アンタのその横顔が———
「今年もタイシンが幸せになって欲しい…そう初日の出に誓いたいな」
初日の出を今か今かと待ち構えながらそう語るアイツの横顔はどこか普段と違うように見えた。
普段暑苦しくて、しつこくて、うるさい
それなのに今のアイツの横顔は…レース前の時のように…まるで何かを見据えているような、真剣で大人びた顔だった。
「今年"も"じゃないな、来年も再来年もずっとずっとタイシンが笑って幸せになって欲しい」
トレーナーだから担当の事を考えるのは当然…と言えば傲慢なのかもしれない。
こんなめんどくさいアタシを見捨てずここまで導いてくれたアタシのトレーナー。
だからこそ———
そう言われるのが恥ずかしかった。
だからこそ———
そう言われるのが嬉しかった。
だからこそ———
そう言われるのが許せなかった。
初日の出はまだ出てこない。それでもなお、空の彼方を見つめながらアタシの事を…幸せを語り続ける大人びた横顔。
だけどその"横顔"を見れば見るほど嬉しさと怒りが募ってくる。
吸い込まれるほどに魅力的にも感じるアイツの"横顔"。気付けばその顔のそばまでアタシも近づいていた。
「おっ!そろそろ登ってくるぞ!」
初日の出に喜ぶ"横顔"…
そう、"横顔"だからこそ———
「幸せって、言ったよね?」
「……タイシン?」
腕を掴み、登ってくる朝日から目を逸らさせるように、アタシはその身体を振り向かせる。
「うるさい。アタシの目を見ろ」
振り向かせてその後すぐに両手でその驚いた顔をアタシの目の前に引き摺り込む。
「……アタシが幸せになって欲しいって、そう言ったよね?」
負けたくない———
アンタのその顔を———
アンタのその視線を———
初日の出なんかに———
たった一瞬の輝きに奪われたくない———
「ならアタシが…どんな幸せを望んでるか教えてあげるから」
あんな一瞬だけの輝きより———
1日だけの輝きより———
アタシはもっとずっと輝けるから———
アンタが…トレーナーがいれば———
アタシはいつまでも輝けるから———!
「———ッ!?」
アタシの口元に感じる少し硬くて…でも暖かい感触。少し息苦しくてその感触が離れるとアタシとアイツの間に橋がかかる。
「これがアタシが望んでる幸せだから」
両手はまだ顔を掴んだまま。
呆気に取られたこの顔が逃げないように。
その目を初日の出なんかに逸らさせないように。
「この幸せをアンタがどう思ってるか…答えて。言っておくけどアンタに拒否権なんてないから」
「とても…嬉しい、素敵な幸せだと思う」
その言葉が聞けただけでも満足だけど…
「言葉じゃない」
アタシは更に追い込みをかける。
「アンタがそう思ってるならアタシの問いへの答え方くらい分かるよね?」
もう横顔じゃ嫌だから。
アタシの事を
アタシの幸せを
あの横顔で願われるのは嫌だから。
その顔でアタシを見て欲しいから———
その顔で真っ直ぐアタシだけを見て欲しいから———
「ありがとう、タイシン」
アタシの問いに答えるようにまた口元に少し硬くて…でも暖かい感触が戻ってきた。
アタシは両手を目の前の顔の後ろに回す。
アタシの目とアイツの目が合う。
その直後微笑むアイツの顔。
(———ばか)
アタシ達はその暖かい感触を確かめながらずっと見つめ合っていた。
そんなアタシ達の"横顔"をやっと登ってきた朝日が照らし続けていた。