ん、先生を襲う

ん、先生を襲う

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「ん、やっぱり違うね」


 シロコが――シロコ*テラーがふと呟いた。

 紙とペンの擦れる音の間、静かなシャーレの部室によく響いたその呟きに、先生が聞き返す。


 “――違うって……どういうこと?”

「えっと……先生と一緒にいると、私の世界の“先生”と同じだって思うことも多いけど……ときどき、先生と“先生”は違う人だって、実感するの」

 “確かに体格は結構違うけど……”

「ううん、そこだけじゃないよ」


 そこで言葉を区切ったシロコは、なぜか頭に手を当てた先生が微妙な表情をしていることに気付いて微笑んだ。


「……それと先生、“先生”は最初からあそこまで体格が良かったわけじゃないよ。

 あれは……生命維持装置が大きかったから……」

 “――べ、別に身長を気にしてるわけじゃ!”

 “……それにこの姿も悪いことばかりじゃないし……”

「……?そう……。でも、先生みたいに小柄でもなかった」


 先生の呟きを聞き流して、どこか“シロコ”と――この世界のシロコと似たような仕草をする先生を胡乱な目で見るシロコ。

 先生がその視線から逃れようとシッテムの箱に手を伸ばしたとき、シッテムの箱から声が流れた。


『――肯定。“先生”の身長や体重は、一般的な成人男性として妥当な数値でした』

 “わっ――”

「……A.R.O.N.A.?」

『肯定。ですが、できれば私のことは“プラナ”と呼んでください』

「――プラナ……ここにいたんだね」

『はい、アロナ先輩と一緒です。と言っても、今は寝てますが』


 そこで一旦言葉を区切り、プラナは『“先生”について話しているようだったので』と続けた。


『――あのときは、外見的な差異があったにも関わらず、私たちのどちらも両方ともが先生であると識別しました』

 “私も、アロナがプレナパテスと私は同じ存在だと言うからびっくりしてたな……”

「ん……でも、こうして一緒にいると、先生は先生だって思うことがたくさんあったから、今は納得してる」

 “そうなの?”

「うん……でも、ところどころ違うところもあって――」


 そう言うと、壁際にある本棚に向かい、そこに詰まっていたフォルダの間から雑誌を抜き取って手に取る。

 有り体に言ってしまえば、それは先生の隠し場所、そのいくつかあるうちの一つだった。


「……私の“先生”はここに仕事の合間に読んでいた本とか雑誌とかを入れてたの。

 入れてたんだけど……」


 最後に何をそこに入れていたかを思い出した先生が“あ……”と声を上げるも、シロコはすでにページを捲っていた。


『興味。シロコさん、こちらの先生の趣味は何でしたか?』

「……ん。……ん?――先生、これ……女性向けファッション雑誌。メイド服とか、ドレスとか……」

 “――そっ、それは当番の子が忘れて行っちゃったのを読んでそこに入れちゃっただけで!”

『……理解。言い訳パターン合致。シロコさん、先生の机の、真ん中の段の引き出しを見てください。一番下に――』

 “――ダメっ!”


 部室に響いた先生の尋常でない拒絶に怯み、シロコは先生を見た。


 “――あ……えっと……き、機密情報だから……見ないで……”

「……どう言うこと?」

『先生は、機密情報をさらにその下の、鍵の掛かる引き出しに入れていたはずです』

「じゃあ……でもプラナ、先生は絶対に見られたくないみたいだけど……」


 女物のファッション、ドレス、知られたくないこと――ふとシロコは、今目の前にいる先生と、アビドスで再会したときの記憶を思い出していた。

 そのときの会話の最中、先生の視線が一瞬自分の胸元に向かったような気がして――そういえば“先生”もそうだったなと考えていた。でも、もしかしたら――

 

「先生はもしかしてあのとき――私の身体じゃなくて、私の服が気になっていたの?」

 “――!?っシロコ?!”


