わるものチャンピオン
抜けるような青空の下、立ち並ぶ無数の墓標の一つにそれは座っていた。チェンソーマン。多くの悪魔達に目をつけられ、恐れられ、あるいは崇拝された存在。
公安の制服に身を包んだ集団が近づいてくる。その先頭に立つ女性と、チェンソーマンの視線が交わる。女性は頭部と二股に分かれた腕から鋸刃を生やした異形がその威容を保っている事を認めると、目を細めた。
「人間が貴方の名前を知ってまだ数日…どの程度の恐怖を食べられたかは知りませんが、時間はたっぷりあります。続きを始めましょうか」
「マキマさん。アンタの作る最高に超良い世界にゃあ、糞映画はあるかい?」
地獄のヒーローと称した存在に問いかけられた時、マキマと呼ばれた女性は驚愕を露わにした。地獄にその名を轟かせていた頃の姿そのままに、少年の声で質問を発したのだ。
「どうしてデンジ君に戻っているのかな…」
絶句したマキマだったが、喋っているのが誰であるか見当をつけると、目の前の相手を刺すような目つきで睨む。それだけは、それだけは許してはならなかった。
しばしチェンソーマンと見つめ合ったマキマは、「面白くない映画はなくなった方がいいと思います」と意見を述べる。
「うーん…じゃ、やっぱ殺すしかねーな」
駆動する鋸刃の悪魔が呟くと、マキマは長く息を吐いた。首に巻いた腸のマフラーがマキマの視界で風を撫でる。
「貴方がその姿をとっている事、話す内容、何もかもチェンソーマンとして相応しくありません。不愉快です」
その言葉が合図となり、引き連れていた者達の一部が悪魔の形態をとった。デンジの同類である、悪魔の心臓と変身能力を得た者達だ。
マキマとチェンソーマンの戦闘が始まった。周囲の墓から死者がゾンビとして蘇り、マキマに加勢する。
四方八方から敵に迫られ、チェンソーマンの姿は見えなくなった。唸るチェンソーが竜巻のように群がっていたゾンビ達を微塵に変えると、魔人は再びマキマ達の前に姿を現す。
「まだまだ元気だねぇ…」
「それでも世界中が彼を受け入れ始めている」
なにより、今のチェンソーマンの中身は地獄のヒーローそのものではない。
「恐れる必要はない」
炎に巻かれ、槍で貫かれ、剣で斬られても立ち上がるチェンソーマン。しかし限界が来たのか、巨躯が脱皮するように解け、中から公安の制服に身を包んだ身体が現れる。頭部と1本になった両腕のチェーンソーだけが、衰えぬ士気を物語っている。
膝をついたチェンソーマンが地面にどっと横たわると、マキマは己の掌を異能によって撃ち、自らの血を彼に与えた。自らの手でチェンソーマンを倒そうというのだ。マキマはチェンソーマンの胸のロープを引いた。
「おはよう」
マキマ…支配の悪魔とチェンソーマンの戦いが始まった。契約によって不死を得た彼女の相手は、今のチェンソーマンでは荷が重かったのか、激闘を制したのはマキマだった。
チェンソーマンの胸部に腕を突き刺し、その中に収まっている心臓を取り出す。マキマはチェンソーマンに選ばれたデンジへの苛立ちと、自らが解釈したチェンソーマン像を語ると、心臓となっているポチタと肉体の繋がりを引きちぎった。
「チェンソーマン、これで貴方は私のモノ。これからはずっと一緒です」
執着を燃やす相手を掌に収め、マキマは満足した。まだ道半ばだが、一つの区切りがついたのだ。この瞬間、マキマの世界には自分とチェンソーマンしかいなかった。だから…
ーーヴヴン!!
忍び寄っていたデンジに気づく事ができなかった。
デンジはマキマにチェンソーの一撃を浴びせると、彼女の手を離れたポチタを自らの胸に戻した。
混乱するマキマに、デンジは今まで戦っていたのはポチタであると教える。マキマの策略によって肉体の主導権を失った後、デンジはポチタがどのように体を動かしていたか朧げだが覚えていたのだ。
加えて、マキマを切り裂いたのは、パワーからもらった血で作られたチェンソー。マキマの体内で暴れる事で、その再生を阻む。しかし、マキマを殺し切るには足りない。種明かしをしていると、岸辺達の乗る車がやってきた。
「わりいな、マキマさん」
デンジはマキマにトドメの一撃を加えた。
やがて日が暮れ、人々はそれぞれの1日を終えた。子供達は気の合う友人と、明日の再会を約束して別れる。ほとんどの人々にとっては、当たり前に過ぎていった1日だった。
デンジ達にとっては、色々と忙しい1日だった。しかし、まだ仕上げは済んでいない。
「あ〜…腰が痛え」
「年寄りみたいな事言わないでください」
「年寄りなんだよ。準備はできたな」
玄関先に立つ岸辺とアキにデンジは肯く。デンジ達がいるのは、岸辺が育てたハンターの1人が暮らしている部屋だ。協力を仰いだところ、快く部屋を貸してくれたのだ。
岸辺とアキの顔には、緊張と不安の色が濃い。デンジが発案した作戦はかなり奇抜なものであり、失敗する可能性が高いと二人は考えている。しかし代案は持っておらず、デンジに決着を託すほかなかった。
「生きてたらまた来る。死ぬなよデンジ。お前は俺が今まで会ってきたヤツの中で、一番デビルハンターに向いている」
岸辺がドアを閉め、デンジは部屋に一人残される。デンジは冷蔵庫から何かのタッパーを取り出す。
「俺…あんな目にあっといて……まだ心底マキマさんが好きなんだ」
デンジは料理を始めながら、自分の気持ちを言葉にして吐き出す。マキマの行いを死んでいった人々…妻と子供達は許さないだろう。しかしマキマへの気持ち、思い出は捨てたくない。だからデンジはマキマの罪を、共に背負っていくと決めた。
「マキマさんと俺…一つになりゃあいいんだ…」
デンジが思いついたのは、マキマを捨てる事なく、マキマを殺す方法。
デンジは喋りながら手を動かし、やがて料理が完成した。デンジの前に白飯と味噌汁、肉と玉ねぎの生姜焼きが並ぶ。デンジはそれぞれ賞味し、その味に満足した。
「マキマさんって、こんな味かぁ…」