アイスクリーム
異変にすぐに気がつくことができたのは、布団で寝るという死神たちからしたら言うまでもないような普通のことを経験したこともなくふかふかすぎる布団を怖がって落ち着かない子供を抱きしめて寝ていたからだ。
「咳は今のところ出ていませんので、風邪というよりも環境の変化で体調を崩したのかもしれません。もちろんこれから咳が出てくる可能性もありますから……」
と、瀞霊廷の医療をとりしきる卯ノ花に説明されて六車は頷いた。
出逢った時からあまりに細すぎる身体であったしこうなることは予想ができていたから思うほどの動揺はないが、勝手がわからないのも事実だ。
いい大人が体調を崩したときのように放っておいてもちょっといつもより多く寝とけばなおるなんてものじゃないことは確かで。
「10日、だもんな…」
出逢ってから10日、この間に一応最低限の周囲への報告は終えた。
その間、子供 ――修兵は、初日に瀞霊廷に帰還した時のように身を固くしていたこともあった。ここ数日はなんとか六車が抱いていれば震えだすことはなくなり相手の言葉を聞く余裕はある様子にはなったがまだまだだ。
元々の体力の無さと衰弱に、その気疲れも重なっての今回なのだろう。
「け……せ、」
「ああ、大丈夫だ。ここにいる」
「…………」
「ちょっと身体が疲れて熱が出たみたいだな。喉とか頭、痛かったりしないか?」
「……………………ぅん、」
「……粥、食べられそうか?」
「…………っ、ハァ…、ハァ、」
ああ、これは。
先程の時にうんと応えるまで随分と間があったのは朦朧としているせいかとも思ったがどうやらそうでもないようだ。
たしかに咳は出ていないが熱が上がっている分頭痛がしているのだろう。
それでも今はそれを指摘するよりも、小さな体を抱き起こし修兵の布団に拳西が座り込んで膝に座らせてやる。
「口、開けられるか?あーん」
「………ぁー、…」
三口ほど食べたところで意識が落ちそうになったから薬を混ぜた茶を飲ませて寝かせた。
きいてみなくても、薬など与えられたことなどない環境だったのは明白だったからだ。
それにしても……
六車は改めて粥の椀を見て息を吐く。
ここ10日、この子が食べているのは全粥ですらなく七分粥だ。最初の3日などは五分粥で、それでも3回食事ができることに戸惑っていたのに、ここ1週間は米の食感もよくわかる七分粥になったことで、本当にいいのかと驚いていた。
仮に白に同じものを飯だと出せば怒涛のように文句が飛んでくるだろう。
「今のうちに準備するか。」
修兵を寝かせ直して、六車は準備にとりかかる。
この時ほど料理ができてよかったと思ったことはないかもしれない。
「六車隊長、アイスクリームはお作りになれますか?」
「は?アイスクリーム?」
「はい。アイスクリームです。アイスクリームは実は栄養価の高い栄養食品です。熱があって火照った身体は冷たいものを求めますし、熱がある時にはおすすめなのですよ」
「けどコイツは…」
「ええ、本来まだ冷たいものをたくさん食べるのはよくありませんが、熱が続けば体力も奪われていくだけですし、何も食べないと消化力もさらに落ちるだけですからね。だからこそ市販のモノでは多すぎるので、お作りになれますかとお訊きしています。」
「作ったことはねぇが作り方は知ってる。簡単だからやってできねぇことはないと思うが……」
六車がそう応えた時、卯ノ花はゆるりと表情を緩めただけで、作れとは言わなかったしいつもの無言の圧力を感じる笑みでもなかった。
「見透かされてんのは癪だけどな」
作れと言わなくても作ることを見透かされている。癪なのならば反抗して作らなければいいものを、それでも…
「まだ美味しいって知らねぇもんな、多分」
食べられることそのものにすらまだ慣れていない子供は美味しいモノをまだ知らない―――。
汗をかいている衣を着替えさせてやろうと脱がしていると、体を動かされる感覚にか、修兵が薄っすらと目を開けてしまった。
「悪い、いいぞそのまま寝てて。」
「……ん、とら、にぃ?あの…ね、」
「あり、…がと。…………ねんね、…したら、…おきれるか、わからないから、……あのね、……ありがと」
「―――っ!」
夢現で紡がれた言葉は、生きていることが奇跡なのだと伝えてくる。
生きていることは当たり前じゃない。
「け…せぇ、」
「うん?」
「……しゅう、け…せぇ、すき…」
熱に浮かされたか細い声に、六車は泣きたい気持ちになった。
出逢って10日。唯一無二と信頼されていることはひしひしと伝わってくるが、まだ自分から自由に口を開くことのない子供から、ちゃんと言われたことはなかったのだ。
そんな思いを感じている間に修兵は眠ってしまって、六車は返事が間に合わなかったことを少しだけ悔やむ。
これから幾度となく伝えていくつもりではいるけれど。
目が覚めたら、食べさせてやろう。
おそらくは初めてのアイスクリームを。
白く輝く甘くて美味しいそれは、きっと幸福に似ているはずだから―――。