アナタと最強

アナタと最強


「情熱的だなァ、ヴァイオレット」


その頃、ドフラミンゴはファミリーの裏切り者、ヴァイオレットに歩みを止められていた。とはいえ、まだ少しの問答をした程度。ヴァイオレットが稼げた時間など雀の涙ほどにも満たない。

ただ━━


(何か、ドフラミンゴの様子がおかしい…?)


怒りは、ある。それは間違いない。ただ、様子がおかしい。まるで、お前に興味なんてない、と告げられているような。その矛先が、別のところを指しているような。


「だが、ヴァイオレット」

「お前は後回しだ。」


「な…!」


ドフラミンゴは、一言そう告げると飛び上がり、とある場所へ向かい出した。

その場所は。




その、方向はもしかして…。

「そっちはっ…!そうだ!ウタちゃん!!!」

その光景を見ていたレベッカには思い当たることがあった。ぬいぐるみだった女の子、ウタ。闘技場で何度かお世話になった子。その後も色々な場面で出会い、交流を深めた女の子。そんなあの子は今、歌でみんなに力を与えている最中だった。ただ、歌っている場所が問題だった。先ほど、リク王が民衆に語りかけていた場所だ。あそこは、とてもよく目立つ。ドフラミンゴもきっと、歌の発信源に気がついたのだろう。その証拠に。


彼女が歌っている場所へと、ドフラミンゴは向かっている。


目当てはわかった。けれど理由がわからない。

なぜ?とレベッカは彼女の下へと駆けながら思案した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「随分とご機嫌のようだが。」

「うん…?その”目”…」


左右で少し色が変わったわたしの目を見て、男が言った。

━━ドフラミンゴ。この国を支配していた偽の王。その男が、わたしの前に姿を現した。うまく隠しているようで、その言葉には怒気が間違いなく含まれていた。…ルフィは、こんなのと戦っていたんだ。実際に目の前に立たれると、こうも恐ろしいなんて。でも、大丈夫、覚悟は、できてる。だから━━


「お前が”ウタ”だな?」


━━え?

思考が、固まる。

名前を、知られている。

戦闘中、ルフィがわたしのことでも話していた?

それとも、シュガーから?



いや、そんなことはどうでもいい。わかってた。こんなに目立つことをしていたし、何より鳥カゴを止めた時点で、わたしは彼の怒りを買う、ということぐらいは。ただ、名前を知られていたのに驚いただけ。


「あんなに大声で歌って、わざわざ居場所でも教えてくれていたのか?」


返事は、しない。そもそも、わたしは歌わなきゃいけない。



”回り道でも

アナタと往けば正解”



問いを無視して歌い続けるわたしを見て、ドフラミンゴの表情が険しくなる。これでいい。こいつがわたしに構っている時間。ほんの数秒でも稼げるなら、これで。



”わかっているけど

そばにいてほしくて”



わたしは、わたしの人生はここでおしまい。どうやって殺されるのかはわからないけど、きっとすごく痛いのだろう。まぁ、”人生”なんて言っても、そのうちの12年はおもちゃだったし。最後に人間らしく死ねるのなら、それはそれで、悪くないように思える。…痛いって、どんな感覚なんだろう。


ドフラミンゴの糸が、わたしへと襲い掛かる。

突き刺し、かな。

ごめんね、ルフィ。

あなたはたくさんのものをわたしにくれたけど。

わたしは、何一つ返すことなんてできなくて。

まもられて、ばっかりで。


…あ、それともう一つ。

これは、少し怖いけど。

”みんな”ともう1回━━







「だめっ!!」



この声、まさか。


「れべっか?なんで…?」


リク王の孫、レベッカが、そこにいた。



「ううっ!」


ダメージを受けながらも、確かに。

レベッカの剣は、確かに、ドフラミンゴの糸を受け流した。


「友達だから!!」


…あり得ないことだった。


本来であれば、レベッカの力量ではどうやってもドフラミンゴの攻撃を弾くことはできないだろう。実際、ドフラミンゴも自身の攻撃が格下に弾かれるなんて思いもしなかったようで、驚きを隠せていない。


「ごめんなさい、助けに来ておいてこんなこと言うのもアレなんだけど、もう少しだけ歌ってくれない?」

「え、あ、うん‼︎」

「それと…ダメだよ‼︎ ウタちゃん‼︎ ”会いたい人たち”に会わないまま死んじゃうなんて‼︎」

「!」


怒られちゃった。




”無理はちょっとしてても

花に水はあげたいわ”



