荷物はひったくられるし、教会の子たちのおもちゃはなくなるし、

勝手な大魔術が行使されていくつかの礼装がオシャカになった。

そして……


「やっぱり、見間違いじゃないわよね?」


出先で聖杯戦争の始まりのベルがなった。

もう既に召喚もされているのが分かる。


もしかして……セルウィウス?

いや、考え過ぎだ、彼も馬鹿じゃない。

理由もなく、こんな大魔術を行使なんて……


昼間のうっかりを思い出す。

コードを簡単にしていた魔術を弾みで使って、とんでもないことになった。

もしかして、


いやいやいや、


いやでも、もしかしたら……


うーん……


「あぁ、もう!」


考えるのはやめだ!

なにかイレギュラーが起きてたらもっと不味いことになる!


なら、それより先手を打つ!

数本の髪を切り、操作して簡易的な召喚陣を作る。


女の髪に手を出させたこと、セルウィウスに後悔させてやる!


「お願い、応えて!」


陣が光り、回路が隆起する。

風が吹き荒れ、目の前には……


太った道化師が立っていた。


「ハジメマシテ、僕はジョン・ゲイシー。これからよろしくね?」


自己紹介されても、ピンとこない。

……もしかして、はやまった、かも?





父の声で目が覚める。


「ジョセフ、子供たちを街の外に、急ぐんだ!」


ここまで怒った父の声が初めてで意識がハッキリする。

一体なにが……


感じるのは、土地の魔力が使用されている事。

もう、既に三方で大きな揺らぎが残っている。

緊急事態だ。


急いで、子供たちを起こす。

もしかして、彼女なのか?

そんな疑問すら置き去りにして、動き出す。



「みんな、こっちだよ!」


郊外への道、子供たちを守るための緊急用の避難路。

けれど……


「人形……?」


白を基調とした機械仕掛けの人形が数体立っていた。

機械、魔術とは無縁、しかし、確かに流れる魔力の匂いが、

ボクを正しい選択へと導いた。


「告げる!」


服に縫われた緊急用の魔術を無理矢理召喚用に切り替える。


けれど、その数瞬の時間すら、相手にすれば長いくらいだったのだろう。

子供たちを狙った攻撃、それを庇うように前に出る。


死を予見し、目を閉じる。


一秒ほど経っただろうか

いつまでも訪れないその結末に、

やっと目を向ける。


目の前には、高貴な服に身を纏った長身痩躰の男性が機械を阻むように立っていた。

男性は囲まれている事さえ意に介さず、腰を抜かしたボクの方へ振りむく。


「どうした、我が紡ぎ手よ。オマエの従僕は命令を待っているぞ」


えっと……

いや、もういい!


「やってくれバーサーカー!!」


それが、ボクの聖杯戦争の始まりだった。




「少し、遅れたか?」


遠くに見える町並みの光が、オレを出迎える。


嫌な臭いに引き寄せられ、遠くまで来ちまった。

しかし、本当に嫌な臭いだ。ローマの臭い。鼻が曲がりそうだ。


ふと、チリとした痛みに目をやると、手には三画の痣。

これが噂に聞く聖杯戦争ってやつか……


気に入らねぇ……

あぁ、気に入らねぇ、たかが人間ごときが……


こんな面白そうなことを考えやがるなんて!


しかし、この機会を逃す手はない。

人理に刻まれた英霊たちを見物する、またとない絶好の機会。


やはり、少し気に入らない臭いがするが、

それをまずは片付けるとするか。

夜は怪物の時間だと教えてやる……


「駄目ですよ」


後ろに人、振り返ると人形のようなものを従えた男。


「パピ……紙の本はやはり良いですね……」


オレを気にした様子もなく、平然と続ける。

手にはどこから取り出したのか本を持っている。

それよりも足元に積まれた本にどこか見覚えが……


って、それは


「イリアスじゃねーか!!」

「おや、マスターも読みます?」

「いや、もう擦り切れるほど読んだつーの!!」


まぁ、読んだ巻物は焼かれたのだが……


「って、あ?マスター?」

「あ、気付かれました?はい、召喚に応じ参上しましたキャスターです」


事も無げに、答えるサーヴァント……


「なにかの縁で呼ばれてみれば、なるほど、確かに。アレクサンドリア図書館に関わったのなら理解できます」

「あん?なんで、アレクサンドリア図書館だって知ってんだよ」

「簡単なコトです。関わった図書館であれば、憶えていますから」

「……?」


なにいってんだこいつ


「貴方に私の真の名をお答えしましょう。私はカエムワセト、同じルーツを持つ者同士よろしくおねがいしますね?マスター」


こうして、オレの聖杯戦争が始まった。

あ?いや、始まったのか?

