わたしは最強

わたしは最強



 リク王の演説によって、逃げ惑っていた多くの人々は、希望を取り戻した。この恐ろしい鳥カゴの中でまだ、みんな生きることを諦めてない。


━━この国は、まだ負けてない。


「るふぃ…」


ルフィだって、奥の手であるはずのギア4まで発動させて戦いを続けている。…助けになりたい。だけど、この状況でわたしにできることなんてない。


わたしの能力、ウタウタの力。

わたしには本来であれば、この状況だって簡単にひっくり返せる程の力があった。でも、今のわたしではその力は使えない。

12年前、シュガーにおもちゃにされたあの日から、わたしは歌うことも、眠ることもできなくなった。わたしの当たり前は、泡沫のように消え去った。夢の世界は奪われて、辛い現実だけが残った。きっとその時点で、本来の力は失われたのだろう。


…おもちゃでも、そうでなくっても。わたしはずっと無力なままで。ただ、生き残ろうと足掻く人々を高台から眺めることしかできなかった。





「獅子・バズーカー!!!!」


ルフィの渾身の一撃がドフラミンゴに炸裂する。ドフラミンゴは勢いよく吹き飛ばされて、石壁に叩きつけられた。勝敗は明らかだった。これで、この国は解放される。そうやって多くの人々は歓声をあげて、心の底から喜んだ。



━━けれど。


「「鳥カゴが、消えねぇ…!!」」


島を覆う鳥カゴは未だ消えず。それは、つまり。


ドフラミンゴは、まだ、生きている。


その事実に気づいたルフィが、ドフラミンゴにとどめを刺すべく飛び上がる。顔に焦りを浮かべ、ドフラミンゴの元へと駆けるルフィ。


それも当然のことだ。ギア4には制限時間がある。

シュガーが倒された後、長年連れ添ったぬいぐるみ“ウタ”の正体を思い出したルフィはドフラミンゴに対して強い怒りを抱いていた。そのためだろう。ルフィは出し惜しみすることなくギア4を発動して戦っていた。だから、もう時間の猶予はそれこそ1秒だってない。ギア4が切れるまでに決着をつけないと勝ち目はない。


「もう一発‼︎‼︎」


後一撃だけでいい。それだけでルフィの勝利は確定する。



━━しかし。



攻撃を仕掛けようとした瞬間、突如勢いを失ってルフィは地上へと落ちていった。


”時間切れ”だ。


その姿は、再び人々に絶望を突きつけた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「るふぃ‼︎」


助けなきゃと彼の元へと駆け出そうとするけれど、わたしの体はうまく動かない。あんなに望んでいた元の体が枷になる。足元がおぼつかず、ほつれて、転ぶ。

その時だった。


「あ、れ…?」


今、何かが聞こえた気がする。


「なに…この、おと。いや、りずむ?」

違う。これは、これは━━



━━鼓動だ。

これは鼓動だ。きっとこの世界の誰よりも、誰よりも聞いたであろう、ルフィの鼓動だ。そして、気づいた。いつの間にか、仲間の鼓動も聞こえていたことに。


「これは…、はき、なのかな。でも、なんできゅうに。


そして、その覇気はルフィだけではなく、その近くの声も拾い上げた。


「10分だ!!頼むぞお前ら!!」


「出てこい“麦わら”ァ!!!! 後悔させてやる…!!」


その声を聞いて、大体だけど、わかった。ルフィの覇気が戻るまでの10分。その時間をあのコロシアムの人たちが稼ごうとしているのだろう。


「わた、しも…」


10分。

短いようで、わたしたちにとってはあまりに長い時間だ。その時間をあのドフラミンゴからどうにかして稼がなきゃいけない。みんなの力を合わせずして、その目的を達成することは不可能だ。だから、わたしも協力しようとして━━


━━でも。

わたしに、何ができるの?

碌に歩けもしないのに。

声だって出すのが精一杯のくせに。

何が、できる?


そんな疑問に、思考を埋め尽くされる。そんな自問自答を繰り返す。

そんなことをしている間にもドフラミンゴは歩みを止めず、ルフィを殺そうと探している。鳥カゴだって、島を切り裂きながらどんどん縮小していく。

わたしは。

自分にできることを考える。ウタウタは使えない。

気を引く?走れもしないこの体で?


