アレクシオス・コムネノス 幕間「親と子」
『元気ないね?』
『なにかあった?』
いえ、マスターなにも。
少し用があるので失礼します。
シミュレーションの時には間に合いますので。
『行っちゃった……』
『……よし!』
用など嘘だ、じっとしていればこの業火はきっと……
それだけは避けなければならない。
”私”は”私”でなくてはならない。
それこそが私の存在意義なのだから。
……っと失礼。
あ、いえ大丈夫ですよ。
そちらも怪我はありませんか?
なーんてサーヴァントである私たちにはいらないおせっかいでしたかね!
……母に似ていた彼女に、怖くなって答えを返せずにいた。
『大丈夫』
その一言が余りにも遠かった。
……少し、時間はありますか?
なにかを察したのだろう。
彼女は、招くようにして個室へと入っていった。
……倉庫、いや、食料貯蔵庫か。
なにを迷っているんだ。
マスターに用があると言ったくせして、
しかし、口に出たのは思いもよらない言葉だった。
「少しだけなら」
食料貯蔵庫の明かりは強くはなく、頭上にある明かりと、廊下から伸びる明かりで
彼女の顔は見えなかった。
……なにを、探しているんです?
言葉にして驚く。
マスターや見知らぬサーヴァントに気を使わせて、
時間を浪費させているというのに申し訳なさも浮かばない声に。
えーと、これを……
そう言い、手慣れた様子でなにかを取り出す。
……明かりは届かない。なにが書いてあるかも分からなかった。
……それは?
わ、知りませんか。知りませんよね~
太らないからって色々と飲み食いし過ぎたかなぁ……
小さい声で、そんな風に聞こえた。
サーヴァントは飲み食いなど必要ない。
必要なものは現界に必要とする魔力。
それだけがサーヴァントをサーヴァントたらしめる。
カルデアに供給されている以上、
アヴェンジャーたる私はアヴェンジャーであることを求められる。
ふと、嗅いだことのない匂いがした。
う~ん、内緒です!
知りたかったら一緒に来てください!
屈託のない声が、あまりにも聞き馴染みがなくて。
なにを話すでもなくついていってしまった。
……ここは、食堂?
現界し、初めて見る光景。
カルデアの食堂。
サーヴァントには必要のないもの、
しかし、それでも連日ここから声が絶えることはない。
座っていてくださいと促され、
端の方で椅子に座る。
今は誰もいない。
当然だ、大事なシミュレーションを前にしている。
サーヴァントであるならば、ココに来ることはない。
チクリと、胸を刺す。
これは、きっと罪悪感だ。
既に捨て去らなければならないもの。
しかし、未練がましく今も持っているなど、復讐者として情けない。
────あぁ、いまも。
ふわりと、甘い匂いが辺りを漂う。
白いマグカップを持った彼女が、すぐ傍に立っていた。
ココアって言う飲み物なんです。甘くて美味しいですよ。
黒い、しかし、茶色と言った方が正しいその色は、見たことも聞いたこともなく……
カップを持ち、口を付ける。
味は……しない。
当然だ、復讐に身を投じた時から、既に味など分からない。
愛していた母と父の顔すら、もう分かりはしない……
しかし、そんなことを彼女に言うわけにはいけない。
美味しいですよ。
そんな嘘を吐いた。
でも、目の前に指を立てられる。
コラ、そんな嘘を吐いちゃダメですよ!
顔も分からない彼女が、怒っているのを感じた。
いや、怒っているのではな”く叱っている”のだ。
母が子供を叱るように。
……すみません。
本当は味が分かりません。
匂いは感じる、きっと甘い匂いだ。
でも、味は感じない。
声は分かる。とても優しい声だ。
でも、顔が分からない。
静かに、ポツポツと絞り出すような言葉を彼女は何も言わずに聞いていた。
飲み込んだ言葉に、むせかえりそうになる。
言葉は、追いつかず、
サーヴァントには必要のない、
涙で前が滲む。
あぁ、なんて情けない。
頬に手が触れる。
白い、白い手だ。
しかし、痛みを知っている手だ。
お母さんとおんなじ手だ。
声が洪水となって流れる。
復讐者となったあの日、流さないと誓った涙が声とともに溢れる。
……すみません。御見苦しいところを見せてしまって。
いえいえ、大丈夫です!これでもお母さんですから!
涙でかすんだ目には顔も見えない。
けれど、きっと彼女は明るい笑顔を浮かべているのだろう。
そう思った。
『あ、いたいた』
『おーいアレクシオス』
すみません、マスター。
用があると席を立ちながら……
もうすぐシミュレーションの時間ですね。
待機しておきます。
『また、いっちゃった……』
『でも……ありがとう』
『パールヴァティー』
急にマスターに声を掛けられてビックリしちゃいました。
でも、大丈夫です。困っている子どもは見逃せませんから!
……なんて、彼には失礼かもしれないですね。
それに、私は必要なかったかもしれませんし……ね。
すまない。パールヴァティー殿。
私の息子が迷惑をかけた。
大丈夫です!でも、すまない……なんて言われるよりも、
ありがとうって返してくれた方がもっと嬉しいですよ!
む、そういうものだろうか。
すまない、善処する。
あ、また!
む……
あれには、幼い時より私のせいで迷惑をかけた。
産まれた頃から放浪し、彷徨う私と、会う時間すら設けることは少なかった。
そのせいだろうか、現界しても、あの子と顔を合わせることも……謝ることすらできなかった。
ふふ、
む、おかしなことを言っただろうか。
いえ、でも。彼はあなたによく似ていますよ。
…………
シミュレーションの時間だったな。失礼する。
『あ、待ってアンドロニコス』
……とても、よく似ています。
できるなら、あの親子が席を共に出来る時がくると。
あなたのために願いましょう。
だって、同じ母親ですから。
……
…………
……………………
マテリアル開放
復讐者として現界したが、英霊は全盛を呼び出すもの。
そして、彼の復讐者としての全盛は十代前半の子供である。
肉体は彼の全盛を投影し、心は復讐者としてのもの。
父を悪く言った相手が許せず、殺めてしまったことから、
その死を無駄にしてはならないという意志を手に、彼は復讐するものとして現界するに至った。
本職の復讐者いわく「子供のごっこ遊び」
だが、彼にとって復讐は正当なものだと信じ切っている。
復讐する相手はなにより己だと考えており、
復讐するふりをして、復讐の業火に身を任せたがっているが、
責任感が強い彼は己が業火の炎に飲まれることを赦さない。
しかし、同時に止まることも後ずさることも許さないと考えており、
なにもせず自らの業火を鎮めてしまうことを恐れている。
本来であれば、サーヴァントのような形をとることはないが、
同じ痛みを源流に持つ、彼と同じ名前の英雄が彼にサーヴァントにふさわしい力を与えた。
それは正しかったのか、それとも……
特殊会話
ジャンヌダルク・オルタ→
復讐者?子供のごっこ遊びでしょう。
それにね大人の皆さんが指摘しないので、私が言ってあげましょう。
あなたのソレって、ただの子供の癇癪と一緒よ。
関係者面されるのはいい迷惑です。