アドとドフラミンゴ
目を覚ました時、真っ先に飛び込んできた赤色に、目を焼かれてしまいそうだった。
鼻をつくこれが人間が焼けるときの臭いだと知るのは、もう少し後のことだ。
とにかくその時の私は混乱していて、倒壊した建物の瓦礫の隙間からなんとか体を引き出し、あちこち痛むのを堪えながら歩いていた。歩いて、たくさんの人が倒れているのを見た。
炎の赤。血の赤。網膜に焼き付くほど鮮烈な赤色。お父さんの髪の色。
そうしてひたすら歩いて……ようやく港に着こうという時に、見つけたのだ。
風に靡く旗。
ドクロのマーク。
赤髪海賊団の、レッドフォース号の後ろ姿!
お父さんたちの船!
⬛︎
だいすきなお父さんの
船尾がとおく
港をさって
わたしを置いて
どこかに
わたしを一人のこして
ああ
ああ、あああ
ひとりにしないで
⬛︎
ぱちぱち、ごうごう、唸りをあげる炎のにおい。
空だけが、皮肉な程に青かったことを覚えている。
⬛︎
「赤髪の船がここらに来たと思えば……こんな小さいガキがいたとはなァ」
「可哀想に」
「おれのところに来い。奪われるだけの人生なんて真っ平だろう?」
若様は私の頭を撫でた。お父さんより大きな手だった。
久しく触れてこなかった、温かな手。
サングラス越しにこちらを見下ろす目は薄ぼんやりとしか見えなかったが、一人になってから見てきた大人たちのどれとも違っていたように思う。
「さあ」
手を握ると、若様は満足気に喉を鳴らした。
名前を聞かれる。
「アド……」
「そうか、アド。お前がおれと共に来るなら、今日からおれたちは家族だ」
「かぞく……」
かぞく。ランプのようにぼんやり明らむ、あたたかなほのお。あの日の業火とは違う、しあわせで、尊いかたちのひとつ。
若様は頷いた私の手を引いて、踊るようにくるりと回った。若様の大きな体に隠されて、月明かりさえも見えなくなる。
「ようこそ、“ドンキホーテ・ファミリー”へ!おれたちはお前を歓迎しよう!これ以上の不幸なんざありゃしねえ、なに、おれは家族を大事にするタチなんだ」
なにかに操られるように、私の足は軽やかなステップを踏む。ピンク色のファーがふわふわ揺れて、肌に触れるとくすぐったかった。ぺちゃんこの靴で踊っていると、段々楽しくなってくる。
「ふふ、」
「帰ろう、おれたちの家へ。お前に繁栄を約束しよう!」
お酒に酔ったような感覚だった。
私は若様の大きな手に引かれて、荒れ果てた街を後にした。死んでしまった優しい人たちが髪を引っ張られるように気がかりだったけれど、目の前の、王様みたいにきらきらした男の人と一緒にいたいと思った。また一人になるのは怖かった。死人は私に寄り添ってくれない。
その晩は悪夢を見なかった。若様の手が温かかったからかもしれない。