ゆく年くる年・1

ゆく年くる年・1




「すっごーい!よく星が見えるよ!流石は天文専門の魔術師なだけあるね!」


ここはカルデアベース管制室。

2022年最後の日ということもあり施設内も多くのサーヴァントたちが各々の楽しみ方を満喫していた。

そんな中でもとりわけ宇宙にゆかりのあるサーヴァントたちの多くはこの観測レンズ・シバの前に集合していた。


小さいダヴィンチが覗いているそれはシバの地球モデルに向けて置かれたティコ製作の望遠鏡。

視覚だけをレイシフトさせる要領で様々な時代、場所の星空を眺められる、新星の魔術師渾身の一作である。


「やっぱり師匠は凄いですね。こんなオーパーツじみた物、全世界の学者が命を投げ出してでも飛びつく代物ですよ。」

「末席とはいえ一応はアニムスフィアの分家ですからね、似た術式で組めばいいだけの話ですよ。」

「僕なんかは作る礼装全部がトゲトゲしい…いや、攻撃的っていいますか…兎に角師匠にはまだまだ及びませんね。」

「礼装は作り手の心の表れ。反骨精神があり大変結構ですよ、我が弟子。」


天文学を志とし、星見を生業とした英霊からすればこの装置で見る光景は確かに垂涎ものであろう。事実ダヴィンチの後ろには順番待ちの人混みが既に出来ていた。


「ええい!いい加減退きたまえ!所長である私を差し置いて独り占めなど許さんぞ!」

「まーまーゴルドルフ君、しばし待ちたまえ。それくらい騒げればいいカロリー消費になるんじゃないかな?」

「そうじゃぞ、所長殿。物事には忍耐というものが不可欠なんじゃよ。儂なんぞ一局の対戦でもそりゃあ長く長考したもんじゃのう。」


過去世界の天体観測に夢中な万能の少女の背後からは顔を真っ赤にした新所長と天元の翁が顔を覗かせた。

いつものように憤慨を露わにしながら「まーた珍妙な騒動の火種になりそうな代物を生み出しおってバッカモーーン!」と怒鳴り込みに来たゴルドルフ。いつもならその後に想像の斜め上を行かれて胃に穴が開くのが恒例だが今回は一味様子が違うようだ。


「ぬぅぅ、長考など相手の手を予想出来んかった当て外れの打つ苦し紛れだろうに。そんなもん、誇るな!」

「ほっほっほっ。言い得て妙じゃの。ならどうじゃ、最近はチェスも習得したのでな、一局時間制限を設けてやってみるかの?」

「ふっふっふっふっ、受けて立とうじゃないか!このゴルドルフ、幼き日より孤独に!友もなく!盤面と向き合ってきたのだからなぁ!」

「お前さんも随分苦労してきたんじゃなぁ…」



「んん?あれ?何も見えなくなっちゃったよ。もしかして壊しちゃったかなぁ…?おや、きみは…」

「あ!コラ!ネル、駄目じゃないかそんなところでうろちょろして!」


突如として鏡筒の視界が白く覆われ、咄嗟に顔を上げたダヴィンチの目には望遠鏡とカルデアスの間でボーッと突っ立ってるゴダードの羊が居た。


「もーしょうがないなー。ほら、こっちおいで羊君。」


順番を空けた彼女はネルの体を優しく撫でながら移動させた。

無機質なロケット状の頭部と虚空に溶け込んだ煙のような半身、およそ羊というには些か不気味すぎる姿をしているが、意にも介さずダヴィンチはその羽毛に身を沈めた。


「フフフ。君はモフモフしててあったかいなぁ。なんだか、ステ君を思い出しちゃうよ。

うん、デザイン面も秀逸だね。悪魔的でもあり聖霊的でもある、ナイスな発想力だ。」

「ありがとう。僕の相棒なんかでいいなら存分に可愛がってやってくれ。」


我関せずな表情で呆然とするネルは生前のゴダードにとってはイマジナリーフレンド、即ち彼の脳内だけの虚構でしかなかった。どんな肌触りなのか、どんな声で鳴くのか、そんなことも分からない、仮初の友でしかなかったのだ。

