アロンソがローの船に襲撃かます話・3

アロンソがローの船に襲撃かます話・3


「ぶっ……そうな冗談だなぁ。なにそれ、海賊ジョークってやつ?」

引きつった笑みでなおアロンソは誤魔化そうとする。


だが、さすがに世に名だたる海賊として世界と渡り合ってきたローと、平和な国という巣の中で安全に過ごしてきたアロンソとでは経験値が違う。

アロンソは空気で悟ったか、それでも、宿題を忘れてきた咎を責められる悪童のきまり悪そうな顔で、

「――――まえに美人局にやられた傷が、泳いでるうちに開きました~って可能性は?」

上目遣いで恐る恐る言い出した悪あがきを、ローは文字通り一笑に付した。



「俺をそこらのヤブといっしょにするな。

傷跡をみて、いつつけられたものか、プロの仕業かどうか。

わからねぇで海賊船の船医なんぞやってられるかよ。

――――その傷がつけられたのはおそらく二回目だ。

前につけた傷の上から、寸分違わず重ねてつけられてる。

素人にありがちな迷いがない、機械のように刺す動作が体に染み付いてる――――。

そこらのチンピラとはわけが違う。コロシを生業にしているやつの仕業だ」

「ひとめで職業暗殺者だって見破れるのかよ。

海賊船の船医ってすげぇけどコワぁ~」

顔を歪めて尻で後ずさるアロンソを前に、しかしハートの海賊団船長殿しらりと曰く、

「船医が、じゃねえ。俺の腕がいいんだ。

……で?」

「で? とは?」

「この期に及んですっとぼけるなよ。

お前のことだ。自分を襲ったやつの目星くらいついてるんだろ」

確信を持って問うローに、先ほどまでのアロンソならばごまかし笑いで煙に巻こうとしただろう。

だがさんざん経験値の差を見せつけられたあとである。

アロンソは唇尖らせ不承不承に、

「――――たぶん、トレーボルだと思う。

あいつ、オレや弟妹たちや――――カーチャンのこと、恨んでるから」

話を聞いたときから頭に浮かんでいた名前が改めてアロンソの口から出てきて、ローはなんども頷いた。

ミルクパズルの最後の1ピースをはめたような爽快ささえ感じていた。



「だろうな。

俺がファミリーにいた頃も、よく愚痴ってるのを聞いたぜ。

"あの女は体を使ってドフィから牙を抜いた、最低最悪の売女だんね!"

……なんて、な……」

口を滑らせたあとで、ローは若干気まずくなった。

乳母日傘で育ったお坊ちゃんに、母親を売笑婦呼ばわりなぞ刺激が強すぎたかもしれない。

だが、てっきりショックを受けて狼狽しているだろうと打ち見たアロンソの表情は、ローが思っていたよりも冷静だった。



「うん。オレも聞いた。

まだもっとガキの頃、熱でうなされてるオレのそばで、

"このままお前がくたばっても安心しな。すぐに母親に後を追わせてやるだんね。べへへへへー"

だってさ。

あんなに近づかれちゃ、熱でボケた頭にも届くってもんだ。

ふつー、病気のガキに言うもんじゃないよなぁ」

アロンソはカラカラと笑った。

しかし呵呵と声を上げているものの、ローの耳にはどこかうつろに響いたし、表情だって常の快活さからはやや遠く、よくよく見れば目には涙の膜がうっすらと。

あきらかに強がっている風のアロンソに、ローは頬の内側でため息を噛み殺す。

(それでごまかしてるつもりかよ、バカアル)

ローは内心の痛ましさなぞおくびにも出さず、話を続けた。


「そもそも、美人局の件からしてトレーボルの仕業だな?」

「たぶん。

だって、偶然新聞社が――――それも、トレーボルの息の掛かった新聞社が現場を通りすがるなんてあんまりにもできすぎてる。

――――まあ、そう考えるようになったのはあとからで、美人局自体はマジで知らずに引っかかっちゃったんだけど」

「逆にトレーボルを引っ張り出すためにわざと騙されたんじゃなかったのかよ。

一瞬でも感心した俺の気持ちを返せ」

「だっておねーさん超! 美人だったし、やさしそうだったし、いい匂いしてたし……。

――――そもそも、トレーボルにそこまで恨まれてるなんて、オレ、思いたくなかったし……」

唇を尖らせ拗ねるアロンソに対して、ローはさきほど噛み殺したため息を思う存分吐き出してやる。



「死にかけのガキにくたばったら母親もあとを追わせてやるなんて言うやつだぞ。

おまえ、そのあまちゃんな性格でよくいままで生き延びてこれたな」

「そこは、オレの知らないところでヴェルゴやピーカががんばってくれてたんだと思う。

考えてみたら、ピーカがオレの近衛兵としてつきっきりで警護するようになったのは、ガキの頃、トレーボルにあんなこと言われた、その時からだった」

「で、近衛兵がついていながらまた腹をぶっ刺された、と。

ハッ、王子ひとりも守れないとは、"国は武力"ってポリシーを一番裏切ってるのはてめぇじゃねえか!」

あざ笑うローを、アロンソは眉根しかめてたしなめる。



「ピーカを責めないでやってくれ。

そもそも、下宿する前に近衛兵の任を解いたのはオレなんだ。

王宮の兵士がつきっきりでボディーガードしてる平民なんていないだろ?


