アロンソがローの船に襲撃かます話・5

アロンソがローの船に襲撃かます話・5



「なんだ、てめえ……」

「おー、ひさしぶりだなー、モネ」

ローとアロンソの反応は真逆だった。

得体の知れない女を用心深く観察するローと、散歩中知り合いに出会ったかの気軽な挨拶を返すアロンソ。

女は――――モネはローの不躾な視線にはとくに反応せず、まずアロンソに微笑みかけた。



「おひさしぶり、バカ様――――もとい、バカぼっちゃん」

「いまの言い直す意味あった?」

「そして、こちらが世に名高き"死の外科医"……。


改めて。

はじめまして、トラファルガー・ロー。

私はモネ。

ドンキホーテ海賊団の幹部で、ユキユキの実の能力者よ。

城下では能力を生かしてウィンタースポーツの会場も経営してるの。

ドレスローザへお越しの際は、ぜひお立ち寄りを」



小さな会釈とともに艶やかな翠髪がヴェールのように肩口で波打つ。

いったい臈長けた美女の笑顔というものは万人に歓迎されるものだが、向けられたローの顔に浮かんでたいものといえばこれまったくの真逆。

眉間の陰影なお濃く、瞳に険を浮かばせて、歓迎ムードとはほど遠い。

アロンソとの子供じみたやり取りを盗み見された気恥ずかしさもあるにはあったがそれよりも、姿を表してからずっとこちらを値踏みするようにまとわりつく視線が不快だった。



「……これはこれはご丁寧に。

わざわざ海を超えて家出中のガキを回収とは、ドンキホーテ幼稚園も大変だな。

今後の苦労を減らすためにも、もういちど本物の幼稚園に再入園させて、いちから教育し直すことをすすめるぜ」

「心からのご心配とご提案、痛みいるわ。

けどね、私べつに、そこのわんぱくぼうやを連れ戻しに来たわけじゃないの」

「……なんだと?」

逃げ出そうとするアロンソの首根っこをひっつかむのに躍起になっていたローに、モネはなにかを投げ渡す。

なにか、とはそれ、電伝虫が一対。それも、片方はまるで雪のように白い。



「白電伝虫……!? 盗聴妨害念波が使える希少種じゃねえか!

なぜこんなものを……」

「ちいさなことでもなんでもいい。トレーボルに関してなにかわかったら、それで教えてちょうだい」

「……どういうことだ?」

モネがなにを考えているのか。測りかねて手にした電伝虫をしまうとも突き返すともできぬローの後ろから、アロンソが神妙な面持ちで前に出る。


「ロー。モネはフェルナンドが赤ん坊の頃からのお付きの侍女なんだ。

オレにとってのピーカがそうであるように、彼女はフェルナンドがもっとも信頼している人間だ。

失踪中のトレーボルがフェルナンドに接触したってオレに教えてくれたのも、モネだよ」

「身に余る評価ですわ、殿下。

ほんとうに……身に余る……」

さきほどまでの艶冶な微笑みは淡雪のように溶けて、伏せたまつげに憂慮が溜まる。



「モネ。フェルナンドの様子は」

鶸(ヒワ)の雛(ひな)にふれるようにそっと気遣いながらアロンソは問う。モネは力なく首を横に振った。

「ダメ。表面上はいつものように振る舞っているけれど、肝心なことはなにも話してくれない」

「そうか、おまえでもダメか……。

ああッ! 別にモネを責めてるわけじゃねぇんだ!

ただ、家族以外じゃフェルナンドがいちばん懐いてるのは、おまえだから……」

「私もそう思ってたわ。三ヶ月前まではね。


ラオGやセニョールは早めの反抗期だろうなんて言ってるけれど、きっと違うわ。

――――フェルナンド(あの子)はなにかにひどく怯えている。

それはわかるの。

なのに、肝心のあの子の心を凍らせているものがなんなのか、私にはわからない……」


モネは震える体を己の翼で抱きしめた。

伏せたまつげと同じく首を垂れて細く嘆息するさまは、雪に押しつぶされいまにも地に落ちんとするバラを見るようで、美しくも痛ましい。

見るものの心に惻隠の情を催すには充分な姿だった。

しかし、植物とは案外たくましいもの。

無惨に散るのを見るも哀れだ。いっそ手折って楽にしてやろうと手を出せば、触れた反動で雪に隠れたトゲの襲撃を受け、指はバラより赤い血で染まり――――なんてこともままある。