だからこうして触れ合えることに幸福を感じられるだけ、サーヴァントとなったことにも恩恵は感じられる。


「いやはや、ゴダードさんのロケットは素晴らしい出来ですね。こうして別の存在に変わろうとも、その可能性の高さが伺える。」


愛想よく笑顔を浮かべて近づいてきたのは怪しく眼鏡を光らせるブラウンと彼に襟首を掴まれ引き摺られてきたアームストロングであった。


「フンッ、皮肉はいいさ。どうせアンタも"238,799.5マイルの目標を失った"って馬鹿にしてるんだろ?」

「いや、純粋な賞賛のつもりだったんだけどなぁ…だってそうでしょう?あの時代、まだ物資だって殆どない生活で0から小型ロケットを作って打ち上げまで自分でやるのって、改めて振り返るとめちゃくちゃ凄いことですよ。」

「私も博士と同意見だね。あと、とにかく彼は毛感触がいいね。無理矢理順番を飛ばされた怒りが吹き飛ぶくらい癒される…」

「…そいつはどうも……。まあ、ネルの毛並みは僕も好きだからね。」


列に並んでいたにも関わらずここに連れ出されたアームストロングは生前の上司を睨みながらダヴィンチと同じように羊に抱きつき顔を埋めていた。


「そう責めないでくれ、ニール。同じアメリカの宇宙依存症患者同士、親睦を深めたかったんだ。」

「? 貴方、生まれも育ちもドイツでしょ?」

「……ラスト・バタリオンには黙っていてくれ!変な絡まれ方をする予感がした!」

「いや、本家ヒトラーの記憶もインプットしてるし、時間の問題だと思うんだが…」


来るべき新年最初の厄介事を想像し、悪魔に魂を売った男は地獄の亡者の如き叫びを上げていた。



側で渋川春海と共に歴史的天文現象の観測に一喜一憂するゴルドルフも、3人と1匹の新たな同僚に揶揄われるブラウンも、カルデアに来てから随分変わったものだ。

誰からも褒められず、辛酸を舐めてきた魔術師、姿形まで別人になっていた学者、それぞれ立場は違えど確かな成長があった。

星が長い時を掛ける不変の存在であるように、彼らもまた、少しずつその在り方を良い方へ流転させていくのだ。



ーーーーーー



「神様の中に一般人は僕1人…なんだか監獄(ward)に居るみたいで気まずい(awkward)なぁ。

あーあ、僕も天体観測行きたかったなー」

『諦めろ、友よ。後で付き合ってやるのだから、今は辛抱してくれ。』

「我が良人の依代、汝には迷惑をかける。しかしこの星見の砦に君臨したる神々は大半が奔放な柱ばかり故、こうして集まる者が少ないのが実情。故に常識の側に生きる汝の知見が必要なのだ。」


カルデアの一室、ホワイトボードにパイプ椅子、長机とまるでプレゼンの企画開発のようなその光景の場には俗に神霊とカテゴライズされるサーヴァントたち数名が終結していた。


来年度からの新規実装予定の神霊たちに対する緊急対策会、題して『カルデア神霊サミット』の開幕である。


「さて、全員揃ったようだし早速始めましょう。

今回議題とするのは今後実装予定の神々、それらに対するみんなの考えを教えてほしいのだわ。」


司会進行のエレシュキガルが彼らを写した写真を一枚ずつホワイトボードに貼り付けて解説をしてゆく。


「"煙吐く鏡"テスカトリポカ、"羽毛もつ蛇"ククルカン、"死の蝙蝠"カマソッソ、"大地に座る者"トラロック、この4柱が次に召喚される可能性の高い神霊なのだわ」

「あ、えーっと、とょっといいだに?うちも預かりもんがあるんだに…」


おずおずと手を挙げたのは神霊だらけの場にすっかりに萎縮してしまった玄蕃烝であった。


「アァ?なんでメスガ狐がいんだよ。さ・て・は!!あの女狐の使いっ走りだなぁ?」

「ひ、ひい!つ、月読様、そんな睨まんでくんさいぃぃ!」

「…っとと。これはこれは皆様、はしたないところをお見せしました。

ふむ、なになに…『来年こそは千年狐狸精白面金毛九尾狐ver玉藻前の霊衣実装希望してます♪これを見てる運営の殿方、プリーズフォーミータマモチャン!神霊王に、私はなっちゃうぞ♡

p.s.キレ芸だけが取り柄の愚弟へ、貴様の分のお雑煮は用意してません』……ブチッ」


それは食堂で紅閻魔におせち作りに駆り出されたことで会議を欠席してる玉藻前から玄蕃烝に託された願望嘆願。

いわば大物神霊、天照への回帰への第一歩の望みであった。

低すぎる怒りの沸点を暴発させ、手紙を破り捨てながら月読は激昂する。


「あの女狐め!大っ嫌いだ!ここで大勢で議論すればガチで本当になると思ってやがるのか!?しかも精神は今のまま、能力だけ最強になろうなどとほざきやがってぇぇ!殺す殺す、ぶっ殺す!弟より優れた姉は存在しねぇ!ちくしょうめぇぇぇぇ!」

