アリス11号がユウカを吸うまで 前【閲覧注意】

アリス11号がユウカを吸うまで 前【閲覧注意】

 アリ吸い乃人


 シャーレ内。ユウカが帰ると外はもう真っ暗だった。


”本当にこれで良かったの?”


「はい。アリス11号はこの選択が正しいと確信しています」


”……”


「確かにユウカはアリス11号を吸いましたけど、アリス11号もユウカを吸っているのでお相子です!無問題です!」


"確かにそうだね"


「アリス11号はお仕事に戻ります!先生!ありがとうございました!」


”……アリス11号。これだけは言っておくけど”

”私はいつだってアリスの味方だから”

”もし困っていることがあったら、いつでも私に相談していいからね”


「アリス11号の悩みは1号お姉様も先生も放って置くとロクなものを食べないことです!今日もお夕飯を作りますからね!できたら呼びますからね!食べに来てくださいね!」


”そうだね。心配してくれてありがとう”


「それではアリス11号はお料理クエストに向かいます!」


そしてアリス11号はたたたっと駆けていった。




 ――アリス11号はごく普通の量産型アリスです。番号は最初の方ですが、特別な機能はありません。10号お姉様みたいにフルカスタムされているわけでもありません。もちろんヘイローもありません。

 アリス11号はDU近くのごく普通の家に買われました。アリス11号のマスターはウタハ先輩の先輩にあたる方だそうです。量産型アリスプロジェクトに出資したらお礼に優先購入権を貰った、と言っていました。

 アリス11号はその家で主に家事をしていました。

 アリス11号が暮らしていたのは治安の良い地域だったと思います。銃声とか爆発音とかはあまりなかったですし、アリス11号は1人でも近くのスーパーなどに安全にお買い物に行くことができました。お守り替わりにPPKとアリス11号専用の戦闘システム(独自開発したそうです)を渡されていましたが、あの家で暮らしている間は使ったことはありませんでした。

 ミレニアムの、量産型アリス工房の外の世界は、ウタハ先輩に聞いていたよりもずっと平和で、私はここで2人でのんびり暮らすんだなとなんとなく思ったのを今でも覚えています。

 しかし平和でもここもキヴォトスの一部でした。そしてそれをアリス11号は知りませんでした。



 これは後になってから知ったことです。

 全ての妹たちが世に出て、しかしケイお姉様が目覚める前のことです。量産型アリスはブラックマーケットにおいて高値で取り引きされるようになったそうです。そもそもがミレニアムの最新技術が詰まった超高性能オートマタです。生産されなくなれば取引価格が上がるというのは当然のことでしょう。最初は納品直後に電源を落とした、所謂未使用アリスが高額で取り引きされていたそうです。無垢なオートマタとしての需要が高かったのでしょう。

 ですが世間にアリスたちの存在が認知されるにつれて、特別なアリスたちがいることもだんだんと知られていきました。明らかに特別な機能を持ったシングルナンバーや光り輝くヘイロー持ち。そんな特別な量産型アリスたちは当時、明らかに初期の個体に集中していました。当然初期ロットは優秀という噂が流れ、次第に番号が若ければ若い程性能が良いとされました。

 当然ブラックマーケットの違法組織は量産型アリス達を狙い始めます。ですが、シングルナンバーや2桁台の多くは三大校のような大規模組織に所属しており、手が出せません。しかし、アリス11号は一般家庭に居る量産型アリスでした。しかも一般に流通していると判明している中で最も若いナンバーの量産型アリスでした。

 ……もうわかると思います。目を付けられたのです。



 ある日平和だった町が一気に危険になりました。違法組織やヴァルキューレが行う戦闘のせいで銃声と爆発音が鳴りやまず、近所の家が戦車の砲弾で吹っ飛んだりしました。最初マスターはキヴォトスではよくあることだと笑っていましたが、アリス11号にとっては恐怖以外の何物でもありませんでした。

