わやわや散文集

わやわや散文集



このssで登場した設定が前提となっているif作品です。未読の方はご注意ください。




「んで?お前はどうしたいんだよ、それで」

耳を垂らした子犬のような顔でこちらを見つめてくる恋人に、リルトット・ランパードは本日十個目のドーナツを頬張りながら返した。

「個人的には、かなりいい提案だと思っているんだ。……ただ、昔バズに「いいか?誰かにお前が必要だとかついてこいとか言われたら、例えそれがどんなに魅力的に聞こえてもまず一回周りの人と話し合ってから動くんだぞ。絶対だからな。いいか、周りの人と話せ。とにかく話をさせてくれ」と言われたのを思い出したし、結構な大事だとも思うから皆に相談したくて」

「…随分と私怨が滲んでそうな教訓だな………てか、そういうことなら肝心のバズビーがいないのおかしくねえか?」

「バズは今幼馴染との関係修復にあたって大事な時期なんだ。僕の都合で邪魔なんてできないし、僕があの二人に会って嫌味もあてこすりもなしに会話を終えられる気がしないから僕から出向くのも駄目」ヨルダの苦虫を噛み潰したような顔に、少しだけ赤みがさす。「……大体、僕だってもう大人なんだから、自分のことぐらい自分で決められるよ……!」

マジかよ。今になって思春期かこいつ。

からかうべきか、それとも常に死を意識し続ける環境から解放されて自由に情緒を見せられるようになったことを祝福すべきなのか、リルトットは大いに悩む。

「もし行くんならぼくはついて行くよ。君の親衛隊って大義名分がなくなったら、また姫君あたりに閉じ込められちゃうかもしれないしね」

「……ヨルダ様の選択とあらばなんなりと」

口々に自らの意見を述べる同席者に追従するように、リルトットは「俺はついてはいけねぇな」と口に出した。

「ダチの様子がちょっと心配だし。バンビとジジのやつは彼氏とよろしくやるだろうからいいが、あとがちょっとな……」

さっさと諦めてエロイアイとでもくっついてくれりゃこっちも楽なんだが、と肩をすくめるリルトット。

「……そうか。……そうだよな、うん。ごめん」

あからさまに気落ちした様子のヨルダを見て、リルトットの口から自然と笑みが溢れる。そのまま、甘えん坊の弟をあやすように言葉を紡いだ。

「だから、尸魂界中の美味い飯屋、リストアップしとけ。デートのたびに違う所用意させるから覚悟しとけよ」

「え───」

「んで、いつかお前の夢が叶ったら、大手を振って一緒に食べ歩こうぜ。な?」


「……………ありがとう。君に相応しい僕であれるよう、頑張るよ」


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「自分、なんで今怒られとるんかかわかっとる?」

「はい!紅鶴火糊隊士と自らの主張について激論を交わした結果、危うく瀞霊廷が爆発四散しかけたからです!……正確に言えば爆炎で周りを焼きかけたのが彼女ですんでのところで無効化に成功したのが僕なのですが、それに至る段階で議論をヒートアップさせた責任の一翼が僕にあることは認めます」

「うんうん。……で、なんの話しとったん」

「確かに山本総隊長が使う技はかなりかっこいいのは認めますが、バーナーフィンガーもかっこいいんです。流刃若火も絶対相殺できますし、まだ残火の太刀には効きませんがそのうち効くようになります。こればかりは譲れません」

「ンな理由で世界滅ぼしかけようとすな」

そんなアホアホ極まりない怪獣超決戦に生身で介入し仲裁に成功した雛森桃の手腕に内心うなりながら、倭玄は今同じようにあの爆炎娘から事情を聞き出しているはずの重國に思いを馳せる。

頭抱えとるやろなぁ。そんなことを考えながら、倭玄は「次から問題は自力で揉み消せる範囲に収めるように」と言って聞かせるのであった。


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エルジェイド・フレイルは上機嫌であった。

元来それほど悪性の存在というわけでもない彼女である。他人の不幸を喜ぶのは品がないのというのは理解しているのだが、それが己が主君の敵とあらば話は全くの別の話。

道理をわからせる、などと言いつつ昔から心身ともにヨルダを痛めつけ、ヨルダが抵抗できるほど強くなってからは粘っこい敵意で包み込み。とにかくあらゆる方面において彼女の何よりも愛するものを甚振ってきたそれらは、エルジェイドにとっては如何に美しく強かろうが獣畜にも劣る存在に他ならない。

決して「昔私とヨルダくんの仲をこじれにこじれさせておいて自分だけ幼馴染と幸せになるとか許さない」などという私心に基づいた動機ではなく、もっと大きな大義に基づいたものなのだ。