「普通は兄より優れた、で逆なんじゃないかな…しかもキレ方がヒトラーと似てきたようだし…」

『東国の月神よ、汝、最早本来の性(さが)を隠す気など毛頭ないのでは…?』


「オホンッ!ま、まあそれは後で討議するとして、今は話を先に進めましょう。」

「「「「(ちゃんと後で話題にはしてあげるんだ…)」」」」

「おかたしけ(ありがとう)ぇぇ…。女神様ぁあぁ…うち、これでやっと面目立つだにぃぃぃ…」


咳払いとともに一同の注目を集め、エレシュキガルは格神霊の原典に関する情報がまとめられた書類を配っていった。

やるからには徹底的に、丹精に、丁寧に、人数分に加え予備の分まで用意した彼女手製のレポートである。


「エ、エヘヘ…トラロック神は本来男性の神様と書いてありますが…な、何かゴッホのように訳ありなようですね…あ、い、いえ、こ、こんな紛い物の木端サーヴァントなんかと同列なんて、そ、それこそ迷惑でしたよね…ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!」

「ク、クリュティエ様のレベルで木端扱いなのでしたら、キヒ、キヒヒ…メ、メンテーなぞそこいらの道端の雑草でございますね…キヒヒヒ、メ、メンテージョーク…です…」


憂鬱な空気が黒雲のように立ち込める2人の会話に耳澄まし、ハデスは黙々とその微笑ましさの欠片もない姿を内蔵のカメラで写真に収めていた。

『友と語らう我が義娘(むすめ)…良い、良いぞ…』とでも言うのだろうか。


「アナタたちも立派なカルデアのお友達!全然大丈夫デース!神様相手でもそんなに気負うもんじゃアリマセーン!」

「は、はうう…ケ、ケツァルコアトル様…ちょ、丁度よかったです。そこ、そう、そこです。」


陽気に喋りかけてきた太陽の女神をククルカンの写真の横に立つよう指示するゴッホ。自分を卑下する割には妙に図太いものだとトンボーは何とも言えない顔でそのやり取りを眺めていた。


「フヒ、エヘヘ…お二人は文化圏は違えどほぼ同一の神格だとお聞きします。つ、つまりですね…」

「幽体離脱〜、というわけですね、キヒ、ヒ」

「正解です!エヘヘ、エヘ、エヘヘ…ゴッホジョーク!」

「ず、随分昔のネタを持ってきたネ…」


手元の資料を片手に、各々が所感を述べてゆく。会議、とはいうもののその実態は緩い雑談会のようだ。


「ダーリン、この人ロー○ンドって名前よね、確か?」

「ああ、こいつはまごうことなきローラ○ドだな」

「ワガハイ知ってるぞ!こいつ○ーランドっていうのだ!」

「ハハハハ!もし召喚されたら即ぶっ殺しマース!」


神話上での関係から本気の殺意を向けるケツァルコアトル以外は皆、テスカトリポカの現代にかぶれた容姿にばかり興味が移ろいでるようで、口々にローラン○氏の名を並べ立てていた。


