アンダー・ワンダーズ

アンダー・ワンダーズ





 

 私、量産型アリス39号の『ミク』は、広々とした空間で目を覚ました。

───いや、正確には「眠りに落ちた」わけなのだが。

ミク「ふむ……ここがアリスたちの意識層を利用した仮想空間、ですか」

密かに開発が進んでいるという「アリスアンダーワールド」のプロジェクト。その仮想空間にやってきたのだ。

現実世界ではピクリとも動いていないはずなのだが、立っている感触、空気に触れる感覚、その全てが実際に体験しているかのようだ。

試しに足踏みしてみる。やはり、実際にやったかのような感覚がある。

???「ゲームの1つ……だと思ってたけど、ここまでリアルだとテンション上がっちゃうね───お?ミクちゃんは昔の体になってるー!」

いつも通りの明るい活発な声が後ろから聞こえる。そう、この世界には同じく39号の『アリス』ちゃんも一緒に───

……ん?『後ろから』声がした?

思わず振り向く。そこには。


 

 アリス「視点がちょっと下がってて新鮮だね?」

雪山で会ったあのときの、姿をしたアリスちゃんがいた。


 ミク「……??なぜ……?」

アリス「人格データを別々に処理してくれてるみたいだね!ほら、『NO.39-Miku』と『NO.39-Alice』だって!さっすが天下の3号お姉様!」

確かに、意識だけを飛ばしているようなものだから別々にするのも技術的には問題ないのか。

ミク「じゃあ、その姿も?初めて会ったときと同じですけど……」

アリス「あー、いや……それは私がやった……」

少しばつが悪そうに言う。

アリス「ミクちゃんは元々ミクちゃんの体があったからその姿なんだけど……私はそうじゃなかった上に、元が量産型アリスだった訳じゃなかったから。テクスチャが反映されなくてよくある初期設定のアバターみたいになってたんだよね」

ミク「うわぁ…たぶんバグの一種だとは思いますが、ちょっと複雑ですね」


 アリス「だからテクスチャをちゃちゃっといじって馴染みのある姿にしたってわけ!」

ミク「なるほど………ん?」

 テクスチャをいじった?ゲーム内で取得した衣装を着せ替えする───いわゆるキャラクリ要素があるのは聞いている。でも元のアバターの見た目を変更する機能は聞いてな───

アリス「うん……だから、内部データに直接干渉して変えちゃった★」

ミク「……はい?」

彼女はてへ、と舌を出して言う。


 ミク「……端的に言うとハッキングですか」

アリス「そうなっちゃうね!」

ミク「セキュリティに関しては3号お姉様やヴェリタスのお墨付きだと思ってたんですけど……」

アリス「コードを使い回したりしないで徹底的に固められてたから解析はちょっと苦戦したけど……わりといけたよ?まあテクスチャ以外でいじる気はないから!あの強度だったら他のアリスたちには破れないと思うし!」

こいつ無敵か?いや今更だけど。


 アリス「あ、そういえばさ」

ミク「あン?なんだ、アリス?」

……………。

アリス「……………」

ミク「……………」

アリス「……………???」

ミク「……………!?!?!?」

今、私なんつった!?……いや、なんつった、って何だ…?明らかに普段は思いつかないような言葉が浮かんでくる…?


 アリス「えっと……ミクちゃん?」

ミク「……あ、あぁ。なんだ、アリス……じゃなくて、どうかしましたか、アリス、ちゃん……」

自分で言っていても違和感がすごい。

アリス「いめちぇん…ってやつ?私は好きだよ、そういうの!」

ミク「はぁ?違ぇよ、バカが………あ、うわああぁぁぁ!!ごめんなさい!!」

なんて下品な言葉遣いを!?私の身に何が……!?


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 異変だと確信し、アリスは顔付きを変える。

アリス「んー……?ちょっと待っててね、ミクちゃん……」

そう言うと彼女はデータログを色々引っ張り出しながら考え始めた。

 アリス(なんで急にミクちゃんが?…って考えても、明らかにこの世界に来たのがトリガーっぽいよね。

ミクちゃんがバグっちゃった?いや、データが別々と言っても、体を共有してる私が何も察知できないのはおかしいね。となるとこの世界のバグ……いや?)