……ぼろぼろの、寂しい目をしているあの人に、私がただ寄り添う。あの、かけがえのない時間。

私が彼に相応しい者たりえないなんてわかっていた。だから、ただ、友達としてそばに居る。

それだけでよかったのに。それだけで満たされていたのに。そんなささやかなものすら奪ったくせに、笑おうとするからいけないのだ。

これは大義だ。私怨ではない、私怨では。これだけははっきりしている。本当の本当に。

自分が死に物狂いで鍛錬を積み苦虫を百匹噛み潰した顔のハッシュヴァルトに親衛隊設立を認めさせるまでの間──これによりこの制度を利用して解放されたグレミィ・トゥミューによってヨルダ様との関係が余計に拗れたことは計算外であったが──愛する人を支え導いてくれたというモヒカンには、それなりの恩義を感じている。その恩義に基づきちゃんと名前を記憶して、口に出すときはちゃんとそれを用いている。バズビー。あるいはバザード・ブラック。うっかりニワトリとかチンピラとか口にした日には今度こそ本格的にヨルダくんから縁を切られそうなので、敬意と礼節は徹底遵守だ。

そんなヨルに朝を見出させた恩義あるニワトリ野郎も、あの二人に味方するとあらばただの風見鶏。主君の方を選ぶと決め打ってくれるのでもなければ、あの方の大望と伝言を素直に伝えてやる気になど毛頭ならない。

だからこそ、彼女はヨルダからの「事情は君が説明しておいてくれ」という命に逆らわない範囲で一部事実を秘匿だけすることにしたのだ。

それにより、今三角関係は角三つ揃ってどん底である。

うち二人が沈んでいる要因はどちらかといえば「幼馴染が多大なショックを受けている」という事実そのものに重点があるように見受けられる点は依然不愉快だが、厄介者がいなくなったぞわーいわーいとぬるいソープオペラを続行されるよりはよほど良い。そんなことを試みた日には、差し違えてでも一人削って人間関係をシンプルにしてやる所だった。

初めて弟子と出会った場所に座り込んで空を見上げているチンピラ野郎を陰から見守りながら、(やはり教えるべきでしょうか……いやでもこの方が平静を取り戻したらあの二人もお気楽呑気に振れそうなのが…せめてヨルダくんに謝罪ぐらいはしてほしい)と無意識に口角を釣り上げるエルジェイド。

……うん、もうちょっと粘ろう。まだいける。まだ曇れるぞ三人とも。身分上、謝罪行脚に行った相手にも自分が来たことは基本秘匿してもらえるように頼んでいるとヨルダ様は言っていた。グレミィは元からこの惨状に興味がないだろうし、リルトットにも圧はかけてある。いける。

己の内の嗜虐性癖の萌芽をうっすら自覚しつつ、エルジェイド・フレイルはこの素敵な気分を肴に優雅なティータイムと洒落込むことを決めた。


なお、この夢のような時間が、翌日には胃に穴が空きかけているバルバロッサを見かねたリルトットの申し出により崩壊することを彼女はまだ知らない。


・ ・ ・


「揉め事を起こした隊士の鎮圧ありがとう。うちの子がごめん。じゃ」

「いえ、白雪さんにはお世話になっているので。少しでも受けたぶんお返しできているのであれば幸いです」

挨拶と共に歩き出した女性を深い礼と共に見送っていた青年に、今度は背後から声がかけられた。

「お疲れ、黒蘇」

「あ、平子副隊長。お疲れ様です」

どこか飄々とした態度で接してくるこの副隊長を、青年は存外好んでいた。なんというか、人の良いところを見つけるのが上手い人なのだろう。

多少周りで怪奇事件が起こったりするなどの難はあるらしいが、青年からしてみれば自分の亡き親とかの方が余程ヤバい化け物なので無問題である。

「相変わらずそつないな。こんな大型新人に登場されちゃ、席官たちも身が引き締まるってものだ。ここまで育て上げてくれたご両親に感謝だな」

「いや、親は別に……僕が生まれてからも数十年ぐらい寝てたし、起きた後も何をしても何も言わない代わり何をされても何も言ってくれないというか。教育とかも部下に丸投げでしたし」

「……じゃあ、その部下」

「部下の人たちですか?父親的には両親として考えて欲しかったんだと思うんですが、とにかく顔を合わせればありとあらゆる理屈で僕を否定してくる人と、それに同調してあれこれ言ってくる人でしたね。それ以外は別に……あ、たまに訓練つけてくれるって言って僕を一方的にボコボコにしたあとニヤニヤしながら見下ろしもしてましたね。…あとなんかピィピィうるさい鳥と…」

「やめな、自分で言ってて辛いだろ」

すかさず止めた副隊長を見て、青年があわあわと両腕を動かし弁解を始める。

「ちょ、ちょっと待ってください。あの人たちはきっとそれが最善だと思っていただけで……他にやり方を知らなかったというか、事実僕以外にはそれで大体うまくいっていたというか……ええっと、とにかくそんなに悪い人というわけでもないはずです!恐らくは!根はいい人なんですよ他にやり方を知らないだけで。推測するに一旦心を折って従順にしてから一通り仕組む算段であったというかそんな感じであると思うのですが、僕のメンタルがハチャメチャに強かったせいで折れきるまで至らなくて、結果余計にボロボロにされたというか…僕が強すぎるのが悪いんですよ!どうか悪く思わず、いずれ会う時があれば仲良くしてくだされば幸いです。煽り耐性は低いですが僕以外なら普通にしてれば多分大丈夫だと思うので、誠によろしくお願いします」