一方ボード前ではイシュタルとエレシュキガルの姉妹がカマソッソのデータに面つき合わせ姉妹間の言い合いを展開しているようで…


「同じ冥府の神…こ、これはまずいのだわ!こんな一流オルタ職人のサーヴァントが実装されてしまったら、私、マスターに捨てられてしまうかも…」

「ぷぷっ、いっつもウジウジ陰気にしてるからヤキが回ったようね。

あー、でも待って、なんかコイツの名前どっかで聞いた気がするのよね…今年流行ったお菓子で…えーっと…」

「…マリトッツォ?貴方いっつもキッチンからくすねてたものね…」

「人聞きが悪いわね!あれは私への供物、女神として当然の報酬よ!」


『ふむ、冥府の女主人よ、手元の資料ではもう1つデータがあるように見えるが、これは如何に?』

「!  忘れてたのだわ!!」


トンボーの隣を浮遊する簡易形態のハデスからの指摘にはっとした顔を返し、エレシュキガルは慌ててボードを一回転させた。


「うひょーー!こりゃまたかなりの別嬪さん!気は強そうだかどこか押しに弱そうな雰囲気もあって、……あ、待って、待って!アルテミスストップストップストーーップッ!」

「ダ・ア・リ・ン?何か言い残すことはあるかしら?」


ひっくり返った裏面に貼られたUオルガマリーの容姿に釘付けのオリオンを片手で握り潰し、詰め寄るアルテミス。

そのよく見慣れた痴話喧嘩は放置しエレシュキガルはやや重苦しい雰囲気で語り出した。


「今日みんなに集まってもらったのはこの『異星の"神"』の為よ。彼女はカルデアの前所長を依代に顕現した最大の敵、つまりマスターとしても戦い辛い相手…

……彼/彼女にも何か響くものがあるなら、それを支えるのが私たちサーヴァントの役目なのだわ。」

「やはり汝は善き神格だ。機神(われら)の中でも斯様なまでに民草に心尽くす者はおるまい」

「あ、ありがとうなのだわ…。でも、私、マスターが心配で……ごめんなさい、折角の年末なのにみんなを巻き込んでしまって…」


『(我が友よ…第七異聞帯のCMでは彼女とマスターがすでに接触を果たし、仲良く同行までしていると聞いたのだが…)」

「(ま、まあ今は黙っておこうか…彼女の偉大な試み(feat)に二の足(feet)を踏ませるのもどうかと思うし…)」



その瞬間、けたたましい衝撃音が鳴り響き、扉が勢いよく弾き飛ばされた。


「オラオラオラッ!ったく、殴り甲斐のねぇドアだぜ。陳腐な魔術で固めやがって。」


ベオウルフの拳がコレーの施した軽い鍵掛けの障壁ごと鉄製の扉を貫き、密室の静寂を打ち砕いたのだ。

轟音とともにひしゃげた鉄塊が崩れ落ち、新たな来客たちがやって来る。

もうもうと立ち込める煙の向こうから現れたのはカルデアきっての我が強い人(おうさま)たちであった。


「話は聞いてたぜ!そこのアンタ、最高にカッコいいな!他ならぬマスターの為に真面目にコツコツ出来る事を探すなんて、スゲー立派だ!」

「神の王たるファラオを拝せずして何が神霊会議か!だが、許す!我が太陽の眷属たる妹とその分け身に免じ、特赦として我が玉声に耳を傾ける事を許可しよう!フフフフ…フハハハハハハ!」

「なんだ、揃いも揃って鳩が豆鉄砲を食ったよう面をしおって。汎人類史の神とやらは斯様に面倒なお役者仕事に精を出しているのか?朕、びっくり。」

「「「フハハハハ!歓べ!雑種どもよ!この崇高なる黄金の肉体の三連星を拝める僥倖、神とてそうは訪れぬ幸福なのだからな!!!」」」


先程まで聖杯問答を行い不毛な格付けチェックを開催していた王たち御一行は悪酔いの勢いに任せこの会議室に乗り込んできたようだ。

特にアーチャー、キャスター、ライダーのギルガメッシュの姿は一際、悪い意味で目を引くものであった。

もはや恒例となったキャストオフによって露わになったその一糸纏わぬ金色の裸体を何ら恥ず事もなく見せびらかすその様に女性陣は悲鳴をあげた。


「だ、だだだ、だめです!コレー様、あんな破廉恥なモノ、み、見てはなりません!」

『それはお前も同じだ我が義娘(むすめ)!あれ程の傲慢なる邪気漂う器官など見るに値しない!』


コレーの顔を咄嗟に両手で覆うメンテーの視界をハデスがアームで隠し、奇しくも親子三人で一本の柱のようになってしまった冥界トリオ。

その様に怪訝そうな態度を示したライダーのギルガメッシュが、金魚鉢ヘルメットだけを被った一際異質な容貌で近づいてきた。


「そう照れずともよいではないか!世界の至宝たる我が身を拝めるまたとない奇跡なのだぞ!?

