アロンソがローの船に襲撃かます話・4

アロンソがローの船に襲撃かます話・4


「……トレーボルとフェルナンドが会ってたのは三ヶ月ほど前。

裏庭の、めったに人のこない寂れた花壇だった。

目撃したのは最近勤め始めたばかりのフェルナンドお付きのメイド。

なにを話していたかまでは聞こえなかったが、フェルナンドの方はかなり深刻な顔してたそうだ。

そんで……それ以来、ど~もフェルナンドは部屋にこもりがちらしくってな。

じっさい、オレも会いに行こうと思ったんだが……」

眉間に憂慮をため、瞼を伏せては殊勝な、弟を憂うアロンソをローは鼻で笑う。

「なんだ、ずいぶんおとなしいな。

脳筋のおまえのことだから、ドアごと弟の部屋ぶちこわしてむりやり外に連れ出すくらいやると思ってた」

「ッ!」

ローの指摘に、アロンソの表情がゆがむ。

顔が真っ赤に茹で上がり、頬はぷっくり膨らんで、髪の色も相まってか首から上がまるでりんごにでもなったかのよう。

そして破裂するようなアロンソの咆哮がに轟いた。



「や……ろうと思った!

思ったけどことごとく邪魔された!!

そもそも城の扉叩いたら仮勘当中だろうってカーチャンに蹴り出されて!

じゃあ裏から忍び込んだら泥棒と間違えたベビー5に拳銃脚(レボルベルレッグ)喰らって!

なんとか真夜中王宮に忍び込めたと思ったらこんどはモネに捕まって海まで運ばれ空からドボン! だ!

なんでみんな先回りできてんだよ!?

おかしいよな、これ!?

そもそもこれ、どう考えても第一王子に対する扱いじゃないよな!!」

「世間一般の王子としての扱いじゃないが、おまえの扱いとしては妥当だな」

「なんだよ! 10ウン年実家(ドンキホーテ海賊団)に寄らなかった不孝ヤローがオレのなに知ってるんだよ!?

ばーかばーか、ローなんか目の隈進化してパンダのミンクになっちまえー!!」


爆発したアロンソはとうとう甲板に大の字に転ぶとそのままバタバタと回りだした。

ずいぶん懐かしい構図だった。

具体的に言うと、子供の頃、ローとのケンカに負けるたびに見る光景だった。

幼児ならばまだ微笑ましくも映るだろうが、眼下にいるのは青年間近の男である。

ローは帽子をさらに深く被って現実(アロンソ)から目をそらした。

懐かしさよりも、情けなさで目頭が熱い。

(こいつ……いますぐ心臓抜いて"静かに"してやろうか)

あまりの耳障りさに物騒な考えが脳裏をよぎった、その時。



「――――だからオレはトレーボルに会わなきゃならない」



静かに力強い言葉が甲板がローの耳を打った。

言葉の出どころに視線を向ければ、そこには大の字はそのままに重々しい表情のアロンソがいた。

目はローを見ていない。

深く、透徹な目は空に――――あるいは、その先のまみえるべき相手に据えられていた。




「それまではふつうに連絡が取れてたんだ。

電伝虫に手紙に――――妹たちといっしょにおしのびで花屋に来たこともある。

なのに急にあいつは連絡を絶った。ふさぎこむようになった。

家族の誰にも理由を言わずに、なにかを抱え込んでる。

ちょくせつ会って聞き出そうにも、オレは仮勘当中の身だ。

そうかんたんに王宮(実家)には帰らせてくれない。

電伝虫にも返信はなし。

なら手紙をと思ってフェルナンドとつながりの深いモネって団員に何度か頼んだが、いつまでたっても返事はなし。

考えつく方法は全部試した。でも行き詰まった。

あとはもう手はひとつ。


最後に会っただろうトレーボルなら、なにか知ってるかもしれない。

なにも知らなくても、大臣の頃から国のみんなとはちがう視点を持っていたトレーボルならなにか気づくかもしれない。

弟が苦しんでるのに、なにもせず時間が解決するのを待ってなんかいられない。


――――オレは、トレーボルに会いたい」




アロンソの口ぶりに悲壮感はなかった。焦燥もなかった。

ただ、己のなすべきことをなさんとする強い意志が見えた。

ローの知るやんちゃで幼いアロンソと、かつてローと息子に文字通り命を"分け"与えたドフラミンゴの姿が重なる。

覚悟を持った漢の姿がそこにはあった。


(まったく……こいつは……)