 焦り、羞恥、恐怖――先生のその反応はもはや答えを言っているのと同じことだった。


「ん……やっぱり。でも――ごめんなさい、この服は私がこうなったとき、気付いたら着ていたものだから、どこで買ったのかは……教えられない」

 “だ、大丈夫……似たようなので合うやつ、見つけた――あっ”

『先生、先生、語るに落ちています。――ですが、確信しました。

 シロコさん、改めて、引き出しを開けてみてください』

 “ま、まっ――”


 先生の制止も虚しく、ガラリと引き出しは開かれ、その書類の束――主に請求書――の一番下にあった数枚の書類が引き抜かれた。

 “先生”がロボットの模型だとか、フィギュアだとかの請求書をよく隠していたことをシロコは覚えている。果たしてそこには――


「メイド服、ワンピース――藍色、白色――ドレス……」

 “うう……”


 数枚の請求書だけでも、それなりの数の服や装飾を購入していたことがわかった。

 一つひとつと読み上げられるたび、先生の肩が小さく震える。


「――これだね……先生?」


 シロコが先生に視線を向けると、先生は俯いてただ一言、“ごめん”と小さく謝った。


「ん……?先生、謝る必要はないよ」

 “でも、きっと――気持ち悪いでしょ?”

「先生が、私の服を持ってること?それとも、私と同じ格好をすること?」


 先生が小さく頷くのを見て、シロコは思案する。


「うーん……私は別に、気にしてない。

 ……セリカだったら、きっと何か言ったのかもしれないけど……。

 ――ん、きっとみんな気にしない。受け入れると思うよ」

 “――そうかな……”


 シロコがそう言っても、先生は信じきれていないように目線を下に向けたままだった。


「……先生、私、先生がこのドレスを着ているの、見てみたいな」

 “――え……”

『肯定、私も気になります。先生、シロコさん』

 “……でも”

「大丈夫。私もプラナも、先生を拒絶したりしないし、言いふらしたりしないから。

 それに、先生にはきっと似合う」

『先生、私も、アロナ先輩には内緒にしておきます』


 二人がそこまで言っても、先生は気乗りしないように視線を泳がせている。

 それから、シロコとプラナを交互に見て、さらにもう一度見て――二人が諦めてくれないことを理解して、ようやく覚悟を決めたように、“わかった”とだけ言った。



 それからしばらくして、シャーレ居住区にて。先生は、寝室からシロコたちの待つリビングへと繋がる扉の前に立ち、小さく深呼吸をした。


 ――この格好で、二人の……生徒の前に出て行くんだ……


 よく親しんだ胸元の開放感と、太ももを撫ぜる冷たい空気を感じて今の自分の格好を意識し、身体の内側が熱く鼓動が速くなるのを感じてドアノブに目を向けた。


 ――この扉を開けてしまえばシロコがいる。二人は気にしないって言ってくれたけどきっと――


 頭を振る。二人が受け入れてくれると言うのなら、信じなければ、と。そう自分に言い聞かせて、それでも消えない不安を胸元で握りしめ、もう片方の手でドアノブを引いた。


 扉が開き、シッテムの箱を抱えて座るシロコと目が合う。画面に目を向ければ画面に映るプラナとも目が合った。

 それ以上目を合わせているのが怖くなって瞼を閉じる。そのまま、深呼吸をして尋ねた。


 “……着たよ。どう、かな……?”


 返事はなかった。一瞬が過ぎ、さらに数瞬が過ぎ、このまま座り込んでしまいたくなって――先生の耳に、シロコが息を呑む音が聞こえた。


「――ん、想像以上。とっても綺麗だよ、先生」

『同感、良く似合っています』


 おそるおそる目を開ける。恐れていた拒絶はなく、キラリと目を煌めかせたシロコとプラナが先生を見ていた。

 シロコはシッテムの箱を抱えて立ち上がり、先生のドレスを検分し始めた。

 頭ひとつ分背の高いシロコが少し前屈みになって、首元から裾の先まで――居心地が悪そうに身をよじる先生をよそに、ぐるりと一周眺める。

 それから、先生の胸元に視線を向けて、自分の着ているドレスと見比べて言った。


「うーん……先生のは、胸元があまり開いてない……」

 “私に胸は無いからね……ブラジャーをして少しは作ってるけど……”

 “あのときも、着てみたいけどそのままじゃ難しそうだなって考えててっ――”


 スッ――と、先生の言葉を遮って、シロコの手が先生の胸へと伸び――


 “あっ――シロコ?!揉まないでっ……”

「ん……ごめん、かわいかったから、つい……」

 “ついって……シロコ、やっちゃダメだよ”

「ん、先生にしかやらないから大丈夫」


 ――シロコの返事は、ずいぶん下の方から聞こえてきた。先生が見下ろす。


 “え?シロ――”

「ん!」

 “――ひゃっ!”