まだ、到着すらしてねーよな?




遅れたが、なんとか間に合ったか。

5基目の召喚を確認した。

召喚の術式を完成させ触媒を取り出す。


黄金のマスク。

アテネにある最高峰の触媒とよんで良いだろう。

そして、それを使用する必要性がある。

それだけ、失敗は許されないということだ。


「告げる」

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」


「誓いを此処に。」

「我は常世総ての善と成る者、」

「我は常世総ての悪を敷く者。」


「汝三大の言霊を纏う七天、」

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」


隆起した回路が、触媒から線を繋ぐ感覚がする。

召喚に成功した……


人の気配。

その気配に自然と傅く。

まるで、それが自然の摂理かのように身体が導くように頭を垂れる。

眼に触れずとも感じる黄金。

その王気。


「よい、頭を上げよ」


頭を上げる。しかし、傅いたまま。


「召喚に応じ、顕現した。我が名はアガメムノン。王の中の王アガメムノンである」


その王気にすべてを任せ、命すら捧げたくなる。

いや、今はまだだ。


「発言を許す」

「ハッ!恥ずかしながら、ギリシアの秘宝。いえ、神の御身が盗まれましてございます。故に、王に御力を」


手を上げる。その一振りで、声すら枯れるほどだった。


「オマエたちの不手際ではないことは知っている。我が従者が卑下をするな。王たる余の威信に関わる」

「ハッ!」


頭を下げる。


「フム、この感じアテナか。なるほど、ギリシャの一大事。余を呼び出したこと、正しい選択だ」


黄金が立ち上がる。

夜の闇すら切り裂くように、王が歩く。


「ならば、疾く終わらせよう。しかし、我が従者よ、死ぬことこそ不遜であると心得よ」


かくて聖杯戦争の幕は上がった。




いや、まだ一つ。


ハッハッハッハッ。


風を切り裂いて走る、走る、走る。

まさか、

街がこんなところだなんて!


「パパの嘘つきィッ!」


人形から逃げる。


田舎から憧れて都会へ旅行へ出てきた、

いや、家出みたいなものだけど、

いやでも書置きはしてきたし。


なにが悪かったのか

パパが言う街のその香りを嗅いでみたかったと考えたのが悪かったのか、

それとも、眼を使って人助けをしたのが悪かったのだろうか。


たしかにパパは人前で使うことをダメだって言ってたけど、

でも、人助けは良いことのはずだ。


なら、やっぱり人助けの時にものを壊したのが悪かったのだろうか?

もしかして、この人形はそれを咎めにやってきたのだろうか。


でも、あまりにも剣呑だ。

この国の法を逸脱したのかもしれないが、でもそれよりアタシの気持ちの方が大事だ。


「うぅー!」


眼を使えればこんなのイチコロなのに!


考え事をしてたからだろうか、街路樹の根に足を引っかけ転ぶ、


「あいたた……」


顔を上げる、人形が目の前にいた。

あ、ちょっとタンマ。


眼が急に熱を帯びる。


「んうっ!?」


世界から色が、喪失する。

時間が遅くなったり加速したり、

忙しく世界が廻る。


世界が廻るように、意識が巡る。

誰かが、そこに居た。


眼がより熱を持つ。脳が焼けるほどに痛みが残る。

世界が色を取り戻し、気付けば人形が倒れていた。


「まさか、こんな私を呼ぶ者がいるなんてね」


そこには、物語から飛び出したかのような騎士が立っていた。


「貴女が私のマスター?」


そう問いかける騎士にこくりと頷くことしかできなかった。



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