アプゲレス
白亜の騎士、パーシヴァル卿は手にした聖槍を構えると、何の躊躇もなく自分らへと突き刺す。 その刺突に一切の容赦はない。明確な敵意と殺意が籠った一撃である事は疑いようもない事実だ。
間髪を入れぬ道化の神出鬼没な追撃もあり現状打破の目処はまだ立たず、少なくとも主を抱きかかえたままの現状では、ただひたすらに鋏と槍から逃げ惑う以外の選択肢を見い出せない。
……考えうる限り最悪の展開。
一対多、そして自分は思うように戦えず、逃げの一手を打つしかない。無力な己では、勝てる可能性が見つからない。
「─────バーサーカー」
両の腕で抱えている主の声で、意識が引き戻される。
「私ね、まだやらなきゃいけない事があるの。だから……」
信頼と、確信が宿った声。
「あなたが守ってくれる?」
覚悟を込めた双眸が此方を見据える。
そこには決意と誇りが混在しており、同時に怯えも見えた気がした。そんな彼女が、どこか"あの人"と重なった。
「バーサーカー!東…道化のいる方向に突っ切って!」
彼女は己の身体を預けたままで、全幅の信頼と共に告げる。
ならばこの身は騎士として、主の盾となり剣となるまで。
主が身を寄せた事で右手が空いた。剣の一つさえあれば、道化の鋏程度弾き飛ばせる。
道化の二刃を切り返し、空いた胸元を突き飛ばす。胸元から見える筋肉は飾りか、道化は容易く吹き飛ばされる。
「今、突っ切って!」
彼女の言葉通りに疾走し道化との距離を離す。このまま主が指示する場所へ…と。そんな甘い考えは、天より降り注ぐ閃光にて切り裂かれる。
「…なによ、あれ…」
空を仰ぐ主が何を見たかは知らない。自分はただ、走れば良いだけなのだから。直感とは中々に外れぬもので、敵の猛攻がある程度は何処に放たれるかは感じ取れる。
何が降り注いだかは分からぬが、確実にこの身だけを狙い撃たれたソレは、直撃すれば主の身はひとたまりもないという確信がある。
「…っ!気を付けてバーサーカー!アイツ旋回しながらこっちに…」
主の声もまた、"閃光"に切り裂かれ。その言葉より一秒足らず、閃光の正体が正面から迫ってきた。
少女がいた。天使のように純粋な眼をしているそれは、戦う為にデザインされた存在ではないと、直感が告げた。
「屈んで、マスター!」
激突の瞬間、身体を縮ませすれ違う。
一陣の風は頭上を通過して、そのまま後方のパーシヴァル卿と道化師へと…
後方より響く鈍い音と、主のしてやったりと言わんばかりの口角に一抹の安堵を憶えながらも走り続ける。
「よくやったわバーサーカー!ある程度の時間も稼げたしあと少しで到着よ!」
木々を抜けて、広い空間に出る。主が行けと言っていたのは事だったのだろう。
「ここで良いわよ。下ろしてちょうだい」
そう言うと、主は猫のようにぴょんと飛びながら地面へと降り立つ。
「さぁ…蹴散らしなさい、バーサーカー。相手がバカ真面目に真っ直ぐ攻め込んでくる戦音痴で助かったわ」
山中。開けた空間。そして、真正面から迫りくる英霊達。なるほどそういう事かと、自分のすべきことを理解する。
英霊三騎…パーシヴァル卿、道化師、天使のような何か。何者かは分からずとも、我が一撃を以て三基をも屠れるならば上出来であろう。
剣を顕し、両の手でしかと握り込み、謳う。
簒奪の聖剣の真名を─────────
「──────呑まれ、喰われて…堕ちよ!」
全身の魔力が剣に吸い取られ、純粋なエネルギーの塊が剣の切っ先から迸る。
「貴方に捧げる(エクス)────────」
一歩、足を踏み出し。全霊を以て聖剣を振り上げれば。
眼の前(ヒカリ)は、闇へと包まれる。
「───勝利の剣(カリバー)ァァァッッ!!」
夜より昏い極黒の稲妻が、木々を、大地を、空を、世界を黒く塗り潰さんとばかりに侵していく。
数秒経った後、世界を覆い尽くした闇は消え去り、静寂が場を支配する。
元より自分と主以外は存在してなかったかの如く、されど我が宝具の爪痕は、荒れ果てた大地に刻まれていた。