アタシの求める暖かさ
寒空の中アタシはコースを一人思うがままに駆け抜ける
冷たい風がアタシの身体を包み込む
けどそれ以上に自由に駆ける高揚感で身体が温まる
風を受けてのその走りに特別な意味はない
風を受けて走りたかった、ただそれだけ
それがアタシ、ミスターシービーというウマ娘なのだから
気が済むまで風と併走し、気付けば外が寒い事など忘れる程アタシの身体は温まっていた
でも何故だろう、それでもどこか寒気を感じていた
シャワーを浴び、服を着替えていつもの部屋へ
「トレーナー…そっか、いないんだった」
扉を開くと広がるのは静寂な空間
今、アタシのトレーナーはいない
別に契約がとか事故でとかではなく、普通に1週間の出張。カレンダーを見ると金曜日…おそらく今日戻ってくるのだろう
(でも遅いだろうし、会えるのは来週かな)
ふうっとため息を吐きながら部屋の暖房のスイッチを入れてアタシはソファに身を投げ出して委ねる
暖房の音と時計の針だけが聞こえてくるだけのトレーナー室
耳を覚ますと他のウマ娘と担当トレーナーの話し声。仲睦まじい喧騒が妙にアタシの心に響く
トレーナーが出張に出たその日からさっきのようにコースを自由に走っていたけれど、でもどこか満ち足りない。日に日に違和感のような寒気も強くなってくる
「トレーナー…いつ帰ってくるのかなぁ」
いつもアタシに付きっきりのトレーナー
いつもアタシに振り回されるトレーナー
いつもアタシに夢見てくれるトレーナー
そんなキミがここにいない
「あれ?暖房…付けてるのに…震えが…どうして…」
寒くないのに、むしろ暖かいのにアタシの身体が震え始めた
「あっ…トレーナーの…」
ふと目を横にやるとトレーナーの使っている毛布と上着。すぐさま手に取り背中に上着を羽織り、毛布を抱きしめる
「暖かい…」
だけどその暖かさも一瞬だけ、すぐさま震えが襲ってくる
これはトレーナーのもの…
でもトレーナーじゃない———
「おかしいなぁ…ふるえがとまらないや……あれ…なんで…なみだも…とまらない…の…?」
やっとわかった
アタシの身体が寒いんじゃない
アタシの心が寒さで震えてる
孤独、静寂、寂しさ
それらが冷たい風になってアタシの心に強く吹き付ける
それをアタシは自由と称して
この寒さを、冷たさを誤魔化していただけなんだ
「さびしいよぉ…はやく…かえってきてよぉ…とれーなぁー……」
それを自覚した途端、もう抑えていた…誤魔化していた感情が止まらない。アタシは一人、毛布に顔を抑えて泣き続けていた…
嗚咽が響く、寒さが、冷たさがどんどんアタシの心を凍てつかせていく———
「なんとか帰ってこれた……ってシービー!?どうした!?誰にやられた!?」
「あ…え…とれーなー……?」
部屋のドアが開く音、端末越しじゃない、直接聞きたかったあの声…
トレーナーが帰ってきてくれた———
「とれぇなぁぁっ!」
アタシはすぐさま抱きついた。いままで外にいたのだろう。上着は外の寒さで冷たくなっていた
でも、暖かい———
凍てついた心が暖かさで溶けていく
この暖かさをアタシは待ち望んでいた
「取り敢えず一旦…」
「違うの!誰かにとかじゃないの!ただ…会えなくて寂しかった…!」
「そうか…そうだったのか…ごめんな寂しい思いさせて…」
一瞬誤解していたけれど、理解したトレーナーはアタシの頭を撫でてくれて…アタシの心が更に暖かくなった
「落ち着いた?」
その問いにコクリとアタシが頷くとそっかと答えるトレーナー
でも頭は撫でてくれる…それが嬉しい
「今度出張があるときは、シービーも連れてくよ」
「———ッ!」
「きっと、君のためにもなるだろうし…俺だって会えなくて寂しかったからな」
その言葉に、心も身体も寒さを忘れるくらい熱くなる
暖かいを通り越してとろとろと溶けるように熱くなる
分かってしまった
アタシはキミがいないと…駄目なんだ
キミという居場所がなければ…
アタシは自由なんかになれないんだ
そう思った瞬間———
「今日金曜だからさ、アタシの家で過ごさない?」
気付けばアタシの口からそんな言葉が飛び出していた
「……そうだな、お言葉に甘えようかな」
そうしてアタシ達は帰りの支度を整えた
夕暮れの帰り道———
「なぁシービー…別にこれを使わなくても…」
「駄目、アタシはこれがいいの」
手を繋ぎ寄り添いながらアタシとトレーナーは家へ向かっていた。お互いの首にトレーナーの赤いマフラーを巻きながら
アタシ達二人の首を巻くのが精一杯のマフラー。別々に動けば互いの首が締まって苦しくなるだろう
でも、それでいいや
離れると互いに苦しくて、寒くて
近寄れば互いに幸せで、暖かい
それがきっとアタシ達の関係そのものなんだから
今までのアタシを知っている人からは驚かれるだろう
誰よりも自由が好きなアタシがどうしたのだと
きっとトレーナー、キミもそう思う筈
でもね———
アタシがいてキミがいる、だからキミが夢を見れる
キミがいてアタシがいる、だからアタシが自由になれる
たったそれだけ、でもそれがアタシの全て
だってアタシはキミの事が———
ううん、伝えるのは今じゃない
アタシの家で伝えたい
今伝えても良いけれど…それでも…
他の誰かに他の何かに伝える事を邪魔されたくないから
伝えるその時はアタシを…ミスターシービーという一人のウマ娘だけを見て欲しいから
「さて、何を作ろっか」
「アタシも手伝うよ。二人なら早いし…それに…」
「それに?」
「寂しかった分の…埋め合わせの時間が…溢れる程沢山欲しいから…」
「——————」
アタシの手を強く握り、アタシに身体をもっと寄せてその言葉に無言で答えるトレーナー
「——————♡」
きっと今日は寒さなんて感じない…
そう思ったアタシ達の首に巻かれた赤いマフラーは夕陽を受け、寒さを打ち消す様な赤色に染まっていた…