ゆく年くる年・2

ゆく年くる年・2



「ええと…その…なぎこ様、定家様…私たちも作家先生方のお手伝いに向かった方が宜しいのでは?」

「やめときなって〜かおるっち。年末年始までブラック労働に充てるの流石にナンセンスだぜ☆

あたしちゃんたちはこーしてのんびり鍋をつついてる方がいとみやび!ってね。

あぁ〜〜あったまるぅ〜」

「左様。あれなる者どもは書くことそのものが業となってしまった輩なのです。

我ら平安の歌人は心の赴きに従うべき、ならば気乗りせず綴るはむしろ無礼というものでしょう」


和風テイストの部屋の中、炬燵の上で鍋を楽しむ平安人は風流に年の暮れを楽しんでいた。

ここはカルデアの一区画、熱々の蟹鍋をいただける場所としていくつかの炬燵には既にサーヴァントたちが潜り込んでいた。


「ンンンン!呼ばれて飛び出て即参上!拙僧、悪辣なる同僚の気配に怯え物忌を始めました故、昔馴染みの憩いの場へと退散して参りましたぞ!」


相も変わらず仰々しい口上とともに彼らの炬燵からニュッと現れたのは蘆屋道満であった。


「うおー!マンボちゃん、ずっとそこにいたの!?」

「ンンン、ネコは炬燵で丸くなるもの、拙僧愛らしき怪猫なれば。にゃあん♡」

「うわキッショ」

「除夜の鐘で滅されて欲しいですね」


今しがた訪れた飛梅の二人に腕を掴まれズルズルと引き摺り出された道満。その笑顔は不気味でありながら、同時に珍しい焦りも見てとれた。


そんな彼ら三人にまとめて冷ややかな視線を飛ばしながらもしぶしぶ席をつめ、蟹を放り込む定家に対し、堪えきれず清少納言は禁忌の質問をぶつけてしまった。


「HeyHey!さっきから思ってたけどさー、さだちん、それ大丈夫なヤツ?