 先生の声は、太ももに触れたひんやりとした体温に静止され、逃げようとする動きはサッと腰に回された腕に阻まれた。


 “――なっ……!何してるの?!シロコ!”

「ん、“先生”の真似」

 “わ、私?――っ私はこんなことは――”

 “いや、“私”は、こんなことをしていたの……?”

『否定。流石に“先生”も、唐突に手を出すことはしませんでした』

 “……そこは全部否定してほしかったな……”

 “とにかくやめて、シロコ”

 “……シロコ?”


 先生がシロコを見ると、黙したままドレスのスリットの隙間を見つめる美少女が――“シロコ!”――先生が肩を叩いてようやく時が動き出したようにパチリと瞬きをした。


「あ……」

 “シロコ、聞いてた?”

「ん……?聞いてたよ。先生以外にはしない、から」

 “シロコ……”

『シロコさん、“先生”みたいなことを言わないでください』


 プラナの指摘に傷ついたのか、意識をはっきりさせようとシロコはフルフルと頭を振っていた。


 “シロコ、大丈夫?……もしかして、熱ある?”

「ううん……なんでもない、大丈夫。大丈夫だから」

 “ちょっと動かないで。熱を診るね――”


 そう言って少し見上げる形になりながら、先生は逃げようとするシロコを捕まえて頬や額に手を当て体温を調べる。

 結局、より顔が朱に染まったシロコに「もう大丈夫……私が悪かっただけだから……」と言って少し強引に押しやられてしまった。


 “……本当に大丈夫なの、シロコ?”

「ん、問題ない。……でも先生、あまり私以外にはしないでほしいな」

 “……元気そうだね。なら問題ないかな”

「――残念……」


 気を取り直してシロコは再びお腹、背中、腰と見て周る――なぜか先ほどと違う色を帯び始めた視線のことは努めて無視した――先生は視線が当たるたびにくすぐったそうに小さく声を上げていた。

 そうしてシロコやプラナとドレスについての会話を重ねることしばらく。

 その度に、先生の声が楽しそうな声音になって――二人はちょうど、“先生”が購入したばかりの美少女フィギュアについて話していたときのことを思い出した。


『先生、楽しそうですね』

 “ふふ、そう見える?”

『肯定。先生はかわいいです』

 “本当は、シロコみたいな“綺麗”を目指していたんだけどね……”

「うーん……先生はこっちの“私”よりも小さいから。でも、もう少し大胆にすればきっと――」


 二人の言葉で自分がかわいいと、綺麗だと実感するたびに、胸の鼓動が締め付けるような緊張から心地良い高鳴りへと変わっていくのを感じる。

 先生は、自分の好きなことを肯定される居心地の良さに表情が緩むのを自覚していた。


 “二人とも、ありがとう”

「……えっと、嫌じゃなかった?」

 “自覚があるなら結構……”

 “最初はね。二人に気味悪がられるのも怖かったけど……”

 “二人は私の“これ”を受け入れてくれたから”

 “それに、シロコもプラナも、こっちの私が何が好きか知りたかったんでしょ?”

『肯定。それと、ごめんなさい……』

 “もういいよ、プラナ。その代わり、たまにこれに付き合ってくれたら嬉しいな”

「…………」

 “――シロコ?もしかして……実は嫌だった?”


 先生の声が少し不安げに震える。

 シロコはぼうっとどこかを見つめていた意識を呼び戻して慌てて答えた。


「……ん、あ、違うの。ちょっと頭がぼうっとしてただけ。

 私も、もっと色々な先生の綺麗な姿を見てみたいな……」

 “――!よかった……”



 ――それからもうしばらくドレスで過ごしてから、その日は解散した。

 最後にプラナの提案で撮った写真だけがその日の唯一の記録。


『今の先生とシロコさんが並んでると、姉妹みたいにそっくりです』

 “姉妹、姉妹かぁ――”

『はい、先生が妹で、シロコさんが姉です。

 先生、写真として記録しましょうか』

 “ふふっ、お願い。アロナにはバレないようにね”

『了解。写真を撮影――記録しました』

「……ん、ありがとう」

『シロコさん、モモトークに写真を送信しておきました。

 シッテムの箱システム内部から写真を削除します』


 しかし、それ以降も一枚、一枚と、モモトークの写真は増え続けてゆく。

 ついでに先生のクローゼットの中身と、引き出しに隠された書類も、順調に数を増やしていった。

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