"庶民の目線を知るなんて、しょせん国民の支持を失いたくないあまりに言い出したその場しのぎのデタラメ。

番犬がいなければ、卑賎の者たちの間をおちおち歩くことすらできやしないすくたれ者"

なんて揶揄されるのは目に見えてる。

ほんとうは、下宿先も別のところだったんだけどさ。

親父がなんでか猛反対して――――」

「ちなみに、最初の下宿候補先はどこだったんだ?」

「美人局事件をすっぱ抜いた新聞社」

「~~~~ッ!?」


ローは天を仰いだ。

自身の歯ぎしりの音とのシナジーで、頭の痛みが倍に膨れ上がる。

どこかの誰かが、

『油断したなァ! アロンソとはこういうバカだ!!』

とほざく幻聴さえ聞こえた。



「~~バカだろ、お前ッ」

諸々の思いを端的に籠めた、短いうめき声にアロンソはあっけらかんと言い返す。


「別にオレだって、ネギと鍋と燃料背負ったカモになるつもりはないよ。

でも、現状トレーボルにちょくせつ会うには、これがいちばんてっとり早い」

「ちょっとまて」

ローは手のひら差し出しまったをかける。眉間のシワがさらに深い谷をつくる。

「あいつはたしかおまえの国の大臣だろ。

そんな危ない橋渡らなくても、ドフラミンゴたちの前に呼び出せばさすがのトレーボルも――――」



「トレーボルは更迭された」

「――――ッ!?」



アロンソの言葉はローに衝撃を与えた。

信じられなかった。

ドフラミンゴが海賊団を結成するきっかけを与えたのはトレーボルだと以前聞いたことがある。

ドンキホーテ海賊団古参の中でもとくに船長の信任厚い男である、とも。

その話を裏付けるように、重要な場面ではドフラミンゴの近くにはつねにトレーボルの姿があった。

ローからすれば女子供に嫉妬をこじらせる矮小な男にしか見えなかったが、ドフラミンゴは男を家族とよび、信を置いていた。

他の最高幹部たちもそうであったように見えた。

よほどのことがない限り、ドフラミンゴたちがトレーボルを放逐するとは思えない。



「トレーボルが大臣職を解任されたのは、一年ぐらい前。

表向きは女性団員に対する暴力行為を咎められ自主退陣ってことになってるが、じっさいのところはわからない。

更迭後、しばらくしてトレーボルは姿を消した。

トレーボルの名前が表に出たのは、例の美人局事件のとき新聞社に寄せられた直筆の抗議文が最後。

親父たちに訊いても、はぐらかされてるのか、ほんとに知らないのか教えてもらえない。

ただ、噂じゃ更迭されたのは、親父に内緒でどっかの海賊団とつながりを持ったのが原因だ、とか、妙な科学者を囲ってたからだ、とか、そんな話がでてる」


「よっぽどのことがない限り、ドフラミンゴが"家族"を突き放すとは思えない。

海賊団か科学者か。

ドフラミンゴにとってどっちか――――もしくは両方が"よっぽど"に当たるらしいな」

「ああ……」

アロンソはあぐらをかいたヒザにヒジを乗せ、その上で組んだ拳にアゴを当てて、目を伏せる。

その姿は神に祈る敬虔な子羊めいて神妙な。

中身を知るローでさえも、なにか奇特なものをみた気持ちにさせられた。



「……それで?

ネギと鍋と調味料背負った親切丁寧なカモ様は、主犯に会ってなにをする気だ。

ズタ袋に詰めていままでの恨みをえんえん拳で聞かせた後、奴ひとり分海面を上げてやるつもりか?」

「話がしたい」

皮肉に返ってきたのは、短いが、まっすぐな答えだった。

端的すぎて、一瞬意味を測りかねる。

アロンソの返答にローは首をひねった。



「おなじじゃねぇか」

「海賊流の物騒な"お話し合い"といっしょにするな!

トレーボルにはいろいろ聞きたいことがあるんだよ。

更迭のほんとの理由とか、美人局の一件とか、フェルナンドのこととか……」

「フェルナンド?」

最後にでた名前に、ローはつい口を挟む。

聞き覚えはあるがなじみのない名前だった。



「ドンキホーテ・フェルナンド。

おまえとロシーおじさんが出てった後に生まれた、オレの弟だ」

「ああ……どうりで聞き覚えがあるはずだ」

アロンソの説明に、ローの頭の中でひとつの像が結ばれる。

それは満面の笑みのコラソンと、彼の腕に抱かれ、はにかむ金髪の幼児の写真だった。




立場こそ海軍と海賊という敵対関係であるが、コラソンとローはいまでも交流がある。

といっても、やはりちょくせつ会うのははばかられるため電伝虫で喋るくらいがせいぜいの、それとて中身は世間話の域を出ないものばかり。

だが、極稀に出先でバッタリ出会うこともある。

そういうとき、コラソンはいつもこちらが頼んだわけでもないのにドレスローザの近況を――とくにドフラミンゴ一家のことを――微に入り細に入り教えてくれる。

フェルナンドのことも、そのとき聞かされた。



「コラさんからなんどか話は聞いてるぜ。

たしか、見てくれこそおまえの親父の若い頃そっくりだが、中身はまったく違うってな」

「じっさい、フェルナンドは兄弟の誰よりカーチャン寄りの人間だよ。

やさしくて、正義感が強くて、自分よりも他人を優先する。

――――だからこそ、気になるんだ。

カーチャンを蛇蝎視しているトレーボルが、どうしてカーチャンそっくりなフェルナンドにわざわざ会いに来たのか……」

「いちおう立場上は王子と臣下だ。

話す機会くらい、いくらだって」


「――――トレーボルとフェルナンドが会ってたのは、トレーボルが更迭された後。

もっといえば、世間から姿をくらましたあとだ」

「……ほぉ」

ローは器用に片眉を上げて目を眇めた。

漏らした吐息に興味の欠片が乗る。

聞きとがめたアロンソが軽く睨むが、ローは気にせずあごをしゃくって先を促した。


続く

Report Page