アナタノニオイ
バジル・ホーキンスには今気になって気になって仕方ないことがある。
「………」
「………」
目の前にいる飛び六胞、X・ドレークからするとんでもなくいい匂いだ。
甘くてそれでいて爽やかな彼女からする香りは、はっきり言って毎日嗅いでいたくなるくらいホーキンスの好みに合致している。真面目な彼女の性格と動物系能力からして香水の類いは好まないだろうから、この匂いは入浴剤かボディーソープだろう。こんな素晴らしい香りの石鹸を見付ける嗅覚を褒めちぎりたいくらいだ。
「…………」
「…………、ホーキンス、何か言いたいことがあるなら口で言ってくれないかしら」
『ドレーク貴様、普段どんなボディーソープを使っている』なんて言おうものなら、タコ殴り不可避なことはさすがのホーキンスもわかる。だが、彼はどうしてもこの匂いを纏うことが諦められないのだ。なにが自分をそこまで突き動かすかさっぱり分からないのにである。
「……、ボディーソープを新調したいのだが良いブランドを知らないか」
しっかり考えた上で弾き出した答えはなんとも飾り気がない。出来れば店に案内して欲しいが、ドレークがそこまで世話をしてくれるとはとても思えない。さあ、彼女はなんというブランドを答えてくれるだろうか。
「私が知る訳ないじゃない。そういうのはあなたの方が詳しいでしょう?」
「………はァ?」
そもそもボディーソープなんて洗えればみんな同じじゃないなんて追撃されて、ホーキンスは瀕死…もとい憤死である。だって有り得ないだろう。
「お前…!!それなら何故そんないい匂いをしている!理不尽だ!」
「理不尽!?適当に買った石鹸を使ってるだけで、なんでそんなこと言われないといけないのよ!それこそ理不尽だわ!」
「適当に買った……石鹸?」
ホーキンスの背後に、宇宙が広がった瞬間である。未知なブランドやボディーソープですらなく、石鹸。ただの、石鹸と言ったのだこの女は。
「おれは、石鹸の匂いにここまで惹かれていたのか…!!」
膝から崩れ落ちるホーキンスと変なもんを見るドレークは忘れていた。
「……ホーキンスはドレークの匂いがそんなに好きなのか?」
「恋は良いものだから応援したいけど、フェロモンにやられてるなんて、どっちが獣か分からないねぇ」
「違いないでありんす!」
ここが共用スペースであることを。いつの間にかお茶会をしていたうるぺー姉弟とブラックマリアのヤジに、ホーキンスは固まった。
「……フェロ、モン?」
「異性の体臭を好ましく思うのは、そいつから出てるフェロモンを感じてるからだ。おれ達は動物系に引っ張られて嗅覚が鋭くなってるから分かるけど、お前もそういうの分かるんだな」
真面目に解説してくれたページワンには感謝しかない。だが、さっきまでの言葉を総括すると、ホーキンスはドレークのフェロモンに様子がおかしくなる程魅了されてしまったということになる。確かにブラックマリアの言う通り、これではどちらが獣か分かったもんじゃない。
「あの、ドレーク、おれは…」
「あなたのそれ入浴剤の香りじゃないの!?」
言い訳をしようとしたら、顔を真っ赤にしてあわあわしているドレークがいた。なにその生娘みたいな反応可愛い…とか頭の中が混線していたのがいけなかった。
「な、何よその顔!あなたが良い匂いをしているのが悪いのよ!!」
壊す勢いで扉を開けて脱走するドレークに、ホーキンスの背後に本日二回目の宇宙が広がった。おれはドレークのフェロモンに様子がおかしくなっていて、ドレークもおれのフェロモンを好ましく思っている。ならばやることは一つだ。
「待っていろドレーク、絶対に捕まえてやる…!!」
自分がドレークの香りを纏うのは流石にもう諦めた(市販の石鹸なんて絶対に使いたくない)ので、ドレークに自分と同じ香りを纏わせてやるのだ。仁義無き追いかけっこの始まった瞬間である。
【後日談】
ホーキンスが大分変態のヤベーヤツみたいなこと言ってるけどホーキンスファンのお嬢さん刺さないで
「おや、シャンプーを変えたのかドレーク?とてもよく似合ってるよ!」
前の物(※石鹸)も清潔感があって好きだったけど、今のは君の持つ雰囲気と合っているよ!カラカラ笑うヤマトの表情に、下心の類は全くない。女としてコスメを変えた友達を褒めているのか、男として女を褒めているのか本当に悩ましい。まさにヤマトくん今どっちってか、やかましいわ。
「ありがとうございます坊ちゃん」
潜入先のとは言え、上司の息子からの下心のない賞賛はなんともむず痒い。心の底からの賛辞をくれるこの坊ちゃんが、外見も男でなくて本当に良かったと安堵するドレークは、背後からやってくる姿に気付くことはなかった。
「ああ、今日も良い匂いだなドレーク」
腰を抱いてすんすんと項に顔を埋め、ドレークの匂いを嗅ぐホーキンスは、傍から見なくてもヤベェヤツだ。これには温厚なヤマトも、思わずチベスナ顔になってしまうのも無理はない。
「~~~~~~~~~っ!!!!???」
声にならない叫びを上げても、ドレークがこのどう見ても変態なヤベェヤツのお手本のような行動をするホーキンスを殴り掛からないのは、恐怖からではない。
「……っ、ス、スキンシップをする時は、一声掛けてって言ってるじゃない!」
「お前は恋人が他の男と話しているのに平静を保てる程、おれが出来た男だと思っているのか?おれは海賊だぞ」
どういう訳か、ホーキンスとドレークが付き合ったというニュースは百獣海賊団の間で瞬く間に広まった。だからヤマトも当然のようにこの二人が恋人同士であることは知っている。しかし、しかしだ、挨拶もせずに恋人の項に顔を埋めて匂いを嗅ぐのは恋人以前に人としてどうなのか。
「それとこれとは関係ないでしょ!?恥ずかしいじゃない!」
真っ赤になって怒るドレークは、年齢より幼く見えてとても可憐だ。ホーキンスが狭量になる気持ちも分からなくはないが、未だに腰を抱いているのは本当に、本当にどうかと思う。
「ホーキンス」
つまり、今からすることは好きな子と付き合い初めて色々バグった馬鹿野郎の修理であって、馬に蹴られるようなことではない。断じてない。ほら、壊れた機械は叩けば直るって言うし。ホーキンスは機械じゃないと言われたらほんとそうだが、今は置いておく。
「どうしましたか坊ちゃん」
「女心を勉強するまで、ドレークに近寄るな!雷鳴八卦!!!」
ホーキンスは星になったし、ライフは一つ減った。めでたしめでたし。