レベッカは闘技場において無敗の女、とまで言われた実力者。相手の攻撃を受け流すことについては間違いなく一流だ。そこにわたしの歌が加われば、ルフィが復活するまでの時間は、間違いなく稼げる。…でも、できることなら、わたしのことなんて置いて逃げてほしかった。ルフィ達との旅で多少慣れたとはいえ、誰かが傷つくのを見るのは、やっぱり嫌だ。



「それなら、こういうのはどうだ?」


ただ、ドフラミンゴの行動はわたしたちの予想を遥かに超えていて。


「え、な、なに?う、うそ…体、が‼︎勝手に‼︎」


━これは、まずい。

レベッカの体をドフラミンゴが操っている。これじゃ、わたしにはどうすることもできない。レベッカを攻撃することなんてできないし、その手段もない。とはいえ、このままだと間違いなく、ドフラミンゴはレベッカにわたしを殺させるだろう。レベッカに傷を負わせてしまう。

どう、すればいいの?


━━いや、どんなことになってもわたしにできることは一つしかない。

ごめんね、レベッカ。…大丈夫、アナタのせいなんかじゃないから。



”そうやっぱしたいことしなきゃ


腐るでしょう?思うから続けるの”



「ほう?大したモンだな。それとも恐怖で頭がイカれちまったか?」

「嫌だ‼︎やだ‼︎やめて‼︎ウタちゃん‼︎逃げて‼︎」


少しずつ、少しずつ、操られたレベッカがこちらに歩を進める。

が、途中でその歩みが止められた。



「そういや、まだ使い道が残ってたなァ」



レベッカの叫びを背に、国中に響く声でドフラミンゴが叫ぶ。


「さっさと出てこい麦わら!この女を八つ裂きにされたくなけりゃな!!」


ああ、そういう。でも、どうだろう。わたしを人質に使ったところで、ルフィは来ないようにも思える。わたしは、そんな存在じゃない。…だけど、もし。



”いつか来るだろう 素晴らしき時代


今はただ待ってる 誰かをね”



しかし、待てどもルフィは現れない。…まぁ、そうだよね。実のところ、心の隅っこで、ほんの少しだけ、来てくれることを期待していた自分がいた。そんなことないのに。


「ふん…どうやらテメェは見捨てられたようだな。」


そんなわたしを嘲笑うようにドフラミンゴが言った。


「…‼︎」


見捨て、られた?

…あ、そっか。これは、そういうことだよね。あの時と、おんなじ。口元にあった右手が力を無くして、だらんと下がる。…だめだよ、歌い続けなきゃいけないのに。…泣いちゃったら、歌は歌えない。頭では納得しているのに、感情が止まらない。”見捨てられた”。そんなこと、ルフィはしない。でも、昔の記憶がわたしにそれを確信させてくれない。



『(シャンクス!わたしだよ!ウタだよ!なんで!?忘れちゃったの!?)』



12年前。声ではなく、壊れたオルゴールの音をけたたましく響かせてぬいぐるみのおもちゃは麦わら帽子を被った伊達男に泣きついていた。泣きつかれたその男は、どうにも迷惑そな様子で、そのおもちゃをあしらう。相手には、されていなかった。そんな応酬を何度も繰り返して。最後にはゴミ箱に捨てられた。無論、すぐに向け出して後を追ったのだが。そんな記憶が、離れない。



「ぁ…。」



━━歌が、止まる。

島中に響き渡っていた歌声が、ぱたりと止んだ。押し止められていた鳥カゴの勢いが増し始める。民衆から、再び悲鳴が沸き始める。歌わないと、歌わなきゃ。そうしないといけないことはわかっていた。けれど、取り留めなく溢れてくる涙がそれを許さない。





「一発KO宣言〜〜〜〜!!!」




そんなわたしに聞こえたのは、歌の代わりのように轟く大きな声。そういえば、先ほどから何か言っていた気がする。多分、ルフィのことだと思う。あと、少し、なのかな。そうだった。今、わたしの事情は関係ない。泣くな。泣くな。泣くな。今は、余計なことは考えるな。できることをしろ。





”繰り返してる 傷ましい苦味”



歌が、また響く。その歌には、先ほどよりも覇気がない。まるで、迷子になって助けを求める子供みたいにがむしゃらな歌だった。当然、効力も落ちる。鳥カゴは多少減速しただけ、みんなの不安も消えない。そんな歌だった。



「どいつもこいつも……」

「その耳障りな歌もやめろ。不愉快だ…‼︎」


先ほどまで、歌を止めたわたしを愉快そうに見ていたドフラミンゴが言った。



”火を灯す準備はできてるの?”



