イマジ沢芽市SS
浅黄寧は政府所属の仮面ライダーであり、同時に高名な植物学者である豊由夫妻の補助も命じられている。園芸でも農業でも研究でも、植物に携わる者なら皆その名を知っているだろう二人のそばにいられるのは、寧にとって幸福なことだ。任務に何の不満もない。
「──だが、元警察官として、身元不明の死体がゴロゴロしてるのは見過ごせねえんだよな?」
飲み仲間の桜はそう言って、いつも巻いている首の包帯を指さした。
そこには全体重で絞め上げたような痕が残っているはずだ。
桜の体は、かつて彼の枝にぶら下がり命を絶った男だという。男の名前は誰も知らない。顔も腐敗した部分を桜に侵食され、完全に元通りではない。
この街では珍しくではないのだ。本能を超え、思考を得た植物たちは、その多くが死体に寄生して歩き出す。
初めて見たとき、寧は豊由夫妻を問いただしたが、「私たちが産まれる前からこの街にある理だよ」「人間の倫理だけで自然現象を止めることはできない」と、どこか遠い目で研究対象の果実を見つめるだけだった。
尊敬してやまない二人でさえ、変えられないのだ。
『桜ちゃんごめんね〜。人間の世の中じゃ、死んだ人はちゃんと弔われなきゃならないって雰囲気なわけ。全部がそう上手くいかないことはわかってるけどね、警察官として望まぬ死をたくさん見ちゃったから、尚更そう思うのかも?』
寧の言葉を、本を模したクッションに乗る檸檬が代弁する。文学作品のような在り方を好む相棒だ。口下手な寧の代わりによく話してくれる彼も、もしかしたら契約して共存するより、死んだ自分を動かす方を望むのだろうか、とふと思う。
「しかしなあ、寧よ」
桜は大袈裟に肩を竦めてみせた。
「……わかって、いる」
寧は自分の声で頷いた。
目覚めた植物たちが根付くのは、既に死んだ──桜の言葉を借りるなら『枯れた』ものだけ。栄えている命を襲うことはない。それはなんとなく、けれど強固に共有されている、彼らなりの線引きらしい。
落ち葉が土の栄養になる。倒木に新たな芽が根付く。枯れたものは次の命に繋がる。その循環に、たまたまヒトがいるだけなのだ。
大切なら、枯れようが朽ちようが手放さなければいいのだと、植物たちは何気なく言う。
例えその死体が、黄泉の果実に適応しきれず暴走した同族により生み出されたのだとしても、それは連鎖の一部に過ぎないと、ヒトを守るため派遣された寧の前で言ってみせる。
「……政府は、君たちを、恐れている」
「ほう」
「植物が意志を持ち、本気で人間を襲ったら、きっと俺たちは滅びる。襲わなくても、いい。麦や稲が、気まぐれに実を付けるのをやめれば、たった数年で、終わる」
その未来は想像に難くない。
例えば桜はあくまで一本の桜の木であり、他の桜を従えているわけではない。けれどいつか影響力が増して、日本中の桜を全て散らすかもしれない。そうならないと誰も言いきれない。
もし同じようなことが、より人間を依存させている種で起こったら。
豊由一族の研究でその未来は遥かに遠ざかったものの、黄泉の広まりを止められたわけではない。一度広まった覚醒の種は遺伝子としてどこまでも広がる。人類はとうに詰んでいるのかもしれない。
「で、お前さんはどうするんだ?」
桜がにやりと笑った。
寧は静かに首を振って、レモンサワーで言葉を流し込んだ。
鮮やかに二度目の春を咲いている男のデータなど、この穏やかな街には必要ない。