アオイAI
ペパー「・・・・げほっ!!げほっ!!・・・・はぁ・・・」
本当に風邪は予測のしようがない。
つい昨日までは健康そのものだったのに、朝起きたら急にこんな有様だ。
熱が酷くて節々も痛い。おまけに目眩のせいで転んで足首を捻挫した。
せっかく今日はピクニックに行く予定だったのに、これじゃ微塵も動けない。
救急車を呼ぼうかと迷ったが、流石に大袈裟だろうと思い、一緒に行く相手に連絡を入れるだけに留めておいた。
ペパー「・・・・元気にしてるかな・・・あいつら」
俺はベッドに横たわりながら、その時に目に止まったある名前を思い出す。
昔と比べて随分減った連絡先をスクロールする途中見つけた、もう何年も会っていない二人の友達の名前だ。
ネモとボタン。
二人とも学生時代の親友で、エリアゼロの一件以来疎遠になり出した仲だ。
彼女らが今どこで何をしているのかは分からない。
向こうからの連絡は来ないし、こっちからも連絡する気が起きない。
・・・・だって、全部俺のせいだから。
俺がみんなを、アオイを誘わなければ・・・・
・・・・・あの日。
俺たちが父ちゃんに呼ばれて向かったエリアゼロの奥底で、タイムマシンの破壊に巻き込まれてアオイは命を落とした。
アオイはネモのライバルとなって、ボタンの計画に協力してくれて、俺のマフィティフを救ってくれた恩人。
そんな彼女が目の前で死んで、俺たちは完全に取り乱した。
みんなで涙が枯れるまで泣き叫んで、死なないで死なないでと語りかけて。
それでも彼女は目覚めなかった。
そんな錯乱した状態のまま、俺たちは父ちゃんの研究所を探し回り・・・・
・・・あの父ちゃんの偽物を作った機械を発見した。
・・・もっと冷静になるべきだったのは分かってる。
でも、あの時の俺たちにはこれが最後の希望に見えたんだ。
だから後先考えず、無我夢中で装置を起動して・・・・・・
アオイ「ペパー?お粥できたよ〜!!」
その結果生まれたのが、連絡を聞いて駆けつけてきて、俺の看病をしてくれている、今のアオイだ。
料理場からエプロン姿で俺の元へ駆け寄ってくるアオイ。
記憶や人格は全く一緒で、元のアオイと何一つ相違点がない、アオイそのもの。
ウィーン・・・・ガシャッ・・・
アオイ「ん、あれ?またモーターの調子が・・・近いうちに直さなくちゃね〜、あはは・・・」
・・・・いや、でも本当は・・・
・・・・ほんとは、違うんだ。
アレは・・・・アオイじゃない。
アレは、ロボットの身体にアオイの精神が入った、ただのニセモ・・・・
アオイ「・・・・・どうしたのペパー?立てない?手かしてあげよっか?」
・・・・・・・いや、何を言ってるんだ俺は。
アオイはアオイじゃないか。どんな身体でも、どんな見た目でも、中身は俺たちの知るアオイだ。
熱のせいだろうか。
普段なら思いもしない、最低な考えが頭に浮かぶ。
ペパー「・・・・いや・・・大丈夫・・・だ・・・・自分で・・・・立てる・・・・げほっ・・・ごほっ・・・」
よく見ろペパー。
俺を心配する表情。可憐な三つ編みサイド。華奢な身体。
どこからどう見てもいつものアオイだ。
ニセモノなんかじゃない。一緒にヌシ討伐の旅をして回って、マフィティフを救ってくれた大親友。
アオイはあの時生き返ったんだ。
身体は機械でも、アオイはアオイで・・・・・
アオイ「ん〜、熱が酷くなった?どれどれ・・・」
ピトッ・・・・
ペパー「ッッ!!!!」
・・・・・その瞬間。
アオイが俺の額に手で触れた瞬間。
その人間味のない、無機質で冷たい感触に・・・・
バチンッ!!!!!
アオイ「きゃっ?!」
・・・・・・・・俺は、思わず彼女を引っ叩いてしまった。
無意識だった。
完全に脊髄反射で、一切の思考を介さずに身体が動いてしまった。
・・・・硬い。
力を制限せずに思いっきり引っ叩いたのに、俺の手のひらの方が痛い。
・・・・いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。
やってしまった。
なんてことをしてしまったんだ、俺は。
そうだ・・・・まずは謝らなければ。
こんなことをするつもりじゃなかったんだと。訳を説明して謝罪しなければ。
・・・・・そう頭では分かっているのに・・・・・・・
アオイAI「・・・・・ペパー・・・・?」
言葉が・・・・・出てこない。
謝罪の言葉だけじゃない、声が出ない。
頭の中がかき混ぜられたみたいになって、思考が全く定まらない。
でも、そんな朦朧とした意識の中で・・・・俺ははっきりと感じた。
自分の中で何かが崩れ落ちる感覚を。
今まで抑えてきた何かが、一気に零れ落ちる感覚を。
ドサッ・・・・・!!!
ギュッ・・・!!
アオイAI「・・・・・ペパー・・・・」
気づいた時には、俺はベッドから滑り落ちてソイツに縋りついていた。
男らしさとか、先輩のプライドとか、全部かなぐり捨てて・・・・
俺は・・・・・目の前の 「アオイのフリをした鉄の塊」 にしがみついて、咽び泣くことしか出来なかった。
お前じゃない
お前じゃない
と、言葉にもならないうわごとを言いながら。
アオイAI「・・・・・・・・・ごめんね」
薄れゆく意識の中で、アイツの声が聞こえた気がした。