やべー女トレーナー&エルコンドルパサー(百合?重い友情?)
流れの都合で動かしたらエルがズレてしまったかもという不安「前はトレーナーが彼女だって知らなかったから焚き付けるために担当ウマ娘にとられちゃうって言いましたけど、気にしないでいいデスよ」
エルコンドルパサーが慰めてくれる。
彼女は卒業して私の担当を外れ、今はドリームトロフィーリーグで活躍している。
トレーナーと担当ウマ娘という関係は解消され、歳の離れた友人といえばいいのか…いや、やはりいつまでもかわいい教え子という気持ちがあるので友人と言ってしまうのも違うな。
ともあれ今ではたまに私に会いにきて近況を話していく仲だ。
彼女が楽しそうに走るときやこうして話ができる度、私の初めての担当が彼女だったのは幸運だとしみじみ思う。
特に最近はチームを受け持つことになって、彼氏以外でも心配ごとが多いので、私の手を離れてもたくましくやっているエルコンドルパサーの存在が元気の源になっている。
「あの人も大人デス。生徒は対象外の筈デスよ」
「でも私があの人と会ったのって18歳で、あの人はそのとき新米で担当がいなかったとはいえもうトレーナーだったんだよね…」
教え子だって高三になれば出会った頃の私の年齢とほぼ変わらない。
高校生と大学生、教え子かそうでないかには大きな差があるが、やっぱり不安なものは不安だ。
「そ、それは初めて聞きました。どうやって出会ったんデスか?あ、そういえば前にレース場でアルバイトしてたことがあるって言ってましたよね」
エルがちょっと焦ってることに気がつき、フォローしてくれたのに申し訳ないと感じた。
「うん。その頃はウマ娘レースにそこまで興味があった訳じゃないけどシフトが土日だけで給料高いしまあまあ近所だから。そこで…ほら、レース場って熱くなりすぎちゃう人がたまにいるでしょ?入りたての頃、お客さんに絡まれちゃって」
「…!そこに助けてくれたのがあの人なんデスね?」
「うん。そのときはありがたいな。素敵だったなって思っただけだったんだけど、その一ヶ月後くらいにバイト帰りに電車が事故で遅延しちゃって…電車動くまでお茶してようってお店入ったはいいんだけど満席で。そんなときに相席しませんか?って声かけてくれたのが彼だったんだ」
「偶然の再会デスか…」
「うん。黙って相席してるのも気まずいから話してるうちにどんどん好きになっちゃって…連絡先交換して下さいってお願いを。ちょっと運命感じちゃったのも後押ししてね」
その後、ウマ娘レースのことを教えて欲しいとお願いしたり、私がレース場のバイトだと土日が潰れるからレースが見れないと言って地方レース場に連れて行ってもらったりと私がガンガン攻めに攻めた。
口実だったウマ娘レースがいつの間にか大好きになって、土日が潰れるレース場のバイトを選んでしまったことを心底悔やむ頃には彼といい感じになっていて。
「彼って押しに弱いからなぁ…イケイケどんどんしてたらその年のクリスマスまでに付き合えちゃった」
年齢差あってもイケるタイプだな?押しまくればどうにかなりそう。あれ、思った以上に押しに弱いな?