次に面を上げたモネが見せたのはそれ。

懐に抱いたわが卵(こ)を不埒な略奪者から守らんとする、猛禽類の危険な怒り。



「だからこそ、一刻も早くあの子を安心させなきゃ。

やさしいあの子を傷つけるもの。怯えさせるもの。すべて凍らせて、跡形もなく砕かなきゃ。

フェルナンド(あの子)と若様のためなら、私はなんだってするわ。

――――たとえその相手が、かつての"家族(ファミリー)"であったとしても」

見やすく怒りに顔を歪めているのならばまだよかった。

だがモネが見せた顔というのは無。まるで削ぎ落としたかのような、無。それだけ。

声も上ずることなく、ただたんたんと単調な。

だがローはそんなモネの姿に、ギリギリまで弦を引き絞った大型の弩の圧を見た。




「――――そういうわけだから、私はフェルナンド様を守るためにも、国のなかで。

坊っちゃんは国の外で、トレーボルに関する情報を集めましょう。

こっちも、なにかわかったら逐次報告するわ」

「わかった!」

「わかるな!!」

それまで手を出しあぐねていたローであったが、さすがにここからは聞き流せない、許せない。



「おい、バカアル! てめぇはなにをもう船に乗れる気になってやがる!?

モネとか言った女! てめぇもだ!

とっととこのバカ持って帰れ!」

「あら、ダメよ。

さっきも言ったけれど、私、フェルナンド様と若様、ふたりのためならなんだってするわよ。

でも、アロンソ(バカ)様は対象外だわ」

「モネの言うことはいちいち引っかかるけどいまは置いといて!

フェルナンドがオレの弟ってことはおまえにとっても弟分ってことになる!

おまえは可愛い兄貴分と弟分を見捨てるのかー!?」



さきほどまでの悲嘆の表情はどこへやら。

モネはあっさりと言い切って、アロンソはギャーギャーわめきたてて。

二人の、こちらの事情心情いっさい無視して己の都合をごり押そうとする強引さに、とうに怒りの沸点超えていたロー、いっそ能力で二人の首と胴体切り離し、南の海(サウスブルー)と北の海(ノースブルー)にそれぞれ流してやろうかと手を動かしかけた、その時。




『フッフッフ……』

「ッ!?」



突き返すのを忘れていた電伝虫の唇が動く。

ゆったりと滑り出た声は、記憶にあるよりも数段、深みと威厳が増していた。

「まさか……!」

「ウソだろ!?」

「キャプテーン!!」

ポーラータング号に響く三種の叫声。

ふたつは甲板からローとアロンソ。

もうひとつは操舵室から甲板へ駆け込んできた、



「キャプテンキャプテーン!

た、大変だよ、大変だよー!」

「ベポ、どうした!?」

「あ、あれ! あれー!!」

毛皮姿でどういう仕組みか、顔を真っ青にしてベポが指さしたのは、船の後方。

はじめは点にしか見えなかったが、じょじょに姿が視認できるほどに近づいて、見えたのは大型のガレオン船。

マストに掲げられていたのは、ドクロに斜めの線が走ったシンプルな――――。





『久しぶりだなぁ、ロー……』

「ドフラミンゴ!」

「親父!」

たばしる声はふたつ。

ローとアロンソ、どちらの声も割れて聞き苦しく、哀れなほどに混乱しているさまが易く伝わる。

逆に電伝虫から流れるドフラミンゴの声は柔らかく落ち着いていた。

もしこの場にドンキホーテに恨み持つ暴徒衆がいたとしても、演説一つで全員を熱烈な信奉者に変えてしまえるだろう、声にはそれだけの力があった。



『おまえの活躍はドレスローザにも届いているぞ、ロー。

家族(ファミリー)として俺も鼻が高い』

「俺はもうファミリーを抜けた。

おまえたちとは無関係だ」

『フッフッフ! 冷てぇこと言うな。

おまえのことをかわいがっていたロシーとは、いまでも連絡を取ってるんだろう?

俺もおまえのことはいまでもわが子のように思っている。

ファミリーから勝手に離れたのは反抗期と思って許してやろう。

だから、ここらでひとつ、親孝行と思って里帰りしねぇか。

おまえが家出したあとに生まれた弟妹たちにも会わせてやりたいし、なによりレイナもおまえのことを気にしている。

……いちど俺のもとへ戻ってこい、ロー』




物柔らかながら力強い声だった。

遠い郷愁のなかに埋もれた父を思い起こさせる、情け深い響きをしていた。

だが、ローはドフラミンゴの誘いに、一瞬とて頷く気にはなれなかった。

まがりなりにも海賊として鉄火場をくぐり抜けてきた経験が叫ぶ。

甘い言葉には裏がある。

お宝の噂に吊られて踏み込んだ洞窟が、実は巨獣の腹に続いていた――――など、新世界ではざらにある話だ。



ローはドフラミンゴの言葉の裏に、いまにも獲物に噛みつかんとする竜の顎門(アギト)を見た。


続く

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