もしかしてまた手越っちの脚ちょんぎ切った?」


口に含んだ汁を吹き出しむせ返る一同。

それすら我関せずな態度で定家は答える。


「何度捥ごうと再生するあの蟹坊主に慈悲は無用なのですが…エミヤから『精神衛生的に良くない』と叱られましたので…

……やめました」

「やめたのか。…ってそれマンボちゃんの迷言じゃんw」

「ンンンッ…拙僧の猿芝居が流行るのは些かに疎ましくありますが……

…かの禍(まが)つ神を食せぬとは残念至極、拙僧、しょんぼりですぞ」


『と、言いつつこうして自分の存在が次第にカルデアでも定着してることに密かな悦びを感じるリンボなのであった』


「ソソソソ!香子殿、ここで泰山解説祭はおやめくだされ!」

「はわわわ!も、申し訳ないです…!ま、まさかこのようにいきなり発動するなんて…」

「んだよ〜、そう思ってたんなら早く言えよクソ法師〜。俺らは朝敵になった者同士、お前のことそれなりには気に掛けてたんだぞ?」

「異界の神性から我らが眷属まで、節操無しに荒神に手を出す悪癖は直してほしいものですが…」


やいのやいのと騒がしくなる中でも箸は進むようで、気付けば鍋の中味は空になっていた。


自分の取り皿の中に溜まった出汁を飲み干し、道満はスマホの画面を掲げて見せた。


「拙僧はこの耐え難き愚弄に拗ね申した。この『カルデアゲーム配信2023』なるものに参じにこの場はお暇させていただきまする。他の皆様方は如何様に?」

「あー!それ!あたしちゃんも気になってたやつ!行く行く!」

「ンンッ、なぎこ殿もいらっしゃるので?それはそれは………困りますな」

「おうおう最後何ボソッと言ったんじゃぁマンボちゃんよぉ?折角ぼっちのマンボちゃんに着いてってやるのにYo」

「ンンンン、おやめなされおやめなされ!」


清少納言に肩を掴まれ揺さぶられる道満を尻目にガスコンロを片付ける定家が口を開く。


「私はこの鍋の後始末も兼ねて食堂にでも行くのです。エミヤたちのおせちの進捗も気になるので」

「俺たち天神様コンビはここで他の奴らの鍋つついてるぜ」

「ええ、あの野蛮な鬼や武士(もののふ)どもを放置すれば戦が起きかねませんからね」

「軟弱者たちにそれが止められるとは到底思えないのです」

「余計なお世話だ藤原!」

「鬼!悪魔!朝廷!」

「あーあーあー!片付けに忙しくて何も聞こえませーん!」


両サイドから喚き散らす飛梅をグーパンチで吹っ飛ばし立ち上がる定家。

その2人を介抱し、俯きながら紫式部も己が行方を口にした。

「え、ええと…か、香子はやはり先生方の元へ向かいます!し、新作がどうしても気になってしまい…」

「おーけー!いいじゃん、かおるっち!良い感じに製本しちゃってやんなよ!あ、でも年越しカウントダウンは一緒だかんな!」

「…はい!」

「では皆様、お開きということで、また後程なのです」


各々道は違えども、彼らの根本は同じもの。

あはれ、をかし、すなわち衝動と感傷にこそ美が宿るのだ。

刹那的に、今を生きてる。だからこそ季節の終わり目も楽しめるのだ。辛いことも、笑えたことも、全部過ぎてはゆくものであろうと、「また来年」と言って次に進めるのだ。


道満の感じた悪寒、その正体が波乱を巻き起こすのはまた別のお話…



ーーーーーー



「いえーい!キッチンから余りものを頂いちゃいました!沖田さん大勝利!」

「でかしたぞおき太!甘味も無しにこんなクソ苦い茶なんぞ飲めんからな!」


忙しなく足音を鳴らす沖田総司に珍しく信長は手放しの賞賛を返した。

金色に彩られた茶室に駆け込む彼女の手に握られたタッパ、その中に詰められた栗きんとんに一同の視線が集まる。


「おつかれ、沖田ちゃん。いやー、にしてもよくキッチン部の兄さん方からオーケー貰えたねぇ」

「駒はようやく甘いものが食べれて一安心です。抹茶にはまだまだ慣れませんから…」

『どこぞの南蛮尼が茶菓子を全て平らげてしまったのが悪いのです。それを私めの責任のように言われるのは些かに不満かと。利休、憤慨。』

「なんですかMr.リキュー?こんな座敷でずっと足を痺れさせられてる外人の気持ちにも同情してもらいたいものですね。Ms.メドゥーサの苦悩がよく伝わります。」

「ヒャハハハハ!律儀にずっと正座してたのかよ、真面目だなぁ! 

作法以前に自然体で楽しむことが肝心なんだ、構わず足崩しちまえ!」


年末の大掃除も完了し、暇をもてなしたぐだぐだ組。年明けの瞬間までは幾許か猶予もあり、彼らは気長に茶の湯を楽しんでいた。


「あれ?でもなんだかいつもより人がいない気が…新撰組は私オルタ以外勢揃いですけど、ノッブのお友達が心なしか少ないような…?」


小皿に人数分の栗きんとんを盛り付けながら、沖田はこの場に集った顔ぶれを見渡した。


「ああ、奴らなら他のとこ遊びに行ったぞ。大方酒かなんかじゃろ。まあ、わしらだって身内ネタだけで交流が止まってるわけじゃないしネ!」

「僕は何処までも姉上一筋ですよ!他の奴らの元なんて行きませんから!」

「ええいっ!鬱陶しいぞ信勝!お主もそろそろ姉離れをしたらどうじゃ!?」


勢いよく飛び込み抱き付いてきた信勝を払い除け、信長は一拍置いて言葉を続けた。


「あ、あとこれ書いとる奴がエミュに限界があるって人数減らしたらしいんじゃ。」

「うわ、いきなりメタな話はやめてくださいよノッブ。本編ならまだしも二次創作でそういうこと言うのは流石に寒いですって。」

「ハァーー!?文句はわしじゃのうて書き手に言え!」


「おうおうおう!夫婦喧嘩は犬も食わねぇってなぁ、嬢ちゃんらもその辺にしとけぇ」

「ちょっとー!榎本さん、夫婦ってなんですか夫婦ってー!ノッブのお嫁さんとか死んでも御免ですよ!」

「わしもこんなすぐコフる病人など囲いとうないわ!

でも、そんなハッキリ拒否されるとそれはそれで傷つくんじゃが!」

「(沖田ちゃん自認症としては妻側なのか…)」


見慣れた言い争いに威勢よく待ったをかけ、2人を静止した榎本。その隣では他の新撰組隊士たちが沖田の戦利品を口に運んでいた。


「ありゃりゃ、副長が沢庵以外を食べてるなんて、こりゃまた珍しい光景だね。」

「なめるんじゃあねえ斎藤。俺も風流のなんたるかくらいは心得てる。なんなら句の一つでも詠んでやろうか?」

「うーん…土方くんの句は…まあ、その、またおいおいで…。(前に清少納言さんに見せた時にはなんとも言えない顔で返されたことは黙っておこうかな…)」

「山南さん、そういう時はハッキリ下手くそって言ってあげた方が本人のためですよ。

でも良いですよね、土方さんも榎本さんも、今年は知名度鰻登りだったじゃないですか!」


仕方なしに座につき、横に習って甘味に手をつける沖田の藪から棒の発言に言われた当人たちは首を傾げた。


「あー、ゴールデン○ムイじゃな。シトナイとかいう小娘があちこちで番宣しとったの。」

「あぁ!?土方の旦那の名は上がったろうがよぉ、俺ぁそうでもないって聞いたぜぇ?

