アビドスイーツ団とミルクプリン
アビドスへと拠点を移した元スイーツ部ことアビドスイーツ団。
「アビドスに来て良かったね、ナツちゃん、ヨシミちゃん」
「ええそうね。こんなにも食べきれない程に砂糖があるなんて思いもしなかった」
「財布の軽さに頭を悩ませることも、糊口をしのぐような飢えもない。良い場所だな」
話に聞いていた広大な砂漠に圧倒されたものの、同じように訪れた観光客や立ち並ぶ店の活気に、スイーツ団の3人は心を弾ませていた。
「明日はまた別の場所に行こう。だが薄くなった財布は容易く厚くはならない。節制は覚えるべきだろう」
「う、うん。それはそうだね。アポピでパフェにお金使いすぎちゃったからこっちに来たんだし」
「働くってのなら、トリニティみたいに自警団として動くのはどう? 砂糖を奪おうとする悪い奴らをこらしめて、それで悪い奴らから砂糖を没収するの」
「良い案だ。悪い奴らから砂糖を回収し、奪われそうになった店からも報酬として砂糖を頂戴すればwin-winの関係になる、我々は安泰だ」
「ヨシミちゃんもナツちゃんもすごい! 私そんなの思いつかなかったよ」
ヨシミの提案を肉付けするようにナツが補足すると、アイリはほえ~と感心したようにキラキラと目を輝かせる。
「だがそれは明日からだ。今日をしのぐためにも、こんなものを用意した」
「……プリン?」
「ミルクプリンだ。安く売っていた砂糖と他の食材ですぐに作れるものといえばこれだったからな」
「ナツ、あんた料理できたっけ?」
「失礼な、と反論したいところだが、生憎本格的なものは無理だ。これは蒸したやつじゃなくてゼラチンで固めるタイプの手軽なプリンだからな。それくらいは分量を量ればできる」
「すごい! 綺麗に出来ててまるでお店のプリンみたい」
アイリはスプーンの先でプリンの表面を跳ねさせる。
尊敬の目で見つめるアイリの姿に、ナツは鼻をかきながら自慢げに笑った。
「よし、ではこれで明日への英気を養うとしよう。乾杯」
「「乾杯!」」
ナツの音頭に合わせてワイングラスのようにチン、とカップを鳴らし、3人はプリンを口に運んだ。
「おいひぃ……おいしいよナツちゃん」
「ああ~これこれ、幸せ……やればできるじゃない」
舌に広がる幸福の味に、知らず知らずのうちに頬が緩んでいく。
「ふふふ、もっと褒め称えるといい。おかわりもあるぞ」
「わぁ!」
じゃん、と追加で出てきたプリンに歓声が上がる。
まだまだ味わえる、と期待を膨らませたアイリは、ポツリとつぶやく。
「こんなにあるならカズサちゃんにも分けてあげないと……え?」
「アイリ、どうし……あっ」
「……カズサか」
アイリの口にしたこの場にいない1人の少女の名前に、冷や水を浴びせられたように3人は肩を落とした。
「ごめんなさいカズサちゃん。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「あたしのバカ! どうしてあんなこと言っちゃったんだろう……」
「自分たちで決めたこととはいえつらい、いやそんなことを言う資格すらなかったか」
先程までの高揚などすっかり忘れて、心に吹く風の冷たさに、ガタガタと体を震わせる。
とめどなく流れる涙をぬぐうこともできず、機械的にプリンを食べる3人だった。
「……なんの騒ぎですか」
騒ぎを聞きつけて、そこに現れたのはミヤコだった。
「すすり泣く声がするとかいう通報があったから来てみれば、あなたたちでしたか」
「……ああ、前に見たことがある。アビドス生徒会の幹部だったか」
いち早くミヤコの来訪に気付いたナツが、涙を流しながら答える。
「そんなことはどうでもいいです。何があったか説明してください」
「おかしいんだ。我々は自作のプリンで普通にスイーツパーティをしていただけなのに、こんな気持ちになるのはおかしい。涙がとまらないんだ」
「スイーツ? ……ああ、なるほど」
ミヤコはナツの証言を聞いて部屋を一瞥し、転がるプリンのカップの殻を数えて納得したように頷いた。
「それはそうなるでしょうね。『塩』を入れた料理をそんなに食べれば」
「……は? 塩?」
「ええ、『砂糖』はアッパー効果をもたらしますが、『塩』は真逆です。ダウナー効果をもたらして気落ちさせるので」
「塩なんて、そんなものは知らない! そんなはずない!」
初めて聞く言葉に、ナツは激しく吠えた。
「だってプリンだ、プリンなんだぞ!? 砂糖を入れるに決まってるじゃないか!」
「砂糖と塩を入れ間違えるなんて初歩的すぎるミスです。漫画の読みすぎでは? ……ああ、味覚の異常が進行しているようですね」
「え?」
ナツはそう言われて、カップにわずかに残っていたプリンをこそぎ取るようにして舐めた。
牛乳の香りも、卵のコクも何もない。
舌に感じるのは塩味だけだった。
明らかにプリンの味ではない。
それでもナツの舌は、それを美味しいと認識した。
ナツと同じように美味しい美味しいと連呼していたヨシミとアイリもそうだろう。
「……アビドスイーツ団。カズサにはああ言ったが、甘味と塩味の違いすら分からなくなった堕ちた獣には似合いの名前か」
頽れるようにへたり込み、ははは、とナツは力なく笑った。
それを見下ろしたミヤコは、道路に転がる兎の死体でも見てしまったかのように顔を顰めた。
「まったく、何度同じようなことをさせれば気が済むんですかね、あの人たちは……」
塩と砂糖のすり替えというこれが、意図的なものなのかはミヤコには分からない。
塩への耐性を見るために人為的に仕組まれたことなのか、あるいはアビドスという砂上の楼閣を求める人間の目を覚ますためか、はたまた惨状を見せてミヤコに諦めさせようとしているのか。
アビドスに来てから、何度も同じような人間を見た。
どうにもならない現状にうんざりしてため息を吐きながら、ミヤコは使い物にならなくなった3人が自殺したりしないように、機械的な流れ作業でその口に飴玉を放り込んでいった。