過去の自分の背中を押したことが今になって首を絞めてくるとは付き合った当初には思いもよらなかった。
「おおお…」
エルコンドルパサーが呆気に取られている。
彼女はせっかくの休みだというのにいつの間に愚痴を聞かせてしまっていることに気づいた。
彼女の今のトレーナーが彼女にフラれたという話題から私の話に移ってしまった。気を抜きすぎだなと反省する。
「あ、こっちの食べた?いっぱい食べなー」
私は言葉を探している彼女の皿に買ってきた真っ赤なチキンを乗せた。
すると彼女は私の皿に普通の唐揚げを乗せて秘伝のソースをかけてくれる。
二人で顔を見合わせて笑い合う。
「やっぱりおうちごはんは落ち着くな…」
こんな風にゆっくり誰かとご飯を食べるなんて久々だ。
前回は…、担当とのおでかけで外食したときだっただろうか。
彼氏との食事なのに二人して資料を手放さないことが結構あるけど、あれを数に入れるのには抵抗がある。
「いっぱい食べて大きくなるデス」
「私はもう育たないかなぁ?」
「まだ成長期デショ!」
「トレーナーとしては私は!全力で成長していく所存でございます!」
冗談めかして言うとエルコンドルパサーは笑った。
私達は食事を終え、食器を流しへ持っていく。
「本当に、トレーナーは初めて会ったときより素敵になっていってマスよ。エルエルポイントを差し上げマス!」
「だといいんだけどねえ。その評価を裏切らないようにがんばるよ」
エルコンドルパサーは嬉しそうな目をした。
私が初めて担当した子だから彼女にはトレーナーとしてダメな部分を見せすぎていて恥ずかしくなる。
卒業してからはこうして相談に乗ってもらうようにもなってしまった。
彼女は私も今のトレーナーに言えないことを聞いてもらってるんだからお互い様ですよと言っているが、年上としてはあまり情けないところばかり見せたくない。
「あー、トレーナー。これ見てください」
洗い物を終えたところでリビングで海外レースを見たエルコンドルパサーがテレビを指して言った。
そこからはレースの話をめいっぱいして、まだ喋り足りないけど彼女が帰る時間になった。
私はいつも通りに彼女を車に乗せて送っていく。
「今度はどこかに遊びに行きたいデスね!」
「いいねえ」
トレーナーになってからは結構楽しかった。
ウマ娘の様子に気をつけなければいけないのは大変でもあったけど、大学時代に一人で不安のまま過ごした四年間の夏やクリスマスよりずっと。ずっと楽しかった。
不純な動機が8割だったけどあのとき学科を変更してよかったなと思う。
平凡な私にこんなに素敵な出会いがあったんだもの。
「ありがとうございました。ここまででいいデスよ」
エルはマンションの前で車を降りる。
「うん。じゃあね。おやすみ」
「はい。……あ、トレーナー」
「ん?どうし……」
振り向いた瞬間、私の頬に柔らかい感触が触れた。
キスされたと理解するのには少しかかった。
彼女を見るといたずらっぽく笑っている。
「世界最強の勝利の女神のチュゥですからきっといいことがありマース!」
ウインクをして、手を振って去っていく彼女を見て、私は固まっていた。
頬に手を当てると口元が吊り上がっていることに気づく。
ずっと仕事ではチームの、プライベートでは彼氏の心配でネガティブになっていたが、誰よりも高く飛べる勝利の女神の祝福を受けてしまった。
「私は!急いで、早急に、ダッシュしてゴングを鳴らす!」
これでパッションが湧き上がらない訳がない。
私はこれまでやりたいと思って後回しにしていたことを並べつつ、法定速度を守りながら車を走らせた。
……
「はぁ〜。トレーナーの家に気軽に遊びに行けるのももうあと少しかもしれませんね」
トレーナーは彼氏との破局を心配していたがあの人とトレーナーが交際してからもう十年近いらしい。
今更担当のウマ娘に心変わりするなんてあるのデショウか?とエルコンドルパサーは思う。
それにあの人ももう30代だし、そろそろ結婚を考えていてもおかしくはない。
「まあエルが動けば済む話なので考えてなかったら考えてなくてもいいですケド」
最初にトレーナーがエルコンドルパサーのことを考えていないときは、よくあの人のことを見てると気づいた日。
あのときはトレーナーの片思いだと思ったから、急いで、早急に、ダッシュでアタックしないとあの人が担当ウマ娘にとられちゃいますよと焚き付けようとして失敗した。
だってウマ娘たちの前で仲が良さそうにしてるところなんて見たことがなかったし、あんなにトレーナーが不安そうな顔をしていて既に付き合っていたと察するなんて全てを知った今でもやっぱり難しいと思う。
公私を分けるにしてももうちょっと仲良く、一緒に行動したっていいのに。
そんなのだから担当ウマ娘がうっかり恋に落ちてしまい、あとでショックを受けるのだ。
「あの人はチョップを受けてどうシマスかね?」
入手したメールアドレスに警告を送ってやる。
これは私を育ててくれた大切なトレーナーのためでもあり、今後担当になるウマ娘たちのためでもある。
『あなたの担当はトレーナーにアプローチをしてはかわされてますけど彼女の担当の方はどうでしょうね?』
女同士だからトレーナーがあの人に抱いているのと同じだけの危機感なんて煽れないと思うけどちょっとくらい慌てて、そして今度はうまくいけばいい。
薬指に輝くものがあれば恋に惑う者たちも少しは落ち着いていられるだろう。
「……ま、エルには関係ない話デスけどね」
彼女が自然体の彼女らしい姿…レースに目を輝かせていてくれればエルコンドルパサーとしては満足だ。