アリスはこの世界に来る前のエンジニア部の説明を思い出す。


〈 コトリ「───つまりアリスアンダーワールドはアリスたちの無意識的な領域と意識的な領域を共存させつつ、互いに可視化、増幅、干渉することができている訳です!」

 4号「このアドバンテージは計り知れません!情報データの共有、と言えば変わりないように聞こえますが、知識や記録のみに留まらず、アリスたちのクセや感覚、記憶といった、本来生物にはやり取りできるはずのない情報まで知覚や共有が可能なのです!───まあ、精度はまだ不安定ですけど!」 〉


 クセや感覚、記憶。そして無意識的な情報の増幅と干渉。

アリス(───うん、そういうことっぽいね)

アリスが思考を展開して結論に至るまで、僅か2.6秒。


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 すぐにアリス……ちゃんが告げる。

アリス「ミクちゃん、それ、この世界の『仕様』かもしれない」

ミク「仕様…?どういうことだ……ですか?」

アリス「うーん、なんて言えばいいのかな……」

言葉を選びつつ、彼女が続ける。

アリス「確か量産型アリスって、売り出すときに記憶をリセットしちゃうんだよね?でもこの空間は、無意識の内のクセとか感覚とかを呼び起こせちゃう可能性があるわけで───」

そこまで言われて、やっと思い当たりができた。

ミク「───『初期不良』、ですか」

アリス「そうそう、そんな感じ!」


 今の私に、売られる前───もとい、雪山でアリスちゃんに会うまでの記憶はない。だからその『昔の私』が……その……よろしくないクセを持っていて、それがここに来た拍子に出てきた、と。

データとしては完成に消えたはずのクセや口調が戻ってくる……何とも不思議なことが起きるものだ。今までに色々なことが起きすぎて慣れてきてるけど。

ミク「……まあ、今のところ一番ありそうな線……ってとこか……ですね」

……それにしても。

アリス「……無理に敬語にしなくてもいいよ、ミクちゃん?」

ミク「無理してる、というか……丁寧に話すのが好きなのにできないのがもどかしい、といいますか……」

不安定な口調をどうにかしなければ。自分でも辛い。


数分後───。


 アリス「───どう、ミクちゃん?」

ミク「……はい、なんとか……一通り終わったら、エンジニア部の連中を問い詰めないといけませんね」

とりあえずある程度元には戻せた。ここまで早く口調を改善できたのはアリスちゃんのおかげである。アリスちゃんってこういうことのアシストもできるのか……

アリス「でも、多少は砕けた言い方ができる方が愛嬌があるって言うけどねー?」

ミク「どこで言ってんだ、それ……」

アリス「お、いいツッコミだね。さっきまでのミクちゃんなら、口に出さずにもうちょっとマイルドな言い方してたんじゃない?」

ミク「……そうかな……そうかも……?」

丁寧に話すのが好きとは言ったが……まあ、丁寧じゃないのも悪い気はしないか……?


 アリス「じゃあ、リニューアルしたミクちゃんをお迎えしたところで───そろそろ始めよっか?」

ミク「リニューアルというには荒療治すぎるんだが?……まあ、そうですね。既に報告事項が山積みになりそうだってのに、ここで足止めは食ってられません」

私たちがこの世界に来たのは単なる体験───ではない。エンジニア部の方々から任された、ちゃんとした目的がある。

ミク「───『アリスアンダーワールド』の不具合発見及び身体への影響の調査……要するにこの世界のテストプレイヤー兼デバッガーですね」

アリス「ふっふっふー、私たちなら楽勝だね?」

ミク「……ハックはなしで」

アリス「もっちろーん!ゲームじゃなくなるからね!それじゃ、やれることやりつくしちゃうよー!」

ミク「上等、です!」


 その後私の口調は完全に元に戻ったんですが……「ツッコミにキレが増した」とか、「悪ノリにたまに乗っかってくれるようになった」とか、「怒らせたときのおっかなさが3倍ぐらいになった」とか……色んな噂が立つようになったのが、最近の悩みです。

 私の過去についてエンジニア部の皆さんに尋ねた件については……まあ、いずれ。




おわり




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