「いやだ!!」

わたしは、半ば八つ当たりのように、一言だけ返事を飛ばす。

そして。




「そうか、なら」




”いざ行かん 最高峰”





「死ね」

「嫌あああああぁぁぁぁ〜〜!!!!!」







わたしに振り下ろされたレベッカの剣を━━



「おおおおおおおおおおお‼︎‼︎‼︎」




━━ルフィが、止めた。



「え?あ、現れたぁ!!!!ルーシー!!!!」



「復活、か…」


”麦わら”のルフィ。いつからか呼ばれていたその二つ名。由来は、語るまでもなくトレードマークの帽子から。…わたしにとっても、ルフィにとっても大事な麦わら帽子。


「だが、かろうじて覇気が戻っただけ…」


ルフィにとっては、約束の帽子。わたしにとっては、色々複雑だけれど、それでも大事なものには変わりない。そんな帽子が━━


━━わたしの前で、揺れていた。


「る、ふぃ…?」

「ルーシー!!」


思わず、名前を呼ぶ。そんなわたしに、ルフィは視線を返す。

でも、まだ十分経ってないはずなのに、どうして?

先ほどまで民衆に語りかけていた実況の人も、予定と違っていたのか、どうやら困惑しているようだし。


「たってるのが精一杯だろ?」


ドフラミンゴがルフィに問いかける。その問いに━



「ちげぇ。」


━返されたのは、静かに怒りを孕んだ否定の言葉だった。



「ウタが、聞こえた。」


「……!!」


届いていた。届いていた。わたしの歌が、声が、届いていた。その事実に、無理やり止めていた涙が溢れ出す。


…馬鹿だなぁ、わたし。ルフィが見捨てるはずなんてないのに。わたしを、わたしの名前を唯一呼んでくれた人がそんなことするはずがないのに。それを、信じきれなかった。


「…そこの女、先に殺しておくべきだったな」



先に動いたのは、ルフィの方だった。初っ端から、ギア3と武装色の合わせ技でドフラミンゴを弾き飛ばす。覇気は、確かに戻っていた。でも、ギア4は使っていない。多分、まだ、長くは使えないのだろう。

使うとしたら、最後。今はまだ、使うタイミングを考えている。


「……よし!!」

気合を入れて、右手を再び挙げる。まだ動きがおぼつかない。なんだか、右手が切れてしまいそうにも感じる。でも、関係ない。切れてしまっても、また直して貰えばいいし。


━━今はただ、歌うだけ。




”さぁ、怖くはない?


不安はない?


昨日の旅は 明日へと続く


歌唄えば 霧も晴れる


見事なまでに 私は最強”



ルフィとドフラミンゴの激闘は続く。けれど、決して防戦一方などではない。歌が、響いている。この歌が響いている限り、麦わらのルフィに敗北はあり得ない。

12年。

彼女の苦しみは、その間消えることはなかっただろう。親に捨てられ、家族ともいえる海賊団には忘れられた。体は奪われ、縫い付けられた笑顔だけが残った。それは、この国では”珍しく”ないことだった。彼女は、その中でも特に悲惨だった、というだけで。



「ギア4…!」


けれど、その日々も今日で終わらせる。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



歌う。歌う。力の限り歌い続ける。体は少し情けないけれど、崩れ落ちないよう、レベッカに支えてもらっている。歌声は先ほどまでとは違う。当然といえば当然だ。あの時の歌は、あの時のわたしは、信じようとしていただけで信じ切れてはいなかった。けど、今は違う。もう迷ったりなんかしない。信じる。ルフィを。あの帽子に誓って、信じ抜く。



”さぁ、握る手と手”


「ギア4……!!」


”ヒカリの方へ”


空へ飛び上がるルフィ。それを追って、ドフラミンゴも空へと続く。おそらく、これが最後。次の一撃で、勝敗が、この国の未来が決まる。


”あなたの夢が わたしの願い


”きっとどこにもない アナタしか持ってない”


”その弱さが 照らすの”


”最愛の日々”


『あんたさ、海賊海賊って言うけど、海賊になって、何がしたいの?』


”忘れぬ誓い”


『俺も作ろう、新時代!!』


”いつかの夢が 私の心臓”


『作ろう、新時代』


うん、信じてるよ、ルフィ。


「ゴムゴムのォ……‼︎‼︎」


”何度でも 何度でも 言うわ”


アナタなら、きっと作れる。

まずは、この国の新時代から。


「大猿王ッ……‼︎」

「16発の聖なる凶弾…‼︎‼︎」


できるでしょ?


”私は最強”


「神誅殺‼︎‼︎」


だって


”アナタと最強”


「銃‼︎‼︎」


アナタのパンチは、ピストルよりも強いんだから。


”アナタと最強”



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