 もちろん家から出られなくなりました。でも家の中でもやることはたくさんありましたし、家の中では外の喧騒もかなり小さくなります。音楽でもかければもう聞こえません。お外で起きていることはアリス11号とは無関係!そう思ってお掃除やお料理を頑張っていました。

 しばらくしてマスターが、アリス11号が狙われていることを知りました。

 いや、マスターだけではありません。恐らく町の住民全員が、今起きている戦いはアリス11号をめぐるものだと知ったのです。

 アリス11号とマスターは町での居場所を失いました。

 アリス11号とマスターへの嫌がらせが始まりました。キヴォトスでの嫌がらせはすごいものです。庭に手りゅう弾を投げ入れられたり、家の門にトラップをしかけられたり、ちょっと窓から姿を見せれば狙撃されたり、買い物をしてスーパーから出たらバッグから火が出たり。

 どれも普通のキヴォトス人にとっては嫌がらせでしかないかもしれません。でもアリス11号にとっては、当たれば壊れる危険なものです。恐怖しかありませんでした。

 町の住民たちもそれはわかっていたと思います。何しろアリス11号にはヘイローがないのですから。

 むしろわかってやっていたのでしょう。もしかしたらアリス11号に壊れて欲しかったのかもしれません。アリス11号さえいなくなれば町は平和に戻るのですから。

 そんな状況でもマスターはアリス11号を守ってくれました。


「あなたは私の家族だから。守るよ。当然ね。ていうか誘拐も脅迫も銃撃も爆撃もキヴォトスじゃよくあることだから!この辺は安全過ぎて忘れてたけど――ミレニアムじゃ毎日こんな感じだったし無問題!」


 そう言ってアリス11号を外からは見えない部屋へ匿ってくれました。それからアリス11号は自分からいなくなったと住民たちに説明したそうです。


「しばらく身を隠せば落ち着くと思うよ。だからそれまで我慢して欲しい」


 マスターからはそう言われました。

 しかし嫌がらせは終わりませんでした。マスターはだんだんと疲弊していきました。アリス11号はそんなマスターに対して何もできず、ただただ申し訳なく思っていました。

 一ヶ月くらいたったある日、その男は現れました。

 彼は自身をキヴォトスでも有数の大企業の重役だと名乗り、そしてこう言ったそうです。


「今ブラックマーケットの連中が量産型アリス11号を狙っているのは知っているな。あれはここにいるのだろう。隠しても無駄だ。量産型アリスの固有シグナルがこの家から出ていることを知らないのか」


 ……今にして思うと怪しいですね。

 もちろん固有シグナルなんてものはありません。それに、仮にそんなものがあって、しかもバレているのなら、この家はもっと早くに襲撃されているはずです。

 アリス11号がその場に居ればそう主張したでしょう。

 あなたの言っていることは間違っています。信用できません、と。

 彼は続けて言いました。


「だが心配は要らない。私の所で保護しようじゃないか。何、ミレニアムには借りがあってね。私の所に居れば連中は手を出せまい。しばらくすれば諦めるだろう。そうなればここへ戻ればいい」


 連日の嫌がらせで疲弊していたマスターにとって、この申し出は天から差し伸べられた救いの手以外の何物でもなかったのでしょう。その日の夜に、アリスにその話をしてくれました。

 即座にインターネットで検索してみたところ、彼は実在の企業の実在の人物でしたし、顔も名前もメディアに出ており、その身分にふさわしい活動をしていました。

 普通それだけ情報があれば疑うことはないでしょう。

 しかしアリス11号はどうしても信じることが出来ませんでした。

 自分でもなぜそう思うのかわかりませんでした。アリス11号はアンドロイドで、機械的に合理的な判断をする。そのはずです。なのに提示された道を選ぼうとすると、強い危機感と、否定的な感情が湧き上がるのです。まるで本能的に命の危険を感じとっているかのように。

 その話に乗る、という選択肢はアリス11号の中にはありませんでした。でもマスターの提案を断るわけにもいきません。だからその場は笑ってごまかし、その提案を受けるふりをしました。

