やべー女トレーナーの恋人概念5
トレーナーの一人称、素は俺で仕事モードは僕「ねえ、トレーナーさん。トレーナーさんの初恋って、どんなものでしたか?」
「僕の初恋? そんな面白い話じゃないと思うけれど」
「いいじゃありませんか、あなたのウマ娘がこれからあなたと私の夢を叶えるんです。聞かせてください」
トレーナーさんは少し面食らって視線を彷徨わせました。分かりやすくて、ちょっと子供っぽい仕草。思わず頬が緩みました。トレーナーさんは頼もしい大人の男の人ですが、時折、すごく可愛いんです。
「高校の、同級生だったんだ。クラスは一緒だったんだけど、部活三昧だった僕と優等生だったその人とじゃ全然接点が無かったんだ。席替えで隣の席になれー!って祈って近い席になったところで話す話題もなくて。話題作りたくてこっそり彼女が面白いって言ってた本を読んでも、盗み聞きしてたってバレるって後になって気づいて話しかけられなかった。……なんか俺めちゃくちゃ気持ち悪いな」
「そんなことありませんよ。トレーナーさん、とっても可愛いです」
「接点が出来たのは、部活を辞めた、辞めざるを得なくなった、後、で。僕はローレルと違って、怪我した後、自暴自棄になって、無理に練習したりして、まあそれでダメになっちゃったんだ。うん。かっこ悪い話だけど」
「……それは、人それぞれだと思います」
「ありがとう。ローレルは優しいね。僕は、スポーツ推薦の話も無くなって……。これからの人生どうしようって思ってる時に、部活の顧問が僕が一般受験できるように補講を組んでくれたんだ。ただ荒みきってた僕がまともに補講に来るとはうちの顧問も思ってなかったんだろうね。それで、まあ俺を釣る餌として呼ばれたのが彼女だったんだよ」
「顧問の方の慧眼ですね」
「びっくりしたさ。部活仲間にバレてるのは知ってたっていうか、部活仲間に冷やかされながら本読んでたから分かってたけど。まさか先生まで知ってるとは思わなかった。
それでなんか、この人、どんな手を使ってでも俺に勉強させようとしてるなって、どうにかして、なんとしてでも俺の人生なんとかしようとしてくれてるんだなって、思って。うん、指導者になりたいって思ったのはその時だったな。ウマ娘のトレーナーになりたいって思ったのは、その後だったけど」
「そうなんですか?」
「うん。あの子がトゥインクルシリーズの大ファンでさー、『推し。この二人は運命なの』とか言って映像見せてくるからちょっと嫉妬まじりに意識するようになって、それでちゃんとレースを見たら俺までハマってた」
トレーナーさんが、ふっと笑った。
「その、初恋の人の推しというのが、オルフェーヴルとそのトレーナーなのでしたよね?」
「うん。推し、というより、彼女の初恋だったんだと思う。あの二人は運命の二人なんだって、夢中になって、恋していた。僕は、その横顔を見つめていた。」
オルフェーヴル。凱旋門賞を2度2着になった、日本でもっと凱旋門賞に近かったと呼ばれるウマ娘。
私は今日、凱旋門賞を勝って、彼女を超える。
「トレーナーさん」
「うん」
「あなたのウマ娘は、今日凱旋門賞を勝ってきます」
「うん」
「両親の出会ったフランスの地で、私とあなたは世界一になります。あなたの初恋の人の初恋を、今日私たちは超えます」
あなたの夢と私の夢。それらは重なって、『凱旋門賞で勝つ』という一つの夢となって、ここまで来た。
「うん」
「やっと私たちの夢が叶いますね、トレーナーさん」
「ああ。こんなに嬉しいことはないよ。出来ることは全てやってきた。………僕たちなら、かならず勝てる」
「はい。私たち、運命のトレーナーとウマ娘ですから。桜は咲きます、絶対に!」
私とトレーナーさんは運命なんです。世界でいちばんの、いちばん強い運命。決してあなたは私に恋をしないけれど。あなたが最初に自分の夢を教えてくれたおかげで、私も決してあなたに恋をしなくなったけれど。それでいいんです。
一緒に同じ夢を見て、一緒に夢を叶える。それがウマ娘とトレーナーの、世界でいちばん強い運命なんです。