だがその反応もまた愛いw母娘揃ってまるで生娘の様ではないかwフハハハハハハハハハハ!」

「ギル、そういうのを現代ではセクハラと言うんだろ?」

「な、何故貴様がここにいる、エルキドゥ!?ええい、やめろ!我(オレ)のエアに『天の鎖(エルキドゥ)』るのはやめるのだ!」


嫌な予感に後ろを向けば其処にはいつにも無く冷淡な表情のエルキドゥが待ち構えていた。

何処からか取り出した天の鎖で英雄王の股間を打ち据えんと滲み寄るその目はまさに獲物を狙う獣のそれである。


「呼び起こすは星の息吹。人と共に歩もう、僕は。故に──」

「「「おのれおのれおのれおのれぇ!!!戯れも大概にしろ、エルキドゥゥゥ!!!」」」


大爆散と共に地響きが唸り、盛大に揺れる一室。予想だにしないアクシデントの最中に玄蕃烝はその騒動を静観するウィリアム1世を見つけた。


「なあなあ、うぃりあむサマぁ…。うちは王サマは舵取りは上手い方だと思っとったんだに…でも、やぶちゃ(みんな)巻き込んでのこれはどゆことだに…?うち、もうちきねー(疲れた)だによ…」

「良き王は己の限界を認め、それを受け入れ、時に難業(やっかいごと)を放棄するものだ。

我に並ばすども迫る英傑、しかも酩酊した複数人の手綱を握るなど、それこそかの征服王の荒馬を乗りこなすよりも至難の業なのだ。

むしろ、カルデア全体を巻き込んでの乱痴気騒ぎを未然にこの部屋で抑えたのだ、賞賛されて然るべきであろう?」

「情けねぇおっちゃだに!あんまりだによ!お陰でまんず治らねぇ一生モンのトラウマ刻まれちまっただに!」

「性悪妖精(アンシリーコート)の分際で言うではないか。だが、サシならこのギヨームこそが最強の王だということを忘れるでないぞ。」

「(他の王サマ方も大体同じこと考えてそうだにな…)」


──王と神、それらは時に王権神授として拝められた時代もあったが、生憎とこのカルデアに集う王たちはそうはいかない。

異常なまでに強い我があるが故に彼らは神すら凌駕し、制する、人の身でそれすら超えんとした者ばかりなのだ。

まさに水と油、犬猿の仲、とでも言ったところか。

だが、今は違う。人理の危機、その為に集いし英雄たちは今一時は互いに矛収め手をとった。それがこうしてちょっとした騒ぎになるくらいなら、きっとこの関係は良好なのだろう。

だから、大丈夫。

この仲間たちとなら、マスターはこの先も乗り越えて行けるのだから…


だわだわと涙目になりながらも、エレシュキガルはそうやって不思議な安堵と確信を感じていた。



ーーーーーー



「ダハハハハハ!当初の予定は大幅オーバー!進捗は未だ半分!まさに『解放された世界』の如き惨状という訳だ!」

「口を動かす前に手を動かしたまえ、ウェルズ君。苦行になる事くらい引き受けた時から分かっていただろう?」


年末のお祝いムードとは打って変わり、驚くほどに落ち込んだ空気感だけが漂う書斎。


そこでは五騎の作家サーヴァントたちによる年始に創刊予定の特別短編集の執筆が行われていた。

毎度の如く締切ギリギリまで差し掛かってしまったこの作業に当然まともな判断力を持ち合わせている者など残っておらず、皆揃って乾いた薄笑いだけを浮かべていた。


「ええいっ!まったくもって不愉快だ!愚鈍も愚鈍、誰がこんな不可能極まりないスケジュールで間に合うと大口を叩いた!?

俺か!?俺なのか!?ああ、クソッ、つくづく己の無計画さに吐き気がする。」


期日の設定を定め、甘い見通しで執筆を始めたアンデルセンが髪を掻きむしりながら絶叫する。

同じく生みの苦しみに悶えた表情を浮かべる髭面の男は振り返り、その様を狂った調子で笑い飛ばした。


「お婆様譲りの虚言癖はご健在ですかな?

こうして同業者が苦悶する様を眺めるのもまた一興ですが、生憎とそれを快楽に変えられるのは舞台袖から眺める傍観者だけ。

さしずめ"この世は舞台、人は皆役者(All the world's a stage,-And all the men and women merely players.)"と言ったところかと…

今宵の吾輩めは友の無謀なる甘言に翻弄されし『ヴェニスの商人』ですからなぁ。」

「うう…この様なハードワークを繰り返していてはいつか死んでしまいます…

──"生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ(To be, or not to be: that is the question.)"