何をそんなに必死になっているのかわからないが、とにかく是と言ってやらねば止まらぬ空気だ。

うんうんと頷き「にしても、よくそんな環境で今の文武両道品行方正勤勉実直にして公明正大の完璧超人になれたものだ」と返してやると、青年は「褒めすぎですよ」と僅かに頬を染める。そういうところが面白がられてよく年長者どもに揶揄われているのだということを、副隊長はよく知っていた。

「……僕一人だったら、結局折れていたと思いますよ。話を聞いてくれる師匠とか、一緒に楽しめる友達とか、背中を押してくれる恋人とか………あとは、昔ただ隣にいてくれた子とか。そういう人がいたから、なにくそと立ち上がれたのだと思います。こういうことを平気で思い出せるようになったのも、その人達のおかげです」

「それは…よかったな」

「ありがとう、平子副隊長。やっぱり貴方は……うん。いい人、だ」

ほんの少しだけ含みを込めた口ぶりで、不思議な見習い隊士は語る。

「あなたのような方が報われる世であればいいと思う」

「そう言ってもらえるなら────こちらこそ、周りの人のお陰だな」

眩しいな、と生まれられなかったものは思う。

暖かいな、と生まれてきてしまったものは思う。

「おそろい、ですね」

「ん、お互い大事にしよう」

それっきり、何を言うわけでもなく、二人は別々の方向に歩き出した。


・ ・ ・


「ああ、お前あの時の会議別口の任務で参加しとらんかったな。あいつユーハバッハの息子やで」

「─────なんて??」


・ ・ ・


「潮吹け、金────」

「”完全消失”。……懲りないね、伊喜さん」

「フッ……困難であればあるほど燃え上がるものなのさ、メスイキの炎は…!」

「その情熱を他のところに活かせないのか?」

当初会った頃はもう少し取り繕いのようなものが見えた気がするのだが、最近に至ってはもはや地の文まで丸見えオールフリー状態の先輩をジト目で見つめながら、ヨルダは嘆息した。

卯ノ花烈の娘であり朽木倭玄とも知らぬ仲ではない彼女は、隊長格でこそないものの例外としてヨルダの正体を知っている。圧倒的存在をメスイキさせることにこそ興奮するらしき彼女はヨルダの父親(もちろん、遺伝上の父の方)に浅からぬ因縁を持っているらしく、挨拶がわりに先程のやりとりが発生するのが日常茶飯事になっていた。

「檜佐木ならいないぞ。さっきちょうど出た」

「入れ違いになったか…火急の用ではないし、御礼文にしたためるから伊喜さんから渡してもらえるかな」

「まっかせなさい」

用意された半紙に「この間教えてもらったご飯屋さん、役立ちました。ありがとうございます」との旨を丁寧に書き記しながら、ヨルダは隣に座る先輩の声に耳を傾ける。

「しっかしまあ、大変だな。見習いなんて言っちゃいるけど、正直ただの雑用じゃん」

「そんなことはない。いろんな方と接する機会があって楽しいぞ」

「そうは言っても疲れるじゃん?そんな疲れもぶっ飛ぶ良い方法があってな。よし、もう一丁潮吹け────」

「卯ノ花伊喜」

伊喜の背後からぬるりと腕が伸び、彼女の手を抑え込む。無表情のグレミィが耳元で名前を呼ぶのに反応するように、伊喜の喉元から「ヒェッ…」という声が漏れた。

「常に狙われたら仕事にならないから、チャレンジは一日一回だけにするって約束だったよね?」

「……憧れは、止めらんねぇからよ………!」

「そう。……約束を守れない悪い子には、お仕置きが必要のようだね?」

何やら異空間へと変貌を遂げ始めた周囲を見回しながら、ヨルダは今一度大きく嘆息する。

「グレミィ……ほどほどにな」

このやりとりが発生するのも、日常茶飯事なのであった。


数十分後。

「……よくアレと付き合い続けられるね」

スタスタと昼食の席へと急ぎながら、グレミィが呆れた様子で漏らした言葉を聞いたヨルダは微笑む。

「特大の欠点を除けば礼儀正しくていい人だからな。なんだか同類の匂いを感じるし…」

「性癖の話をしているんならぼくは君との友達付き合いを考え直すよ」

「違う。自分でもよく分からないが少なくともそれだけは違う。信じてくれ」

ええーほんとかなぁと揶揄う友人に対し決死の反論を試みながら、青年の時間は今日も賑やかに過ぎていくのであった。


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