ありゃいけねぇ。黄色い声援は旦那にばっかしつばまって(集まって)ありゃしねぇってんだ!

蝦夷の連中も生連もねぇぜ(薄情だ)!」

「た、確かに土方様はめいんきゃらとしてご活躍してましたが…その、申し上げにくいですが榎本様は脇役といいますか、なんと言いますか…」

『…漫画と言えばこの利休、あの奇妙奇天烈な器を作りし己が弟子が巷でりばいばるひっと、なる形で話題になっていたことに衝撃を受けましたな。」

「おお、左介が主役のあれか!わしが寸胴斬りで真っ二つになっとるのは流石に爆笑してしまったぞ!うっはっはっはっは!」


怒髪天の勢いで今度は自分が怒りを露わにし始めた榎本をよそに、その甘味をひょいと掠め取った信長の大笑が茶室に鳴り響いた。


ーーーーーー


「よし、ではわしらもぼちぼち繰り出そうかの。こんな辺鄙なとこに篭っておっては満足な福も招けぬからな。」


茶会も終わりに差し掛かり、頃合いを見た信長はすっと立ち上がった。


「はいはーい!沖田さん的には、ゲーム配信のとこに行きたいでーす!マスターと今年最後のゲーム収めですよ!さあ、さあ!」


はにかんだような笑顔を浮かべた楽しげな沖田に促され、その他の面子も重い腰を上げる。


──生前はひたすらに血潮に浸かりきり、笑顔なく人を斬り続けた彼女。

その姿を知る者たちに伺えば、今の彼女は大分、否、かなり明るくなったのだと口を揃えて彼らは言う。

戦国の魔王と語らい、信ずべき主と笑い、かつての同志に背を預ける、その今がどれ程の奇跡の果てか、その喜びは彼女自身がきっと一番知ってるのだろう。だから彼女は現在を、全力で楽しむ。周りも全て巻き込んで、あの頃叶えられなかった幸福を目指し進んでゆくのだ。


「そういや以蔵のやつ、先にゲームしてくるとか言っとったな。『人斬り娘なんぞに負けとうない!先にすこあ稼いじゃる!』とか言うとったぞ。」

「あ、すっかり忘れてましたね。ダーオカと私、ゲームで勝負する約束してたんですよ。負けた方が新年会でカルデアの人たち全員の前で一発芸やる約束なんです。ダーオカの情けない姿が目に浮かびますね。」

「うわー、露骨なフラグじゃよそれ。」

「Ms.オキタは最終的に痛い目を見る星の元にいま……いるものね」

「! ようやくタメ口を使いおったかブルーノ!うむ、これでお主も立派な織田家臣団じゃぞ!」

「な、五月蝿いわよノッブ!そこは普通『これで友達』とか言う流れでしょ!?」

「というかお主は天体観測行かんくて良いのか?べ、別にわしらに無理に付き合わなくたって、い、いいんじゃよ?///」

「なんでちょっとツンデレ風に言うのよ。

こう見えて私は肉眼での観察はしたことないのよ。Mr.アリストテレスの理論を独自の哲学思索で補強して提唱したの、私は。

だから経歴で言ったでしょ?天文学者ではなく、修道士だって。」

「ええ!?それで今まで真理真理言ってたんですか?それは、ちょっと…根拠として弱いような…」

「ノッブならまだしも、オキタに言われるのは少し堪えるわね…。なんかマジトーンでそういうの言ってくるから肝が冷えるわ…」


──彼女が、彼女たちが巻き込む中には新しくやって来た異国の刑死者も含まれている。

真理、その命題に縛られ続けるその在り方が変わることはないだろう。それがそういう霊基としてあるならば、そういう人格として出来上がっているのなら、それは覆しようはないのだ。

だが、ほんの少し、こうやって立ち止まることは出来る。ちょっとした世界の隙間、年の終わりのこの瞬間、ブルーノは確かに新たな友たちと笑いあえていた。


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