少し、休憩をとった方がよろしいですよ。というか取らせてください…」


シェヘラザードに促され渋々筆を置く作家たち。

もはや精魂尽き果て、椅子に仰向けに倒れ伏す姿には哀愁すら感じられる。

彼らが今執筆しているのは2022年の振り返り、この一年の戦いをテーマとした12編の物語であった。

それぞれがこの年開催された新規イベントとメインストーリーでのマスターの冒険の記録であり、その為にカルデアの多くのサーヴァントに取材をしたのも彼らの記憶に新しい。


「この作業、我輩の負担が大きすぎなのでは!?トラオムとナウイ・ミクトランでの顛末は明らかに冗長すぎますぞ!?これは最早短編とは呼べますまい!?」

「史上最も偉大な作家に名誉ある本筋の物語を任せるのは当然であろう!?我々から先達への敬服だ、ありがたく受け取れ!ダハハハ!」

「ネモとベッタリなのは否定しないが、それのイメージで水怪クライシスを当てがうのは安直なんじゃないかね、アンデルセン…?海と湖水では訳が違うんだが…」

「もう放っておいてくれ、三流作家はこうして休息を取らねば二束三文の駄文すら書けんのだ。」


お湯で温めたタオルを眼に乗せて天井を向く少年は「それ以上構うな」と手でジェスチャーを送り、喋る気力もないまま背もたれに身を預けていた。


ここから残り半分以上残った原稿を書き上げ、清書をし、印刷し、製本として頒布する、その長大な工程の見通しに辟易する一同からは深いため息が漏れ出る。


「やあ、みんな!素晴らしき新作はどの程度進んだかい!?」


勢いよく扉を開け中に入ってきたのは差し入れの紅茶とお茶菓子をお盆に乗せ持参したオーソン・ウェルズであった。

完全カルデア産の作品ともなれば役者としても黙ってはいられず、彼は制作完了後に舞台化する契約を結び彼らのサポートをしていた。


「どうもありがとうございます、オーソン様。ですが、進捗の方は…」

「まあ、そうだな…うん、そんな気がしてた。で、どうする?俺の劇団員も動員した方が良いか?」

「いいや、結構だ。作家にとっての天敵は身の回りを蠢く有象無象の意見だからな!なに、今に大作を編み出してやるさ。呉服屋、薬局、教師と職は転々としてきたが物書きとしての役目だけは棄てたりせんからな!」

「ところで舞台劇の準備は如何様に?勿論、我輩も一枚噛ませてもらいますぞ?なにせこのウィリアム・シェイクスピア、若き頃は演じる側をこそ本職と致しておりました故!」

「ああ、貴方程の役者が来るとなればメリエスやファントムも喜ぶだろうな。

…しかし不思議なものだなぁ…マスター本人が自分の旅路をいいように消費物にされる事に許可を出してくれるなんて。貴方たち、どんな口八丁で彼/彼女を丸め込んだんだ?」


物語への期待と義憤、その相反する気持ちを抱えながらオーソンは作家たちに言葉を投げかけた。自分自身も人の生き様を映画へと転化してきたのだ、それを思えばこの怒りはお門違いなのだろう。

だが、マスターは違う。得手して望んだわけではない重荷を背負いここまで歩んだその道行をこうも安易に文にして良いのか、そんな葛藤が彼の中にはあった。


「──"ホレイショー、天と地の間にはお前の哲学などには思いもよらぬ出来事があるのだ(There are more things in heaven and earth,Horatio Than are dreamt of in your philosophy. )"

なに、マスター殿はああ見えて存外に強かなお方ですぞ。

今や彼/彼女にとってこの冒険は責務などという陳腐なものに非ず!なればこそ彼/彼女もその生き様を戯画に落とし込められることをよしとしたのでしょう。

ただし、書くというならこちらも手は抜けませんな。『事実は小説よりも奇なり』とは申せど、作家としてそこに妥協するつもりは皆目ありませんので、どうかご安心を!」

「やっぱり貴方には敵わないな。まあ薄々言いそうなことは予想してたけどね。じゃあ、まあ、気長に『Shake-scene(舞台を揺るがす者)』の腕前にでも期待して待ってますよ。」

「さあさあ、ティーカップも空になったことだし続きを始めようじゃないか。

僕としてはちゃっちゃとこんな拷問は終わらせてネモたちの元に行きたいんだ!なら、急ごうじゃないか!」


手を打ち鳴らし各々を席に促すヴェルヌに急かされ、彼らは座に着く。

その手で色褪せぬ旅を書き上げて、そのペンでもってさらに色に色重ね、きっと出来上がるのは美しい、極彩色の思い出なのだろう…


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