…だめだ。

━わたしは、わたしには、やっぱり何にもできない。

いつもこうだ。

大変な時に助けてあげることができない。

やっぱり。

わたし“なんか”がルフィを助けるなんて、無理な話なんだ。



そんな時だった。

また、”声”が聞こえた。


「何をゾロ殿!そんな無謀な!押して止まるようなものじゃござるまい!!」


この、声は?錦えもん、かな。

え、ゾロ?何を、しようと…?


声は増え続ける。まだまだ声が、一味の仲間の声が聞こえてくる。


「工場を押せ〜〜〜〜〜!!!!!」


フランキー…。


「たかだか人間一人の能力だ…とまらねぇ方が俺には不条理だ!」


━もしかして、だけど。

もしかして、鳥カゴを、止めようとしてる?


「「おおおおおおおおおおおっっっ‼︎‼︎」」


…そっか。

…みんな、まだ戦っている。

自分にできることを全力でしようとしている。


…でも、わたしには。

わたしには、できることなんて……!


自分を、信じられない…!!


悩んでる間にも、鳥カゴは止まらない。…それでも、その姿を見て、”自分も”と鳥カゴに立ち向かう人は増えていく。


「馬鹿な人たちってのァ、放っておけねェもんですね…」

「よし、私たちも行くぞ!」

「お、俺たちだって…!」


━みんなのこえが聞こえる。

ただ、同時に理解もしていた。今のままでは、鳥カゴは止まらないことに。

鳥カゴの収縮速度は早まって、みんなはもうボロボロで、疲れ切っていてけど、何より、何より力が足りてない…!このままじゃ、みんな…!なんとかしないと…!なんとか…!



『お前は、どうしたい?』



そんなの、決まっている。


…みんなを助けたい!


この国を、救いたい!!


そして。






『お前の歌には世界を救う力がある』






━━ふと、そんな言葉を、思い出した。


「っ……‼︎」


はっとして、わたしは顔を上げる。

今の声、もしかして!ほんの少しの希望を持って、キョロキョロと辺りを見回す。が、目当ての人は見つからない。


「まぁ、そうだよね…」


━━実のところ、あの人のことを信じ切れてはいない。いや…わかってる。わたしを捨てたのは能力のせい。わたしのことを忘れてしまったからしたことだって。


でも、でも、もし、あれが、本心だったら?


また会えた時、もう一度同じ、いらないものを見る目で見られたら?


そうやって、心のどこかであの人を疑ってしまっている。



━でも。


あの時の言葉に、嘘はなかった、と思う。

だから、今は、信じる。その言葉を。

わたしに勇気をくれる言葉を。

自分にできることをするために。


「その、ためには…!」


行かなきゃいけない。

歩かなければならない。

いや、例え歩けなくったって、這ってでも行かなきゃ。

幸い、ここからそう距離は離れてない。


何度も転びながら、あの場所へと歩き出す。



お願い、わたし。


信じて、お願い。


信じて、わたし。


自分を。




━シャンクスを!!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「りく、おうさま!!」


やっとの思いで目的地へと辿り着く。でも、問題はここからだ。1分1秒を争うこの状況で、この人を説得しなければならない。


「…君は?その、格好は、もしやおもちゃにされていた者か?」


丈があっておらず、ところどころ破れたわたしの服装を見てリク王が少し、察してくれた。その言葉を聞いて、縋り付くような気持ちが、確信へと変わる。この人なら、きっとわかってくれる。


「それ!おねがい!それをわたしにかして!!」


わたしはリク王が持っているものを指差しながら言った。多分、拡声器か何かだとは思うけれど、それの名前がわからない。でも、きっと大丈夫。少しおぼつかないけれど、ちゃんと話せてはいる。この人なら、わかってくれる。なんとか、伝えなくちゃ。


「こんな時に何を馬鹿な!!

「お前、誰に口を聞いているのかわかっているのか!」


おそらく、護衛であろう人たちがわたしに詰め寄る。申し訳ないけれど、今はこの人たちと話している時間がない。無視をして、事情をリク王に伝えようとした時だった。━リク王が、先に口を開いた。


「…何かはわからないが、わかった。」


「リク王様⁉︎何を…!」


…え。


「きっと、大事なことなんだろう?」

「目を見ればわかる。その目には、光がある。」


「!」


信じて、くれるんだ。

こんな、見るからに怪しいわたしを。


リク王はそう言って、わたしの右手にものを手渡してくれた。


「ありがとう!!」


信じられた。

信じられる。

…うん。

私も、私も自分を信じてみる。

大丈夫、信じられる。

大丈夫、きっと歌える。

そうだよ、だって、



トントントンと、足を鳴らす。わたしの、ウタのルーティーン。

お願い、どうか歌わせて、





“私は最強!!”



