アオイはスグリにメロメロだ!

アオイはスグリにメロメロだ!


 ロトロトロト、とスマホロトムが着信を告げる。ボタンはキーボードから手を離さずロトムに電話に出るようお願いした。誰からの電話なのかは分かりきっていたから、着信画面は見なかった。

 そして通話モードに切り替わったスマホロトムから聞こえてきた声はボタンの予想通りの人物で、しかしそのボリュームはボタンが想像していたよりも遥かに大きなものだった。


「ボタアアアアアン!!!」

「うわっ!?ちょっ…通話口で叫ぶなし!ウチの鼓膜破る気か!?」

「あっ、ご、ごめん!ちょっと今頭がグルグルしてて…!」


 ボタンの言葉で少し落ち着いたのか、声のボリュームがいくらか落とされる。とはいえ完全に興奮が収まったわけではないらしく、普段のアオイと比べればやはり声が大きめである事は変わらない。

 そしてアオイがそうなる原因に、ボタンは心当たりがあった。


「そんだけテンション高いって事は、例の…スグリくん?にちゃんと渡せたん?」

「!う、うん!ほとんど押し付けるような感じになっちゃったけど、受け取ってもらえたよ!」

「そっか、とりあえずおめでとう」

「緊張したぁ〜…渡したの本当についさっきだから、まだ心臓バクバクいってる…!」

「だろうね。さっきも言ったけど、今のアオイめちゃくちゃテンション高いし」


 電話の向こうでキャアキャアと黄色い声ではしゃぐアオイの姿が目に浮かんで、ボタンはため息をつくフリをしてひっそりと口角を上げた。



 林間学校先で好きな人が出来た、とアオイに告げられたのは、林間学校に向かう彼女をネモとペパーと共に見送ってから1週間ほど経った日の事だった。

 ネモに負けず劣らずのバトル馬鹿だと思っていたアオイからの突然の恋愛相談はボタンにとってまさに青天の霹靂で、最初はドッキリか何かかと一瞬疑ってしまった程だ。

 正直に言うと「相談する相手間違えてない?」というのが率直な感想だった。何せボタンの恋愛経験など皆無に等しく、せいぜい漫画やアニメで見た程度の知識しか持ち合わせていないので。

 かと言ってボタン以上にそういった事に疎そうなアオイとボタンの共通の友人である2人には流石に荷が重いなと判断し、仕方ないと諦めて毎日アオイからの通話に付き合ってやっているのが現状だ。



「…あ、そうそう。カジッチュのボールだけど、ボタンのアドバイス通り普通のモンスターボールにしたよ」

「あ、あれちゃんと聞いてたんだ」


 先日、アオイが意中の相手(スグリというらしい)にカジッチュを渡したいと相談してきた。


『カジッチュのジンクスってガラル地方が発祥だよね?カジッチュを捕まえる時のボールの決まりってあったりするの?』

『え?いや、確かボールに決まりはなかったはず…』

『そ、そっか、じゃあ何でもいいんだ……うわどうしようそれはそれで悩む!ラブラブボールは流石に露骨すぎるよね!?フレンドボールだと友達止まりになっちゃいそうだし…あっピンク色繋がりでヒールボールとか!?あとドリームボール!』

『連想ゲームか?』


 ああでもないこうでもないと悩むアオイを落ち着かせ、悪い事は言わないからそこは無難に普通のモンスターボールにしといた方がいいと言い聞かせたのは記憶に新しい。

 正直ちゃんと話を聞いているのか怪しかったが、どうやらしっかりと聞き入れてくれていたようだ。


「でもさー、このジンクスって相手も知ってたらそれだけで実質告白してるようなモンだし、いっそ普通に告った方が早くない?」


 これはボタンが初めてカジッチュのジンクスを聞いた時から思っていた事だ。

 アオイの勇気を無駄にしたくなくて敢えて黙っていたが、渡し終えた今なら言っても問題ないだろう。

 えっ!?という素っ頓狂な声がスマホロトムから響き渡る。


「む、無理無理無理!絶対無理!!そもそも今回渡したのだって、スグリがカジッチュのジンクス知らないっぽいからだし…!」

「でも遅かれ早かれでしょ?ならおんなじじゃん」

「全然同じじゃない〜!デリバードとテツノツツミくらい違う!」

「分かりそうで分からない例え方するのやめろ」


 枕か何かに顔を埋めたのだろう。アオイの声が若干くぐもっている。

 …あのアオイにこんなにしおらしい一面があるなんて、スターダスト大作戦を実行した時や4人でエリアゼロを冒険した時には想像もしていなかった。


「…恋すると人は変わるってよく聞くけど、あれ本当なんだ」

「え、ボタン今何て言った?」

「んー?別に、ただの独り言」


 恋をして、アオイは変わった。けれど、それは決して悪い変化ではないだろう。

 そしてそのアオイが変わっていく過程を相談という形で一番近くで見守れるこの立場も案外悪くないなと、そうボタンは思っていた。

 …もちろん恥ずかしいので、これは絶対誰にも言うつもりはないが。


「それで、話はそれだけ?それならもう切るけど」

「あっちょっと待って!まだ話したい事あるから!」

「はいはい、何?」

「えっと今日は一日スグリと一緒にフィールドワークしてたんだけどね、その時に──」


 アオイがボタンに恋バナをしているまさにその時、姉にカジッチュの噂を教えられたスグリが真っ赤になって蹲っていた事を、2人だけの秘密を共有する少女達は知らなかった。



おしまい


【注:無断転載・動画化禁止】

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