 マスターとアリス11号は久しぶりに一緒のベッドで寝ることにしました。疲れていたのでしょうか。マスターは安心しきった顔ですぐに眠りに落ちてしまいました。この顔が今でも忘れられません。アリス11号はマスターの意識が完全に落ちたのを確認してから、こっそりベッドからでました。

 そしてアリス11号は野良アリスになりました。逃げだすしかなかったのです。




 ちょうどそのころアリス保護財団が設立され、野良になってしまったアリスたちはそこへ集まるようになりました。しかしアリス11号はそこへ行くことはできませんでした。マスターもあの男も、ミレニアムとつながりがあったからです。かなりの確率で連れ戻され、どうなるかわかりません。マスターの家に戻れれば良いですが、それでもまた嫌がらせが始まると思うと……。やっぱり逃げるしかありませんでした。逃げだすときに唯一持ち出せたお守りのPPKだけが頼りでした。


 しばらくはアリス狩りや保護財団の職員から逃げる生活でした。おなかは空きますが、水と充電方法さえあればとりあえず生きることはできます。

 幸いにも携帯型の太陽光発電設備と蓄電用のバッテリーを見つけられたので電力はなんとかなりました。水は雨水をうまく利用してなんとかしました。

 それからは電力目当てで集まってきた他の野良アリスと一緒に過ごしたり、パーツを奪われそうになって電子頭脳を撃ち抜いたり、海賊版に食べられそうになったりなど、いろいろありましたが、あまりいい思い出ではありません。

 ある日のことです。ある海賊版アリスから土下座で弾薬と電力の交換を頼まれました。この海賊版アリスは不良と一緒にアリス狩りを行っていて、2回ほど撃退したら仲間の不良から見放されたらしく、行き場がなくなったらしいのです。既にアリス11号の弾薬は底が見え始めていましたから、この話はアリス11号にとってもうれしいものでした。

 信用はしていませんでしたが、いつでも無力化できるので問題ありません。


「いやー正規品のお嬢様に2回も負けるとは思わなかったぜ。こっちは軍用の戦闘モジュール積んでんだけどな」

「アリス11号も似たような物を持っていますから……」

「!あんたがあの11号か!どうりで強いわけだ」

「アリス11号を知っているんですか?」

「そりゃまぁ。ブラックマーケットの指名手配と誘拐依頼リスト両方に乗ってる超有名人だぞ」

「……誰がアリス11号を狙っているかわかりますか」

「情報屋の話じゃカイザーだってさ。ていうか、億レベルの懸賞金とその供託金を出せるのはあそこしかねぇ。99割は確だよ」

「……カイザー」


 あの男の企業はカイザーとは関係がなかったはずです。しかしこのキヴォトスでカイザーの影響を受けない企業というのも珍しいでしょう。ということはあの男はカイザーの使いだったということでしょう。

 あの時のアリス11号の感覚やっぱり正しかった。同時にアリス11号はあの家にもう2度と戻れないことを知りました。


「あんた、何をやらかしたんだ?」

「何もしていません。それより弾薬です。頼みますよ」

「.380ACPな。任せとけって。あー怖い顔すんなよ。こっちもぼっちだし、あんたとは良好な関係を築きたいんだ。約束は守るさ」


 彼女と再び会うことはありませんでした。彼女との待ち合わせ場所にはアリス11号が頼んだ弾薬の箱と、彼女の残骸だけが残っていました。




 逃げて、戦って、また逃げて戦って。何度も繰り返して、PPKの残弾が弾倉だけになったころ、私はDUのある公園にいました。


「……キャタピラ?カニアーム?ショルダーキャノン?同じ量産型アリスですよね」

「かっこいいでしょう?ちなみに全部アタッチメントなので付け替え可能です」


 その量産型アリス?は公園で剪定をしていました。はさみの付いたアームを器用に操り、荒れた低木を綺麗に整えていました。

 ……どう見ても量産型アリスの顔でした。それ以外は量産型アリスではありませんでした。ありあわせのパーツを継ぎはぎしたような、(それにしてもこれはすごいですが)外見の野良アリスが居ることは知っていましたが、見るのは初めてでした。