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ”さぁ、怖くはない


 不安はない


 私の歌は みんなのために


 歌唄えば ココロ晴れる


 大丈夫よ 私は最強”



どこからか聞こえてきた歌声が、ドレスローザ中へと響き渡る。

その歌はまるで、自らを鼓舞するような歌で。けれど、その歌は確かに、救いを━━



「誰かが、歌ってるのか?」

「こんな時に何を呑気な!!」


「でも、なんだか…」

「ええ、なんだか…」


「気持ちが落ち着くというか、安心感、か?」

「力が、湧いてくるような…!」

「一体、誰が…」



━━人々に、力を与える歌だった。



 ”私の声が


 小鳥を空へ運ぶ


 どんな風でも立ち向かえるからさ”



「!この歌は、なんだ!女子のようだが、一体誰が!」



 ”あなたの声が


 私を奮い立たせる”



「女、だと?いや、もしかしたらコイツァ…!」



 ”トゲが刺さってしまったのなら ほらほらおいで


 見たことない 新しい景色”



「ウタだ!ウタが歌ってるんだ!!」



 ”絶対に観れるの


 なぜならば”



「こんな特技があったとはなぁ!ス〜パ〜じゃねぇか!!

力が溢れてクラァ!!おいお前ら!!必ず止まる!!押し続けろ〜〜〜!!」



 ”生きてるんだ今日も”



「力を合わせろ!!!」


コロシアムの戦士たちは、懸命に鳥かごを押し続ける。


空から降り注ぐ綿毛による治癒は多くの人々を救っただろう。

とはいえ、その効力も弱まっている、そう遠くないうちに、誰がこの鳥カゴに切り刻まれてしまうかもしれない。

だから、諦めない。


そんな彼らの気持ちを、力を増幅させるかのように、歌が、響く。



 ”さぁ、握る手と手


 ヒカリの方へ”



「戦士たち!!俺たちにも押させてくれ〜〜!!!」



 ”みんなの声は 私の元へと


 あぁ、きっとどこにもない”



「押せ〜〜〜〜!!!!!」




 ”あなたしか持ってない


 その温もりで 私は最強”



押しかけるように、我先にと、鳥カゴのそばに人が増えていく。

とはいえ、増えたのはコロシアムの戦士たちに比べればとても弱く、力なんてないに等しい人々ばかり。そんな烏合の衆の力なんて、この強大な支配の前にはなんの意味もなさないはずだった。けれど、ウタの歌があれば、話は変わる。

元々、ウタの力、ウタウタの能力は、自らの世界に人々を誘う力だ。このように人々に力を与える能力ではない。しかし、人々に力を与えているのは、間違いなくウタだった。ウタウタの能力に必要なのは、自らの世界。外界と切り離され、自身が思い描くことによって生まれる世界が必要だ。しかし、ウタは12年前にその世界を失っている。━━きっと、そこが、力の分かれ目だった。今、ウタの心には、一つの言葉しかない。



「「「うおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!!!」」」



━━そうして、ついに。



「鳥カゴが!止まったぞぉぉぉ〜〜〜!!!!!」



━━鳥カゴが、止まった。


「よし、オメェら‼︎この勢いのままこいつを押し返すぞ‼︎」

「おおおおおおおおおおっっっ‼︎‼︎」


雄叫びをあげ、士気を増していく戦士と民衆。


その中で。


ただ、一人だけ、このドレスローザの中で一人だけが、その事実に怒りを滲ませていた。


「俺の鳥籠を、止めた…だと?」





「っ‼︎ けほっ‼︎ あッ‼︎」


吐き出した血が滲む。

歌はなんとか歌えたけれど、これ以上は限界だと、わたしの体が告げていた。


「で、も…!!」


まだ、止めちゃダメだ。

まだ、時間を稼がなくちゃ…!


もうわたしに迷いはない。

ウタウタの別の使い方も理解した。

━いける。歌い続けていれば、そのうち…!!


「まだ、まだぁ!!!!」


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