知らぬ間に成長していた弟分の姿に浮かび上がるこの気持ちは、誇らしさだろうか。それとも寂しさだろうか。

あえて答えは出さぬまま、ローはいまだ寝転がったままのアロンソの頭上に立った。



「事情はわかった。バカアルにしちゃいろいろ考えてることもな。

本来なら密航者は海獣のエサか新人船員の銃の練習台かだが、今回は許す。

ついでに、ドレスローザまで運んでやるよ」

「えっ、待ってくれ、ロー!」

「ああ、遠慮はするな。おまえの親父から息子の治療費ぶんだくるついでだ。

昔なじみだからな。相場の五倍でサービス……」



「いや、オレ、ドレスローザ帰んないよ?」

「――――はっ?」



足取り軽く船長室へ向かうローの足が止まった。

背後からの、ローの歩みよりも軽やかな声が、襲撃した船に繋いだロープよりするどくローの足に絡みつく。

おそるおそる振り返れば、さきほどまでの引き締まった顔はどこへやら。

そこにあったはあぐらをかいて、両の眼きょとんとむいたアロンソのたぬき顔。



「オレ、このまんまローの船に世話になるわ。よろしくな!」

「はあああああああああっ!?」



いかにも人畜無害な顔で言い切った、あっけらかんとしたアロンソとは真逆にローの面には驚愕と怒りが混ざりあって、青くなるやら赤くなるやら大忙し。

こめかみはおろかアロンソの胸倉つかんだ腕にまで血の管浮かんでビクビクと、見ていて不安になるほど蠕動を繰り返している。



「俺の船に世話になるだぁ?

このバカアル! なに寝ぼけたこと抜かしてやがる!?」

「言ったまんまだよ。

オレ、この船に乗る。そんで、トレーボル探す」

ローの憤怒など、炎天下のした、一瞬踏み出した浜辺ほども感じてないらしい。

アロンソは恐れるどころかなお平然と、



「トレーボルな、どうやらいまは国(ドレスローザ)にいないらしいんだ。

ドレスローザが誇る諜報機関のTOP(ヴァイオレットさん)が調べたんだ。まちがいない。

で、オレ、じつは今日トレーボルの息がかかった例の新聞社に行ったんだよ。

いま、トレーボルがどこにいるのか。ダメ元で聞いてみようと思って。

――――まあ、ダメもダメダメ、門前払い食らった上に、帰り道でおまえの言う"コロシのプロ"に襲われたんだけどさ。

どうにか人の多い港まで逃げ出したところで、水平線の向こうにおまえの海賊旗が見えた。

新聞やロシーおじさんが持ってきた写真で何度も見たことあるから知ってたよ。


で、見た瞬間シメた! って思ったね!

おまえの船に乗せてもらえば、いろんな国に行ける。

その先で、トレーボルに会えるかもしれない。

会えなくても、トレーボルにつながる情報が手に入るかもしれない。

いきあたりばったりだが、ただ国でじっとしているよか何倍も効率的だろう?


――――あと単純に国の医者にかかりたくなかった!

だって国の病院にかかったらぜったい親父の耳に入る!

あの毛玉親父のことだ、下手したら強制的にひきこもりやらせられるっ!

カーチャンにもムチャしたってまた叱られる!!

レベッカにもぶん殴られるかもしれねぇ!!!

だからオレは帰りたくねえ!!!!」

「バカか――――!!!!!」

最後に泣きが入ったところでローの堪忍袋の尾にも切れ目が入った。



「なにがシメた! だ!

人の都合もなにもムシしやがって!

おまけに叱られるのがイヤで帰りたくないだぁ~ッ!?

ガキか、てめえは! イヤ! ガキだ、てめえは!!

俺の船にガキの居場所はねえ!

最初の予定通り闘魚の胃袋がてめえの終の棲家だ!!」

「ぎゃー!? やめろ!! 待てって!!

こっちはケガ人で兄貴分で親友で王子だぞ!!

やめろ――――ッ!!!」




「そうね。やめてあげてくれない?

いちおうそれでも、うちの王子様なの」




ヒートアップする命がけのじゃれ合いに、差し込む物柔らかで冷たい声。

心なしか船を取り囲む空気にも冷気が漂っていて、いったいなにごとかと周囲を警戒するローの目の前に、ひらり、と舞い落ちるもののある。


最初は雪かと思った。


だが、雪にしてはいささか大に過ぎ、甲板に落ちたのを見れば、それは羽。

それも、大型の鳥のものと思しきサイズの。



「おしゃべりの邪魔してごめんなさい。

ごきげんよう、今日は波もおだやかでいい天気ね」



ふわり、と船べりに舞い降りたのは女で、鳥だった。

姿形は器量の良い女であるが、どうにも見た者の眉をしかめさせる特徴がある。

本来あるはずの腕のかわりに伸びる鳥の翼。みずみずしい太ももから下につながる鳥の足。

女は、物語に出てくるハーピーそのものだった。


続く


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