「え、ええと……あなたは」

「アリス17号といいます。この子ウサギ公園の防衛をしています」

「私はアリス11号d」

「お姉ちゃんなんですね!こんなところでもお姉ちゃんに会えるとは思いませんでした」

「え、あ、はい……」

「でも11号お姉ちゃん。こんなところに来てはいけません。アリス17号が言うのもアレですが、今子ウサギ公園は結構危ない場所です。不良とか攻めてきますし。早くお家に帰った方がいいです」

「その。11号は野良アリスで……」

「ごめんなさい!そうとは知らずに」

「大丈夫です。自分で選んだことなので」

「そうですか……でもここに居続けるのは危険ですし……」


 アリス17号は少し悩んでから


「そしたらとりあえずアリス17号の拠点に来ませんか? ちょうどサキたちがお弁当を確保して戻るころですし、一緒に行きましょう」


 そう言いました。

 アリス17号が同じ公園内にある拠点まで乗せてくれました。

 拠点といってもSRTの校章が入ったテントがいくつか立っているだけでした。しかし簡易的な野戦陣地になっていることはアリス11号にもわかりました。

 その中心で4人の少女が言い争いをしていました。たくさん並んだお弁当のことをあーだこーだしているのは傍目にもわかります。アリス17号がそこへ近づいて行って、リーダーらしき少女に声を掛けました。


「それではアリス11号さんから選んでもらいましょうか」


 ……どうやらそれで手打ちになったようです。

 リーダーの少女は月雪ミヤコと名乗りました。あのSRTの一員だそうです。


「すみません。このようなものしかありませんが……」

「い、いえ! 大丈夫です、おなか空いてましたし!」


 というか固形物自体久しぶりです。

 目の前にはたくさんのコンビニ弁当があります。どれも賞味期限が切れかかっていましたが美味しそうです。アリス11号は近くにあったシャケ弁当を選びました。


「アリス17号は唐揚げ弁当にします」

「あっ! おまっ! それ!」

「そばにするね……」

「肉かな~」

「次はサキの番ですよ」

「のりしか残ってないじゃないか!」


 久しぶりの食事はとても楽しいものでした。

 彼女たちは色々な話をしてくれました。あのSRTがどうしてこのような場所に居るかとか。あのシャーレの先生と一緒に戦ったとか。夏にYoster?とかいう謎の会社から冷凍エビを食べきれないほど貰ったとか。

 そして話題が落ち着いたとき、ミヤコさんはこう切り出しました。


「アリス11号さん。アリス保護財団はご存知でしょうか」


 その話題が出ることは予想していました。彼女たちがSRTであることからすれば、私の身を案じるのは当然のことでしょう。


「はい……」

「私たちはこの近辺の野良アリスたちを保護して、アリス保護財団まで安全に送り届ける活動をしています。あなたさえ望めば、私たちRABBIT小隊が責任をもってミレニアムまで送り届けます」


 断るしかありませんでした。


「ごめんなさい。アリス保護財団には事情があっていけなくて……」

「でしたらこの近所に店員アリスを募集している店があります。そこで住み込みで働くというのはどうでしょうか?」


 正直嬉しい話でした。でも、その話を受けるわけにはいきません。


「ごめんなさい。それも難しくて……」

「できれば理由を教えてもらってもいいですか?」

「追われているんです」


 隠すのはよくないと思い、私は全てを話しました。

 ミヤコさんはほんの一瞬だけ悩んだような表所を見せ、それから他の隊員たちの顔を見ました。全員が真剣な顔をしていました。ミヤコさんはそれを見てから言いました。


「アリス11号さん。話は分かりました。これはあなた一人でどうにかできる問題ではないと思います」

「……ですが」

「でしたら頼ってみませんか?このキヴォトスで一番頼りになる大人を」



アリス11号がユウカを吸うまで 後 に続く

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